ビジネスに役立つテクニック集とか、デキる男(女)になるために真似したい習慣とか、そんなものを読むくらいだったら私はでっかい木でも見ていたい。 …というわけで今回は、長崎市内にあるでっかいクスノキを見て回った。 (T・斎藤) 怪獣みたい 私の心のバイブルである「ウルトラQ」にマンモスフラワー・ジュランという植物怪獣が出てくるのだが、それを彷彿させるほど特撮みたいに木がでかい。
ビジネスに役立つテクニック集とか、デキる男(女)になるために真似したい習慣とか、そんなものを読むくらいだったら私はでっかい木でも見ていたい。 …というわけで今回は、長崎市内にあるでっかいクスノキを見て回った。 (T・斎藤) 怪獣みたい 私の心のバイブルである「ウルトラQ」にマンモスフラワー・ジュランという植物怪獣が出てくるのだが、それを彷彿させるほど特撮みたいに木がでかい。
日々の出来事やその感想、くだらない (かもしれない) 衝動買いの顛末、主にICT関連の個人的なメモなど、およそ他人の役には立たないであろうことをつらつらと書き散らかしています。 J. B. ハリスという名前を聞いてぴんと来た人は、きっと若くても僕より数年若い程度の人たちだろう。そう、今や懐かしい大学受験ラジオ講座や百万人の英語のあのハリス先生である。 (残念ながら、 2004年8月に 87歳で逝去。) 「日本語うまいなあ、この人」と、当時中学生だった僕は感心したものだったが、実は戸籍上は「平ヤナギ秀夫」という日本人である、ということを、 10年ほど前にたまたま聴いたラジオの番組で知った。そのハリス先生の本と言えば英語の参考書という印象が強かったが、そのラジオ番組で紹介されていたのが表題の書籍である。 イギリス人の父と日本人の母の間に生まれた著者は、幼年期を日本で過ごし、横浜に住んでいた時に
Neuromancer turns 25: What it got right, what it got wrong | Entertainment & HDTV | Editors' Notes | Macworld この7月でウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』が刊行されて25年ということで、あの作品に書かれた近未来と現在の比較を行なっている。 ワタシが訳したコリィ・ドクトロウの「現在を予言する」(『Make: Technology on Your Time』日本版 Vol.5 に収録)において、ウィリアム・ギブスンが『ニューロマンサー』で「サイバースペース」という言葉を発明して起こらなくなった種類のフレームウォーがあることを書いている。 「何だって?」と僕は言った。「彼らはBBSの議論が、そのコンピュータがある部屋で行なわれていると思ったわけ?」ジェニングスはしっかりうなずいた
廣文庫 セルフインフォ とは? このキーワードの内容に関わる方が 書いたキーワード(記事)です。 詳しくはヘルプをご覧ください。 辞典や百科事典はどう頑張ったて、たかだか当世の「高名な学者」なんかが執筆するにすぎない。基本的にとってもコンテンポラリーなものだ。しかも最近はそれを売りにしていたりする。浅ましい限りである。 そんな「新しい辞書」で、たとえば「あしか」の項目を引いてみるとよい。「あしか」についての、「現代」の(つまり辞書編集当時の)知識が手に入るという訳だ。 しかし、「あしか」そのものではなく、これまでの「あしか」についての古人の考えやイメージ、彼らは「あしか」の何を知り、また彼らにとって「あしか」とは何だったかを知ろうと思えば、それぞれ古い文献に当たるしかない。いや、辞書というのは、いつもお手軽に事を済まそうという人のためだけに便利なのであって(便利でしかないのであっ
先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。 (注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。 事業拡大へのひたむきさと、他人の力を極限まで利用するしたたかさ――。安藤百福・日清食品会長の内面ではこれらが自然に融け合い、独特のモラルを形成している。48歳で即席ラーメンの製造に乗り出し、時には人に感銘を与え、時には人をあぜんとさせるエピソードをふりまきながら、突っ走ってきた。台湾で生まれ、日本で幾度もなめた挫折の苦しみ。そこから生まれた過激なほどの自立志向は、しかし、長男には通じなかった。(文中敬称略) (平田 育夫) 安藤 百福(あんどう・ももふく)氏 明治43年3月5日、台湾生まれ、75歳。メリヤスの販売をはじめ数々の事業を
