2024-12-18

友人からおすすめで予約した、ちょっと気取ったフレンチレストラン。白いテーブルクロスに、さりげなく輝くシャンデリア。いつものカジュアルデートとは違う、少し大人時間を期待していた私の心は、料理が運ばれるたびに高揚していた。

その時だ。彼が、テーブルの真ん中に置かれたパンを見つめて口を開いた。

「このバケット、焼きたてで美味しいね。」

――バケット

バケット??

彼の何気ない一言が、私の耳をつんざいた。バゲットじゃなくて、バケット。まるでフランスの美意識に冷たいバケツの水をぶっかけたような衝撃。さっきまでパリ路地裏を歩いていた心が、急に近所のホームセンターに引き戻されてしまった。

何かの聞き間違いだろうか、と願った。でも、彼は続けて言う。

「やっぱりバケットってフランスパン王道だよね。」

二度目の「バケット」。これはもはや故意。いや、確信犯だ。ここは「バゲット」と言ってほしい。「ゲ」と「ケ」では、言葉温度品格も、何よりデートムードも全く違うのだ。

――そういえば、あの彼、「マルゲリータ」を「マルガリータ」と言っていたっけ。ピザカクテル境界曖昧にする男だった。

言葉の選び方一つで、そこににじみ出る知性やセンス。「バゲット」を「バケット」と言い間違えるのは、別に命取りではない。でも、せっかくオシャレな店を選んで、素敵な夜を演出しているのだから、そこは細部までスマートであってほしい。私はただ、バゲットバゲットとして愛してほしいだけなのだ

会計の時、彼が得意げに言った。

今日はこういう店で、ちょっと大人っぽいデートできたね。」

――確かに、お店は素敵だった。でもね、あなた

バケットじゃなくて、バゲットだよ。

心の中で、何度もそう呟きながら、私は笑顔でお礼を言った。デートの後、友達に速攻でLINEする。

「ねぇ、バケットって言った瞬間にもう無理だと思ったんだけど!」

友達からの返信は早かった。「ドンマイ。次行こう!」

次回こそ、バゲットバゲットと呼べる人に出会ますように――。

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