クンニ✋(👁👅👁)🤚せい! の始祖?を名乗る人と飯食ってきたけど悲しい過去持ちだったわ。 説明めんどいから端折るけど、あの時俺がクンニをしていれば違った未来があったかも、ってずっと後悔してるんだとさ。 自分への戒めと周りへの啓蒙のために投稿してたらなんか流行っちゃったらしい
クンニ✋(👁👅👁)🤚せい! の始祖?を名乗る人と飯食ってきたけど悲しい過去持ちだったわ。 説明めんどいから端折るけど、あの時俺がクンニをしていれば違った未来があったかも、ってずっと後悔してるんだとさ。 自分への戒めと周りへの啓蒙のために投稿してたらなんか流行っちゃったらしい
https://anond.hatelabo.jp/20240326150009 これから頑張りたいから今の状況を冷静に振り返ってみる。 35歳独身男性 無職 ブルアカと野球観戦だけが趣味 子供部屋おじさん オタクだが特にアウトプットもしない。twitterでもブルアカの話と野球の話しかしない。 この年になってもアレ二才的な態度がやめられない。 これでも昔はブログを書いていた。 態度がでかく自信満々に振る舞っていたので昔は初見の人をだまくらかして一時的にファンにすることができていた。 はてなブログにおけるレモン市場の象徴的な存在だった。 はてなアイドルと名乗ってたこともある。周りの人からはあまり認められなかったが。 一時期はいろんなやつらに目をかけてもらっていたが お世話になった人を片っ端から裏切りまくった結果、もう誰も相手してくれなくなった。 言い訳をすると、裏切りたくて裏切ったわけじゃ
これらの記事を読んで、「自分はどれくらいだろう」と思って最古の記事を遡ったら2008年2月で、もう15年も経っていた。 その間にあったことと言えば、結婚して離婚して、再婚して、海のそばに引っ越して、子どもを産んで、また東京に戻ってきて、仕事を変えて……と、いろいろあったね!という感じ。 そのへんはなんとなくだけれど過去の記事として残っていて、振り返ることができるのがすごくいいなあ〜と思っている。最近は頻繁に書く機会は減ったけれど、ブログのことを思い出しては書き、またしばらく忘れ、また思い出しては書き……を繰り返している。なので、まあ「やめてはいない」という感じが近いかもしれない。 ここしばらくの気分としてはこんな感じで、 2007年からTwitterを始めて、なんやかや盛り上がってる流れに乗るようにしてブログがちょっと有名になって、ものを書かせてもらったり登壇させてもらったりの思わぬボーナ
ta-nishi.hatenablog.com リンク先の文章には、弱者男性論者は社会適応に対してあまりにも潔癖すぎる、といったタイトルになっている。が、タイトルどおりの内容ではなく、 ・筆者自身の社会適応に対する潔癖性の話 ・過去の脱オタクファッション (略して脱オタ) の話 ・過去の脱オタと最近のいわゆる恋愛工学の近しさの話、それと就活の話 が混じっている。議論としてはゴチャゴチャしているが、個人ブログの述懐としては良さがあって、こういう文章が読めるのが個人ブログだったよね、などと思った。 釣られて私も個人ブログっぽい述懐をしようと思う。脱オタが語られていた頃に感じていた小さな違和感を出発点として。 脱オタする人は何を望み、非モテ論者は何を怖れていたのか 90年代後半から00年代にかけて、脱オタなるものがネットの小さなムーブメントになったことがあった。脱オタについて詳しく知らなくても、
xevraってもう40歳近くで、父親になっているはずで、 本来お手本になっていてもおかしくない年齢なのに、 はてなブックマーク等で周囲に中傷を仕向けたり罵詈雑言を撒き散らしているんだけど。 (こういう人って撒くだけ撒いて踏み倒すんだろうけど。) それで自分の言葉に責任を持たないし謝らない。その割、人へ大きな口をたたく。皮肉や調子に乗る。 いい歳こいて本当何してんの? しかも誰もこの人に説教する人もいない。 xevraに限らず、古参のはてなブックマークユーザーなども同様、いい歳してモラルの欠片も無い。 私怨と厚顔無礼な意見を混ぜて袋叩きにする光景。 高校・大学生以下と同じ事をしているんだけど。その歳で。 まだ若いとかそういうの言い訳にならないから。 それでまだ自分を若いと思っているとか痛すぎるだろ…。 欠如していて若いとかどうこうの楽観的な話じゃないだろ。 .
