書評
『ハーバード流歴史活用法―政策決定の成功と失敗』(三嶺書房)
ベトナム戦争はなぜ失敗したか
題してUses ofHistory(歴史の活用)。著者自らが断っているように、決してHistory(歴史)ではない。ハーバード大学ケネディ行政大学院という専らミッド・キャリアの学生を相手とするプロフェッショナル・スクールで、多年教鞭(きょうべん)をとってきた二人の令名高い学者による問題提起の書だ。外交史家のアーネスト・メイと、政治学者のリチャード・ニュースタット。二人の最初の学問的関心は、アメリカにとってのあの戦争、そうベトナム戦争における“ベスト・アンド・ブライテスト”の失敗の原因を探ることにあった。当時の担当者へのインタビュー調査をくり返しているうちに、二人は政策決定にあたって、失敗するも成功するもそこに一つの「構造」があることに気がついた。
それは何か。政策決定にあたって当事者は常に気軽に、過去の事例に頼るという事実に他ならない。それも甚だ安易に恣意(しい)的に、虚実曖昧(あいまい)なる過去の事例にだ。しかも彼等は現実の決定への関与に優るとも劣らないくらい過去の決定に係わることの危険性を、まったく自覚していない。だとすれば、彼等のこうした行動様式をまるごと分析してみよう。その上で誰もが無意識に陥るこの行動様式をパターン化し、あらかじめ自覚させよう。
実践の手引きたる本書は、十年前の刊行当時(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1996年)すでに五十に集約された事例ケースをもとに考察されている。手っとり早く理解したいむきには、「序文」と「第一章」のキューバ・ミサイル危機の事例を読んだ上で、巻末のアペンディクス(付録)の「ミニ・メソッド」と「事例一覧」に目を通すことを奨める。こうして充分なウォーミングアップの後、まずは外交事例(三章の朝鮮戦争、五章のベトナム戦争)から入って、他の問題へと進もう。本書が示す発想に慣れていない日本人読者には、このような読み方のレッスンが必要かもしれない。
もっとも二人が導き出す歴史事例の活用法は、いずれもコロンブスの卵で常識的なものばかりだ。曰くアナロジーに惑わされるな、曰く事実と推測を区別せよ、曰く時間の流れにのせよ、曰く位置づけを明確にせよ……。だが腰だめの決定を常に迫られている当事者にとって、この種のメソッドがいかに生かされていないか、あなたもドキッとして、そのことに気付く一人かもしれない。臼井久和ほか訳。
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