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事故と人生に関するkananakaのブックマーク (3)

  • 「悪魔からの逃避行」

    p1 3月12日〔土曜日〕避難1日目 車の大渋滞進まない前が見えない、25キロは、渋滞しているだろう。頭の上の防災スピーカが、耳障りに避難せよ、大至急避難せよ、福島第一原子力発電所において、放射能漏れの、危険があるので町民のかたは全員、川内第一小学校まで、避難せよと、繰り返している。避難中何度も訓練であってほしいと願った。 家族9人で、3台の車に分乗して逃げた、直ぐに帰れると思い、とりあえず、避難しようと思い出てきた。飲み物も無い、べ物もない、着変えも無い、私も以前原子力発電所で働いたことがある、少しは知識を持っていた。消防車が、けたたましくサイレンを鳴らし通りすぎていった。大変なことが起きていると思った。町ぐるみで避難命令が出る、と言うことは、相当な事故が起きていると直感した、外れてほしかった、何度も願った、ふるさとが、遠くになるにつれ、これまでの人生が、走馬灯のように流れた、今は亡き

  • 【震災】「逃げろ」「逃げるな」ではなく - キリンが逆立ちしたピアス(ブログ版)

    被災状況の深刻さ、原発の厳しい状況が報道される中で、東日(福島はもちろん、被災した東北地方、北関東、東京中心部など)から、西日へ避難している人たちが増えてきました。 まず、私たちすべての人に、いつでもどこへでも、避難する自由があります。東日から西日へだけではなく、国外に脱出する自由もあります。私の友人の留学生も帰国しました。そうした姿勢に対し、「裏切り」や「軟弱」といった批判をする人たちもいます。しかし、情勢をみて、自分に不利益があると思う場所から、より利益のあると思う場所に行くのは当たり前のことです。 原発の問題に関して、行政や東電の発表を信じて、従うべきだという人もいます。しかし原発がどうなっていくのかは、おそらく誰にもわかりません。悲観的な見方*1もあれば、楽観的な見方*2もあります。しかし、これらは推測であって、どれを信じるかは私たちが選ぶしかありません。どれが、疑似科学で

    【震災】「逃げろ」「逃げるな」ではなく - キリンが逆立ちしたピアス(ブログ版)
    kananaka
    kananaka 2011/06/18
    『「逃げろ」と言いながら、逃げられない構造は、災害時も平時と代わらず機能しています』今回の震災とは別に終いまで話も聞かず「今すぐ逃げてください」の言葉に、突き放された寂寥と疎外感に竦んだ記憶あり。
  • ずっと昔、まだ子供だった頃、私は自分が住む県に原子力発電所があることを知った。

    ずっと昔、まだ子供だった頃、私は自分が住む県に原子力発電所があることを知った。 「お父さん、原子力発電所って怖くないの?危なくないの?」 「安全ということにはなっているけどねえ・・・ホントのところはよくわからないかもしれないねえ」 「でも電気がなかったらテレビが見れないからぼくも困るしなあ・・・原子力発電所に反対している人は、電気がなくなっても困らないのかなあ」 「あそこで作っている電気は、全部東京のほうの人たちが使っているから、実はあの発電所がなくなっても、このあたりに住む人は困らないんだよ」 「ええっ、じゃあ自分たちが使えない電気のために、ぼくたちはちょっと怖くても危なくても我慢してるってこと?なんで?なんでぼくたち、我慢してるのに、あそこの電気使えないの?」 「東京のほうが人がたくさん住んでいるから、電気もたくさんいるんだよ。だから福島に発電所を作らせてくださいって、頼まれたんだ。あ

    ずっと昔、まだ子供だった頃、私は自分が住む県に原子力発電所があることを知った。
    kananaka
    kananaka 2011/04/14
    同じく田舎育ち。大人になり少々の金と自由を得て旅する度、その地の人々に当時の自分や家族の面影を探す癖から未だ逃れられず。重松清のタッチを彷彿とさせられた。
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