書評
『二重権力・闇の流れ: 平成動乱を読む、政界仕掛人・矢野絢也回想録』(文藝春秋)
いぜん見えぬ新しい枠組み
反自民連立政権から一転して自社連立政権へと、この一年間政界はまことに目まぐるしく変わった。同時に、この変化を過去に遡る語り部と、逆に未来形で捉える語り部とが現れた。二人とも現実の変化に追いつ抜かれつする形で雑誌の連載を進め、共に一冊の本となった(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆年は1994年)。片や実名で生々しく政治の有り様を語る前公明党委員長矢野絢也。こなた匿名で軽妙を装い政治小説を物した黒河小太郎。いずれも永田町に生息しながら、国民に何らかのシグナルを発したい衝動にかられたのだろう。それは何か。
矢野は今回の一連の政変劇の原点を、一昔前の中曽根政権下における二階堂擁立運動に求める。そして社公民と自公民との間を揺れ動きつつ、常に政権参加を考え自民党の分裂を誘って攻勢をかけていた経緯を、公明党サイドから明らかにした。生真面目な矢野の性格を反映してか、矢野メモから再構成される政治家のやりとりはさほどドラマチックではない。しかしその分逆に、権力と理念との使いわけがよくわかる。田中・二階堂・金丸・竹下四者を中心とする田中派内部のウェットな愛憎劇。幻に終わったとは言え、二階堂擁立運動が一瞬にして中曽根連立参加へと変わるドライな動きは、まさにこの一年の政界での与野党逆転また逆転のドラマを彷彿とさせる。
黒河は矢野よりもっと斜に構えているが、政治部記者の如き皮膚感覚をもっている。そこで一般的には知られざる永田町業界のアイテムを注にちりばめつつ、権力をめぐる政治家像をディテールにこだわって描いた。未来形でありながら、権力を握った野党の政治家たちの右往左往ぶりには真に迫るものがある。
だが正直の話、矢野も黒河もとまどいを隠せない。「今も闇の源流は政治を支配しているようだ」と矢野がつぶやき、「事実のほうが小説より『奇』でございました」と黒河が自嘲する時、我々の眼前にくり広げられる政治を理解する新しい枠組みがまだ現れぬことに慄然とする。