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島本和彦のマンガチックにいこう! 第001回 「銀河鉄道999」 島本和彦のマンガチックにいこう! 第002回 「あしたのジョー 前編」 島本和彦のマンガチックにいこう! 第003回 「あしたのジョー 後編」 島本和彦のマンガチックにいこう! 第004回 「サイボーグ009」 島本和彦のマンガチックにいこう! 第005回 「エースをねらえ!」 島本和彦のマンガチックにいこう! 第006回 「空手バカ一代」 島本和彦のマンガチックにいこう! 第007回 「ベルサイユのばら」 島本和彦のマンガチックにいこう! 第008回 「巨人の星 前編」 島本和彦のマンガチックにいこう! 第009回 「巨人の星 後編」 島本和彦のマンガチックにいこう! 第010回 「宇宙戦艦ヤマト」 島本和彦のマンガチックにいこう! 第011回 「天才バカボン」 島本和彦のマンガチックにいこう! 第012回 「ジャングル大
弓の精神性ということで少し話をしましたが、正直なところ、それは些細なことです。むしろ、些細なことだからこそ大切にされているといっても良いように思います。より一般的に興味を惹かれるのは和弓の形状の歴史的・機能的な発展のほうではないでしょうか。実際、これはとても面白いところで、和弓の各部の名称の由来や、射法に関わる実践的な事柄も含めて話すと、なかなか終わりのこない話題です。ですから、ここでは和弓と洋弓との差異という観点に絞って、少し話をしてみたいと思います。 以前、お祭りか遊園地のアトラクションで洋弓(といっても、おもちゃのようなものなのではないかと思うのですが)を射る機会がありました。そのときは四本打たせてもらったのですが、実にその四本ともが左下方にいってしまいました。このときは、僕の狙いが悪かったのだろうと思ったのですが、後々、他の部員にも話を聞いてみると、みな左下方に矢がいっていました。
金朋珍言録 金朋珍言録 金朋珍言録2 金朋珍言録2 追加修正ver. 金田朋子、人形を作るの巻 金田朋子、人形を作るの巻 その1 金田朋子、人形を作るの巻 その2 金田朋子、人形を作るの巻 その3 金田朋子、人形を作るの巻 その4 金田朋子、人形を作るの巻 その5(完) まさに金朋地獄 明日は明日の朋ちゃんねる 明日は明日の朋ちゃんねる (2003/01/18) ゲスト:今野宏美 明日は明日の朋ちゃんねる (2003/12/22) ゲスト:白石涼子 前半 明日は明日の朋ちゃんねる (2003/12/22) ゲスト:白石涼子 後半 明日は明日の朋ちゃんねる (2004/01/26) ゲスト:野中藍 前半 明日は明日の朋ちゃんねる (2004/01/26) ゲスト:野中藍 後半 明日は明日の朋ちゃんねる (2004/03/22) ゲスト:岩田光央 前半 明日は明日の朋ちゃんねる (2004/0
ウェブサイトの記事志向化 【サイト名+さん】という呼称についてのテキストです。この起源は難しいですね。ひとまず「Blog は運営者がはっきりしているから、サイトと中の人を同一化できる(サイトを人格化できる)」というのは難しい設定だと思います。 たしかにそういう部分もあるとは思うけれど、「Blog は」という境界条件も気になるし、こういう場合は端的に「著者名よりサイト名の方が認知度が高いだけ」と考えたほうが素直だと思います。むしろ Blog というブラウザで更新できる仕組みはマルチユーザでのサイト運営を容易にするので、これからは Blogだからこそ、サイトと中の人(たち)と記事の書き手を意識的に分ける必要が生まれだすでしょう。 というより、運営者がはっきりしている場合こそ「【サイト名】の【運営者名】さん」と呼ばれるような気がします。テキストサイト全盛期やそれ以前はそうでした。「侍魂の健さん」
うる星やつら 第001-002話 「うわさのラムちゃんだっちゃ!/町に石油の雨がふる」 うる星やつら 第003-004話 「宇宙ゆうびんテンちゃん到着!/つばめさんとペンギンさん」 うる星やつら 第005-006話 「変身美男レイが来た!/くたばれイロ男!」 うる星やつら 第007-008話 「秋の空から金太郎!/たくましく生きるんやっ!」 うる星やつら 第009-010話 「謎のお色気美女サクラ/悩めるウィルス」 うる星やつら 第011-012話 「恋の三角ブラックホール/ホレホレ小悪魔だっきゃ!」 うる星やつら 第013-014話 「電撃ショックがこわい!/念力ウラミのあやつり人形」 うる星やつら 第015-016話 「おし入れの向うは海王星/ハチャメチャ恐竜時代」 うる星やつら 第017-018話 「眠れる美女クラマ姫/アスレチック女地獄!」 うる星やつら 第019-020話 「とき
