鬼の面
昨日につづいて時節ネタ。節分の話です。(全文は「続きを読む」からどうぞ。)
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部長、ニシちゃん。本名、西春穂(にしはるほ)。2年生。体はちいさいけれど頭脳明晰、成績優秀、頼れるみんなのまとめ役。二本お下げの眼鏡っ娘。
部員そのいち。摩周花葉(ましゅうはなは)。2年生。あだ名はハナ。ベリーショートにした髪と、引き締まった体、見た目どおりの運動万能少女。
部員そのに。杏莉。フルネームは植小草杏莉(うえこぐさあんり)。2年生。いつでものんびり、ほんわか、ふんわりで、眉の上でまっすぐに切り揃えた前髪と、背中に流れる長い後ろ髪がトレードマーク。
部員そのさん。麗(うるわ)。上の名前は洞糸井(ほらいとい)。唯一の1年生部員。肩のあたりまで伸ばした軽く縮れた髪の毛は亜麻色で、異国風ともいえる顔だちと、すらりとした手足がバランスよくマッチしている。
それから、部員そのよん、わたし。比久間(ひくま)りい。2年生。みんなからは、りいちゃんと呼ばれている。どうやってもまとまらない硬いくせっ毛と、スタイルがいいわけでも運動ができるわけでもないのに、やたら身長だけが伸びてしまったのが、ちょっとしたコンプレックス。
わたしたちは、海坂徳育(みさかとくいく)女子高校美術部の、たった5人の部員だ。
「こんなの売ってたから買ってきた。みんなでやろうぜ」
そう言いながらハナがコンビニエンスストアのロゴがついたビニール袋から取り出したのは、殻つき落花生のパッケージだった。
「節分、今日だよね」
「あ、豆まき。懐かしいー」
杏莉が袋を手に取って、目を細める。
「おっきくなってからは、家ではやらなくなっちゃったなー」
「あの、部室の中でやるんですか?」
麗の質問に、ハナは当然、といった様子でうなずきをかえす。
「もちろん。部室だって邪気払いをしないと」
「別にいいけど、ちゃんと掃除はしてよね」
「あれ、ニシちゃんは、やんないの?」
「や、やらないとは言ってないけど……」
そういえば、わたしが豆まきという行事のことを知ったのも、ニシちゃんに教えられてだった。
破れかけたお堂のまえの空地で、ふたりで、かわるがわる鬼になり、彼女が幼稚園から持って帰ってきた数少ない落花生を拾い集めては、ぶつけあいっこをした。
「あれ、鬼のお面がないよ」
ビニール袋の中をあらためていた杏莉が声を上げる。
「あ、レジのところに積んであったのは見たけど、もらってくるの忘れた」
「鬼がいなかったら、どうやって鬼退治するのよ」
「私が作るー!」
そう宣言すると杏莉は自分のスケッチブックからページを一枚破り取り、鉛筆を握った。
鼻歌を歌いながら、さらさらと手を動かしはじめる。
わたしは彼女の背後にまわり、彼女が描いているものを肩越しにのぞきこんだ。
二本の角。捩じくれて、途中から左右のあらぬ方向に曲がっていく。
もじゃもじゃとした髪。その一本一本は、蛇の胴体か軟体生物の触手であるかのように太く、表面に鱗のような模様がある。
伸び放題に伸びた髭。イソギンチャクの触毛のように、先端までぷっくりとしている。
黒々とした鼻腔をもつ鼻。ひしゃげた形で、異様に大きく広がっている。
眼光するどい目。左右にそれぞれ三つずつ、合計六つが、皺だらけの瞼の下から睨みをきかせる。
耳。先端が尖り、もう一対の角のようにも思える……。
「できたっ。どう?」
杏莉は画紙を持ち上げて自分の顔にあて、部屋をぐるりと見まわした。
がたん、と椅子の倒れる音が、三回つづけて室内に響く。
ニシちゃん、ハナ、麗の三人は、おもわず椅子から立ち上がったあと、中腰になったまま硬直してしまっていた。
「えっと……」
「鬼……?」
「なにをどうしたら、そうなるの?」
名状し難きその鬼面は、鉛筆で描かれただけのものであるにもかかわらず、奇妙な迫力をもって夕暮れどきの部室の薄暗がりの中に浮かんでいた。
慣れているはずのわたしたちが見ても、首のうしろあたりの毛がぞわぞわと逆立ってくるような絵……。
「と、とりあえず、最初は杏莉が鬼やって」
しばらくして、やっと気を取りなおしたニシちゃんにうながされ、杏莉は戸口のそばに行った。
そして、ハナが落花生の袋を開封して、皆に配りはじめたそのときだ。
部室のドアが外からノックされた。
いちばん近くにいた杏莉が、扉を開けて応対する。
廊下に立っていたのは、見慣れた顔の初老の警備員さんだった。
どうやら、いろいろなことをしているうちに、最終下校時刻近くになってしまっていたらしい。
「もう6時になるから……」
帰りなさい。
そうつづけようとした彼の口から、うっ、とも、あっ、とも聞こえる短い声が漏れたかと思うと、目が、突然大きく見開かれた。
額からは、いつのまにか、大粒の汗が噴き出している。
一瞬の後、彼は言葉にならない悲鳴をあげながら、廊下を駆け去っていった。
「はぎょ?」
首をかしげながら、わたしたちのいるほうに向きなおった杏莉の姿を見たときに、わたしたちは、何がその狂乱をひきおこしたのか、理解した。
彼女は、かぶったままでドアを開けたのだ。
彼女自身が作った、鬼の面を。
翌朝、登校するときにふと気になって校門脇の警備員小屋をのぞくと、ガラス窓の奥に座っているのは見たことのない若い男の人だった。
それから数日して、全校に噂が広まった。
夕方の旧校舎に、あやかしが出ると。
「これはまた、禁断の書庫行きだねえ」
旧棟の二階にある美術部室のまえで、ニシちゃんが溜め息をつく。
「ええっ、なんでー」
「これ以上、被害者を増やすわけにはいかないでしょ」
そう杏莉に答えると、ニシちゃんは鬼の顔が描かれた紙を手に、図書室のあるほうへ歩み去っていった。
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(Monsters v.s. Deep Ones の本編/番外編のこれまでの更新ぶんはこちらからどうぞ。)