「仕事、辞めたい……」 朝にトーストを焼きながら、昼に会社でキーボードを叩きながら、そして夜に子どもと湯船につかりながら。最近では無意識のうちに声に出していることすらあり、子どもや同僚に心配される始末だ。 労働に向いていない――。17年前の春、新入社員研修を終えて満員電車に揺られる中で抱いた違和感は小さな種火となり、未だに私の中で燻り続けている。兼業作家として活動するようになってからは過熱する一方だ。専業作家になって執筆に全力を注ぎ込めば何かの間違いで単行本が300万部売れるかもしれない。会社員では到達不可能な、東京タワーが見えるタワマン高層階も夢じゃない。そうだ、辞表を叩きつけよう……。 そんな甘い考えが頭をよぎる瞬間、手に取る本がある。 舞台は売上がすべてであり、売れない社員に人権はないという社風の住宅メーカー。有名大学を卒業して入社した主人公、松尾の日常を描く。 この本の特徴といえば