いろもんSP いろもんSP 「ダウンタウン&ウンナン競演」 モーニングビッグ対談 モーニングビッグ対談 第01回 「元グリーンベレー」 モーニングビッグ対談 第02回 「天才無免許医師」 モーニングビッグ対談 第03回 「元NASA職員」 モーニングビッグ対談 第04回 「実在するキャッツアイ」 モーニングビッグ対談 第05回 「ヒクソンに勝った男」 モーニングビッグ対談 第06回 「女結婚詐欺師」 ごっつええ感じ ダウンタウンのごっつええ感じ 「キャシィ塚本」 動画集 ダウンタウンのごっつええ感じ 「シンガー板尾」 罰ゲーム ガキの使い 「絶対に笑ってはいけない病院24時」 ガキの使い 「絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅」 ガキの使い 「絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅 in 湯河原」 ガキの使い 「絶対に笑ってはいけないハイスクール」 ガキ使い 松本人志 罰ゲーム
笑ってはいけない ガキの使い 「絶対に笑ってはいけない病院24時」 ガキの使い 「絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅」 ガキの使い 「絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅 in 湯河原」 ガキの使い 「絶対に笑ってはいけないハイスクール」 ガキ使い 松本人志 罰ゲーム 「廃旅館一泊二日の旅」 動画集 in YouTube ガキの使い 「24時間耐久鬼ごっこ」 ダウンタウンのごっつええ感じ ダウンタウンのごっつええ感じ 「キャシィ塚本」 動画集 ダウンタウンのごっつええ感じ 「シンガー板尾」 いろもん いろもんSP 「ダウンタウン&ウンナン競演」 モーニングビッグ対談 モーニングビッグ対談 第01回 「元グリーンベレー」 モーニングビッグ対談 第02回 「天才無免許医師」 モーニングビッグ対談 第03回 「元NASA職員」 モーニングビッグ対談 第04回 「実在するキャッツアイ
ごっつええ感じ ダウンタウンのごっつええ感じ 「キャシィ塚本」 動画集 罰ゲーム ガキの使い 「絶対に笑ってはいけない病院24時」 ガキの使い 「絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅」 ガキの使い 「絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅 in 湯河原」 ガキの使い 「絶対に笑ってはいけないハイスクール」 ガキの使い 「24時間耐久鬼ごっこ」 モーニングビッグ対談 モーニングビッグ対談 第01回 「元グリーンベレー」 モーニングビッグ対談 第02回 「天才無免許医師」 モーニングビッグ対談 第03回 「元NASA職員」 モーニングビッグ対談 第04回 「実在するキャッツアイ」 モーニングビッグ対談 第05回 「ヒクソンに勝った男」 モーニングビッグ対談 第06回 「女結婚詐欺師」 いろもん いろもんSP 「ダウンタウン&ウンナン競演」 マンガ夜話 妖怪たちはどこへ行った 〜水木し
いろもん いろもんSP 「ダウンタウン&ウンナン競演」 ダウンタウンのごっつええ感じ ダウンタウンのごっつええ感じ 「キャシィ塚本」 動画集 ダウンタウンのごっつええ感じ 「シンガー板尾」 笑ってはいけない ガキの使い 「絶対に笑ってはいけない病院24時」 ガキの使い 「絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅」 ガキの使い 「絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅 in 湯河原」 ガキの使い 「絶対に笑ってはいけないハイスクール」 ガキの使い 「24時間耐久鬼ごっこ」 モーニングビッグ対談 モーニングビッグ対談 第01回 「元グリーンベレー」 モーニングビッグ対談 第02回 「天才無免許医師」 モーニングビッグ対談 第03回 「元NASA職員」 モーニングビッグ対談 第04回 「実在するキャッツアイ」 モーニングビッグ対談 第05回 「ヒクソンに勝った男」 モーニングビッグ対談 第
webの情報は話半分に。(コーヒーを片手に.) とても面白い話題で、「Webの情報は胡散臭いから疑ってかかれ」という文句を再提起されているところなど共感できました。ただ、僕の考えと違うところもあるので、少し書いてみたいと思います。僕が気になったのは以下のニ点です。 1.どれほどの人が「流れ」による「信憑性」を感じているだろうか ひとつは、個人ニュースサイト論よりの文章を書こうとする人がしばしば陥る罠ですが、「普通の人はそれほどニュースサイトを巡らない」ということです。「なえふ」さんが いろんなサイトで取り上げられているんだから本当のことなんだろう」という意識が閲覧者には芽生えているような気がしてならない。 と言うとき、そのような広い視野を持つということで問題意識が芽生えるのはわかるのですが、それが、どこまで個別の閲覧者と互いに共有できる問題なのかというのは難しいところです。むしろ、複数のサ