どうしたんだよ。気持ちわりーよ。 外に出ただけでえらいねーって。コウペンちゃんか。 39歳の引きこもりなんてお前らがお得意の「自己責任」で真っ先に切り捨てる対象じゃないのかよ。 俺はブクマカにコウペンちゃんになることなんか求めてないんだよ。 もっと見せてくれよ本気の悪意を。現実と正論と冷笑で人を追い詰める下劣な品性をさ。 実際少し外に出たって、何かできることを1個ずつやったって、それで事態がいい方に向かうことはほとんどない。 そこから逆転できた事例はわずかな数の生存バイアスだ。 その足の下には事態が好転することなく死んでいった無数の屍が転がっている。 生まれてから死ぬまで引きこもることに縁がない有能で幸運なお前らには一生理解し得ない世界だ。 そいつの人生を墓場まで背負う覚悟がないんだったら甘い言葉でいいこと言った気になってんじゃねーよ。 できるだけ鋭い言葉をぶっ刺してスッキリしてるのがお似
昔々、 っていうかわりと最近、 あるところに、 っていうか兵庫県高砂市JR宝殿駅前に、 結婚物語。という、 小さな結婚相談所がありました。 ある時、その相談所に、水曜どうでしょうが大好きなバリキャリ女子が入ってきました。 大らかでメンタルが強く底抜けに明るかった彼女は、36歳という年齢と、ぽっちゃりさんという弱点をものともせず、すぐに同年代のハイスペさんの心を鷲掴みにし、仮交際に入りました。 同じ頃に、 30歳のSEさんも入会してきました。 その男性は、 それはそれはこだわりが強い、 神経質な人だったのです…。 ※ほんの少しだけ スペックにフェイクを入れています ーーーーーーーーーーーーーーー 年齢・30歳 職業・SE 身長・180センチ 学歴・有名大学院卒 年収・600万 家事・得意(料理もめちゃできる) いいじゃんいいじゃん! この人めっちゃいい感じじゃん! 私のテンションはぶち上がっ
http://anond.hatelabo.jp/20131020221242 このエントリーのブクマページでライン工が増田を使うはずがない、といったコメントが複数あって残念。このエントリー以外でも「はてなにはIT技術者や高学歴の人以外は存在するはずがない」という前提で釣り判定をしてる人を時々見かけるので、なんだか悲しい。 自分は元増田じゃないけど、工場のライン勤務です。そしてもう8年くらいはてなの各種サービスを使ってる。 たしかに工場勤務だとホワイトカラーの人みたいに仕事をしながらのネットサーフィンは無理だけど、休憩時間や帰宅後にやることがないのでネットに繋がってる時間はまあまあ多いと思う。うちの会社(比較的大きい部品メーカーです)でもホワイトカラーの人達は遅い時間まで残業してるけど、我々ライン工はシフト勤務なので、繁忙期をのぞけば残業なんてあまりない。都会じゃないので寮や自宅も工場から
こんにちは、はてな。 (ひたすら打ち込んだため、タイトルから全力で話がそれてるかもしれんです。) 就職活動をしてるんだけど、どこにも引っかからない自分に嫌気が差してきたので、吐き出してみた。 現役4年で3年の12月から大手から零細までブラックを回避しながら就職活動をしてきた。 スキルは、普通自動車免許と情報処理関係が3つ、簿記会計が2級。 正社員になりたかったただの大学生です。専攻は文系情報処理学科。 自分では就職活動がんばった結果が今なんじゃないかなあって思ってる。 色んな意見があると思うけど、自分が自分で見つけてしまった限界がココだった。 内定は0。 内定はなくても、最終選考には人事の気まぐれみたいにたびたび行ってたりする。 落とされるたびに泣いちゃうくらい気合入れて企業と対してきた。 悔しくって東京のどっかの橋の上で泣いてたら警察に保護されたのはいい思い出だ。 どうしておちるのか分か
ひょんなことから、かーちゃんのblogを見つけてしまった。 いつもは8時くらいに仕事から帰ってきて、急いで晩ご飯作ってくれるのな。炒め物なんかで。で、休みで時間がある時、変わった料理を作る。 前の休みの時もジャガイモとアンチョビでグラタンみたいなのを作ってた。で、その料理の名前が変わってて、でもかーちゃん時々ヒドイ思い違いするから、ホントにそんな料理の名前あんのかなって気になって、検索してみたのよ。そしたら。 あれ?これって、ウチの皿? 検索結果のblog辿ると、画像に見覚えある皿やら食器が写ってるのがあるわけ。具体的なプロフィールは書いてないけど、でもやっぱりこれって我が家の食器じゃんよ。おいおい、かーちゃんいつの間に。 かなり前から書いてて、まぁ日々のあれこれなんだけど、かーちゃん意外と文才あるのな。家族で出かけた時の話でも、こんな風に思ってたのかとか、ほんと、家族って近くて遠い他人だ
高3の時は毎朝5時に起きて、1~2時間勉強してから登校していました。学校では始業前と、授業が終わって学校が閉まるまで図書室で勉強して、帰宅後は一切しない。睡眠は絶対に8時間は確保していたので、夜は9時に寝ました。休日も朝9時から夕方5時まで図書館で勉強。図書館の雰囲気が好きなんです。周りの人ががんばっているのを見て、僕もがんばるぞと。 夏休みは、名古屋の祖母の家で勉強合宿をしました。40日間泊り込んで、愛知県立図書館に毎日通いました。どうかなるんじゃないかと思うほど勉強した。友達とは会わないし、おもしろいこともないので、結構しんどかったけど、休みが終わったら一気に点数が上がって、学年で450人中150番くらいだったのが、ほとんどの科目で1番くらいになったんです。 塾も予備校も行きませんでしたが、高校の教科書に書いてないことが試験に出ることはないんだから、分かるまで授業を聞こうと思っていまし
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