僕の祖父、伊藤富士雄は、大正時代に、「廓(くるわ)」に女郎として、貧しい農家の娘が 親に売られていたのを千人近くも救い出した。 救世軍に救い出されてしまうと、廓の経営者は損をしてしまうので、暴漢をやとっていて、 それを阻止しようとしていた。 古いアルバムから、祖父が暴漢に襲われ、大ケガをし、病院に担ぎ込まれて手当をされている写真が見つかった。それと救い出した女郎たちに囲まれている写真と。 沖野岩三郎著『娼妓解放哀話』(昭和5年、中央公論社刊)に、その時の様子が書かれている。 「歌之助としのぶ(女郎の廓での名前)の両人は、病気のため洲崎病院に入院していて、 そこから手紙をよこしたので、伊藤君は洲崎病院に二人を訪問して、その決心を聞いたところ、どうしても廃業するというので、伊藤君は早速、樓主に電話をかけると、二人の樓主は、たちまち二十人ばかりの暴漢をひきいてやってきた。 伊藤君が二人の娼妓を連
▼さよなら「松下」 最後の儀式、本社正門の銘板取り換え (asahi.com) http://www.asahi.com/business/update/0930/OSK200809300092.html 「松下」にさようなら――。30日夜、大阪府門真市にある松下電器産業本社正門の社銘板が取り換えられた。創業90年の松下が、1日付で「パナソニック」に社名変更する最後の儀式だ。 正門横に設置された縦65センチ、横3メートルの石板に付けられた「松下電器産業株式会社」の金属製の文字を作業員が外し、「パナソニック株式会社」の石板が取り付けられた。作業は約1時間20分で終わった。 帰宅する社員のなかには、作業をのぞき込む姿も。「寂しいですね」「新たに気持ちを引き締めます」といった声が聞かれた。 むかし、「また松下に先を越されたか~!」というCMがあったもんだが、そんなCMを憶えている世代も、もう四十
この記事は中立的な観点に基づく疑問が提出されているか、議論中です。 そのため、中立的でない偏った観点から記事が構成されているおそれがあり、場合によっては記事の修正が必要です。議論はノートを参照してください。 (2019年8月) この記事には独自研究が含まれているおそれがあります。 問題箇所を検証し出典を追加して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。(2019年8月) 神の存在証明(かみのそんざいしょうめい、英語:Existence of God)とは、主として(少なくとも、西欧哲学でこの言葉を使うときは)、中世哲学における理性による、神の存在の根拠の提示の試行を意味する。中世以前では、神の存在は自明と考えられていたが、『神学大全』の著者トマス・アクィナスは、「神は、自然なる理性においても、その存在や超越的属性が論証可能な存在である」と主張した。このように神の存在を、
【お知らせ】 河出書房新社より『マンガ沖縄・琉球の歴史』発売中です!なじみのない沖縄の歴史をサクっと理解することができます。購入は【こちら】から 上里隆史への講演・執筆などのご依頼は→右の【プロフィール】からお願いいたします。 ・講演実績やプロフィールは→右の【プロフィール】をクリックしてください。 ・ご依頼につきましては、すべてメールで承っております。上記アドレスに (1)ご依頼の内容 (2)日程、スケジュール (3)講演料・執筆料のご予算 などの詳細を【明記】してご連絡ください。よろしくお願いいたします。 ※明記のない場合はお返事したしかねますので、どうぞご了承ください。 ・琉球史マンガは、noteにて引き続き連載しております。【こちら】です。 ※ツイッターは【こちら】 10年前(2005年)の今日、4月11日にこのブログ「目からウロコの琉球・沖縄史」を始めました。 【10年前の最初の
このドメインは お名前.com から取得されました。 お名前.com は GMOインターネットグループ(株) が運営する国内シェアNo.1のドメイン登録サービスです。 ※表示価格は、全て税込です。 ※サービス品質維持のため、一時的に対象となる料金へ一定割合の「サービス維持調整費」を加算させていただきます。 ※1 「国内シェア」は、ICANN(インターネットのドメイン名などの資源を管理する非営利団体)の公表数値をもとに集計。gTLDが集計の対象。 日本のドメイン登録業者(レジストラ)(「ICANNがレジストラとして認定した企業」一覧(InterNIC提供)内に「Japan」の記載があるもの)を対象。 レジストラ「GMO Internet Group, Inc. d/b/a Onamae.com」のシェア値を集計。 2023年5月時点の調査。
今日は、男子にとっての永遠のテーマ、“下半身ハダカの状態は「フルチン」と「フリチン」のどちらが正しいのか?”について、お勉強していきます。 難しい話も出てくるけれど、大切なことなので、ガマンして読んでもらえればと。 と、その前に、ピンとこない女子のために説明すると、アノ姿には「フルチン」と「フリチン」の2つの呼び方がある。小学校のプールの着替えでよく飛び交う言葉で、どちらを使うかは、発言力のある子や、その時代のテレビやマンガなどに影響される。 例えば僕の周りは「フルチン」が多数派で、たしかテレビの影響だった。子供ながらに想像していた意味は“振る”チン。開放されたチンをイメージしていた。ただ“振り”チンでも同じ意味になるわけで、フリチン派にも納得。 “フリーのチン”なのかもしれない、とさえ思っている。 そんな「フルチン」と「フリチン」の謎を解明すべく、まず意味を大辞林第二版で調べてみた。 ふ
