SUVブーム前に一世を風靡したスバル レガシィ。ツーリングワゴンやB4が消えゆくなか、レガシィの名はアウトバックのみが継承していたが、ついに日本向け生産が2025年夏で終了する。別れの時が近付くレガシィアウトバックを振り返る。
※本稿は2024年11月のものです
文:片岡英明/写真:スバル、ベストカー編集部
初出:『ベストカー』2024年12月26日号
日本では「グランドワゴン」を名乗って登場
LEGACYが誕生したのは、今から35年前の1989年1月。主役を務めたのは、路面を選ばないタフなフルタイムAWDのツーリングワゴンだった。DOHCターボも用意していたから、瞬く間に快速ワゴンの代名詞となり、ワゴンブームを牽引している。
低重心の水平対向エンジンをコアテクノロジーに、シンメトリカルAWDを採用して安全かつ楽しい走りを実現したレガシィは、1993年秋に2代目にバトンを託した。クロスオーバーSUVの先駆けとなるアウトバックの登場は1995年8月だ。日本では「グランドワゴン」を名乗っている。
専用グリルや2トーンのボディカラーを採用し、最低地上高は200mmあるから悪路も雪道も苦にしない。心臓は北米仕様を流用した2.5LのEJ25型DOHCだ。1997年夏には「ランカスター」と改名している。
1998年6月に3代目レガシィが登場した。2.5Lエンジンを積むランカスターは1999年秋に先進のADA装着車を設定。2000年5月には6気筒搭載車も誕生する。タフな走りに加え、絶大な安心感と上質な走りを手に入れたから北米では大ヒットを飛ばした。
【画像ギャラリー】「さよなら」より「ありがとう」で送りたい……ラストデイを迎える前に振り返るスバル レガシィアウトバックの歴史(24枚)画像ギャラリー4代目で海外名と合わせる形で「アウトバック」に
小型車枠のなかで最高の性能を掲げて精進してきたレガシィは、世界に通用するプレミアムブランドを目指し、4代目で全幅を広げている。そして海外と同じように「アウトバック」を名乗り、フェンダーモールなどで個性を際立たせた。
3LエンジンはEZ30型のままだが、2.5Lの4気筒は扱いやすさを重視してOHC方式とした。これを機に待望の5速ATを採用する。
SIドライブやSIクルーズを採用し、最終型ではADAを発展させた運転支援システムのアイサイトも導入した。また、アウトバックに特別限定車として2.5L・DOHCターボ搭載車を投入し、性能面でも満足できるものになる。
2009年5月、レガシィは5代目に、アウトバックも第4世代となった。ボディはさらに大きくなり、2.5Lの水平対向OHCとリニアトロニックと呼ぶ無段変速のCVTを主役とする。6気筒は3.6Lだ。
2012年に新設計のFB25型水平対向4気筒DOHCに換装し、アイサイトはバージョン2に、横滑り防止のVDCも大きく進化させている。先進安全装備はライバルの追随を許さない。
6代目レガシィの衝撃は、好調な北米市場を意識してボディを拡大したことと、ツーリングワゴンを廃止したことだ。アウトバックは、ぬかるみでの脱出性能を高めるXモードを搭載し、本格派のSUVと遜色ない走破性を実現した。FB25型4気筒は6速リニアトロニックを組み合わせ、燃費も向上させている。
2021年秋に投入した7代目レガシィはアウトバックだけの設定だ。1.8LのDOHC直噴ターボ(DIT)を積み、Xモードも進化させたが、日本ではこれが最後の作品となった。
ワゴンの使い勝手のよさにSUVの高い走破性を加えたアウトバックは、北米を中心に大成功している。だが、日本では今一歩の評価にとどまり、車名と同じように後世に受け継がれる「遺産」になった。ボクもBP型を愛車にしていたから、消滅はショックだ。
大きすぎるという日本のファンのためにベース車をレヴォーグに変え、ルーフを延ばした正統派のツーリングワゴンを作ってほしかった。その派生としてアウトバックがあれば、評価は変わったかもしれない。詮ないことだが、残念だ。
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