どうもまとまった文章を書いている余裕がないのだけれど、僕が書こうと思っている内容は多少はっきりとしているので、それだけ先にメモしておきます。 ソーシャルブックマークが個人ニュースサイトを駆逐するということはない。 「個人ニュースサイト」ということでなにを意味しているのかも定かではない。 「個人ニュースサイト」とは「個人のニュースサイト」ではない。「ニュースを扱う個人サイト」のことである。これはわりと誤解されているので注意しなければならない。 「ソーシャルブックマーク」と「個人ニュースサイト」を対立させることは有意義ではない。 前者はツールでありシステムだが、後者はもっと固有の場であるように思われる。 前者はより公的な領域であるように思われるが、後者はより私的な領域であるように思われる。 しかし、ソーシャルブックマークを利用する面白さは、個人ニュースサイトを運営する面白さの一部を再現している
ソーシャルブックマークの使い方に関する考察 (Muibrog) 自分のブログの付加価値を上げる方法 前編 (304 Not Modified) 自分のブログの付加価値を上げる方法 後編 (304 Not Modified) 今回、話題になっているのは「はてぶ」ないし「SBM全般」です。というわけで、僕も少し書こうかなと思うわけです。その前に、きわめて個人的な感想を言うと、僕は「サイトというのは【中の人】に興味が向かうことが重要なのだ」ということに関して、以前からおふたりと通底しているという意識があるのですが、ここまでに読ませていただいた記事の多くでその点が強調されていてひそかに嬉しかったです。 「ブログというのは名刺のようなものです」と比喩されたりするわりに「中の人」という観点はしばしば忘れられます。ある一定のシステムとの関係において個人をみるという分析を否定しているわけではないけれど、シ
話題を取捨選択する嗅覚は本当に必要か。(Muibrog) 内容の面白さはリンク先を読むとわかると思うのでそれには触れず、僕はここでちょっと「取捨選択」という言葉にこだわってみたいと思います。当たり前のことですが、個人ニュースサイトの運営者は目に付いたものを手当たり次第に拾い上げているわけではありません。取り上げるネタの選別には運営者独自のセンス(具体的にはそのときの興味・関心、ときには打算)が介在しています。 特に、あまり感想も付けず、記事を梱包してまとめサイトのようにして出すわけでもない羅列型の個人ニュースサイトは取捨選択するということはかなり意識的に行っているわけで、大雑把に言ってしまうと、他所との違いはこの「ネタの選別」ということ以外に現れてこないわけです。おそらく、羅列型に慣れていない人にはどこもかしこも同じサイトに見えることでしょう。 それはそれで良いし、羅列型はつまらないと思う
「まとめサイト読め」の危険性 http://blog.goo.ne.jp/simauma_dx/e/5634b33f51aca12c24be59778f8ecd97 主張されていることは理解できるのだけど、実態として「まとめサイトを読まなきゃ始まんないじゃん」というのが素直なところではと思います。まとめサイトにも目を通さずに流行りの問題に口を突っ込むほうがよっぽど危険というか真面目に論じている人たちに失礼なのではないでしょうか。「RINRIN王国」さんKU。「むだづかいにっき♂」さん行き。
娘がvipperだった件についてのまとめ http://www.geocities.jp/boon_matome/musume.html ツンデレに「これって、間接キスだよな?」って言ったらどうなるの http://www.geocities.jp/tundere2ch/ オレに告白してきた妹を振ったら妹が屋上から飛び降りました http://matomegarden.gozaru.jp/imo/index.html 妹の名はマンイーター http://www.geocities.jp/vipman_eater/ 妹をおとなしく家に帰す方法 まとめサイト http://www.geocities.jp/sis_matome/ リアルに姉が好きで告白したい http://www.geocities.jp/middle_ane/ 姉ちゃんにふくしゅうを まとめ のようなモノ http://ww
共感ってすばらしい 「ブログには共感を呼ぶなにかある」(W A K I のトンボの目) 僕はむしろ、Web という場においては、「共感を肯定的に評価しすぎることは危ない」と言いたいと思っています。だから、この記事のように、あたかも「共感が素晴らしい」ということは当然であり、これを疑うような人は人として問題があるというようなことが前提になっている書き方をされると気持ち悪い上に心配になります。 どうして共感が危ないのかということですが、それは共感というのが「うんうん、わかるわかる」という無条件の賛成を求めるものだからです。共感を至上にしてしまうと、下手をすると、他人との意見の相違というものを「わたしと相性の悪い人」として、そうした他人との関係を、ばっさり切り捨てることになりかねないからです。 しかし、コミュニケーションとはもともと、そういうものではないはずです。人と違いがあるところでこそコミュ
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