「著作権制度が想定していない状況に直面し、右往左往している」――東京大学の中山信弘教授が2月29日、「著作権リフォーム」をテーマにしたデジタルコンテンツ協会のシンポジウムで講演した。一般ユーザーが創作し、ネットで著作物を発表する現代に、プロを前提にした著作権制度が対応できなくなっていると指摘。著作物の流通を円滑化するための改革の必要性や、著作物を独占せず、広く共有しようという「コモンズ」の考え方などを紹介した。 中山教授は著作権法学界の第一人者で、政府の知的財産戦略本部の構成員や、文化庁傘下の文化審議会著作権分科会私的録音録画小委員会の座長、クリエイティブ・コモンズ・ジャパン理事長も務める。約20分の短時間に詰め込まれた濃い内容と問題提起に、参加者は聴き入った。 19世紀の前提が時代に合わない 「19世紀の状況を前提にして構築された著作権制度が、インターネットの発展でとてつもなく大きな問題
1週間ほど前に親しい友人から、「いま健康のために自彊術(じきょうじゅつ)を毎日しているんだけど、クレオパさんもやったら? 80歳をすぎた母から紹介されたんだよ」とすすめられて、さっそく実行しています。 ようは決められた順に従って身体を動かすラジオ体操のようなもので、誰でもできます。ビデオも借りたので、実行はそれほど難しくありませんでした。疑問点は、写真と解説付きの『自彊術で若返る』(自彊術普及会監修 ベースボールマガジン社、本体1524円)を開いて確認します。 かつて大流行した体操 大正末期に全国で大流行したのですが、ラジオ体操の普及で、いっきに下火になったのだとか。中井房五郎という天才マッサージ師が発明しました。彼のもとには医者に見離された多くの難病者が訪れ、元気を回復していったのだそうです。 最近は、教育テレビで放映したりで、高齢者のなかで実行している人が増えているそうです。 半信半疑
なんかそんな気がして以前調べていたことがあったことを思い出した ⇒William Tyndale - Wikipedia, the free encyclopedia ⇒ウィリアム・ティンダル - Wikipedia そういえば⇒田川建三 - Wikipedia ウィリアム・ティンダル―ある聖書翻訳者の生涯: デイヴィド ダニエル,David Daniell,田川 建三 お値段が。 そういえば⇒太陽の子エステバン - Wikipedia 原作の話は違うのだけど⇒原作本『黄金の七つの都市』の紹介 で⇒Scott O'Dell - Wikipedia, the free encyclopedia The Hawk That Dare Not Hunt by Day: 洋書: Scott O'Dell ⇒「 鷹は昼狩りをしない: 本」
『宗教改革の真実』(永田諒一著 講談社現代新書 04年)を読んで、教えられたことの続きです。 現在、暦(こよみ)というものを、何の疑問もなく使っていますが、昔は大問題だったらしいです。ちなみに、過去の時の流れを「歴(れき)」、将来の時の流れを「暦(れき)」と呼ぶそうです。 教会暦って、そもそも何? 「教会暦」というものがあります。私はあまりそのようなことを重視しない背景で育ちましたが、それでも「クリスマス」「イースター(復活祭)」は話題になりますし、それにちなんだ行事があります。中世ヨーロッパは、いまと比較にならないくらそれが重要だったのですね。そして毎年の祝日制定は、おかかえ天文学者のいる教会が指導権を握っていました。 宗教改革時代の初期、ヨーロッパではユリウス暦(ローマ暦、太陽暦の一種、ジュリアス・シーザーが制定)が、ずっと使われていました。ところが困ったことに、季節と暦が徐々にずれて
最近小林秀雄の「感想」を読みまして、えらく興奮してこんなことを書きました。今自分の書いたことを読み返してみると、完全に小林秀雄に「やられちゃって」います。小林秀雄がとりついたようなことをぬかしているし、口調まで小林先生風の独断調だ(汗)。かなり恥ずかしいが、まあいいや。とにかく、それだけ楽しませてもらえたって事であって、別に小林を客観的に読もうという姿勢などハナから放棄している読者としては、いい映画を見て感動したり「騙されたり」するのと同種の快感が何より大切なものですから。 でも、この「本居宣長」については、困りました。特に、後半読み進めるにつれて、当惑が限りなく広がり続けたので。かなり前に、一度チャレンジして挫折したときのことを思い出したが、やっぱり、あの古事記の神話解釈をめぐるくだりで、ついていけなくなったのだった。 宣長の神話に対する態度は簡単明瞭、書かれていることは全てありのままに
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