ヘミングウェイが若き日のパリの思い出を綴った「移動祝祭日」を氏は愛読しているそうだ。
「もし君が若い時にパリで暮らすことができれば、残りの人生をどこで過ごそうと、パリの日々はいつも君と共にある。
なぜならパリは移動祝祭日なのだから」
(ヘミングウェイ)
パリで暮らした日々は、移動祝祭日(movable feast, 年によって日が変わる祝祭日)、
その人の一生のどこにも祝祭日としてついてゆく、という。
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海野 弘 | |
ポプラ社 |
作家のインタビューなどを読むと、驚かされることがある。
たとえば村上春樹氏はこう語る。
~小説家として長い歳月にわたって小説を書き続けながら、同時に誰かに好かれることが可能であるとは思えない、
嫌われたり、蔑まれたりする方が、どちらかといえばナチュラルなことみたいに思える。
そんなふうに自嘲することはない。
表現者はたしかに、表現することによって一種の旗を掲げるようなものだから、
選ばれない、支持されないリスクを引き受けなくてはいけないかもしれないが、
岡本太郎氏が言うように嫌われるくらいで丁度いいのだ。
逆説的だが、嫌われる分だけ、のびのびと自由になる権利を獲得できるようにも思える。
岡本太郎氏は、そっちの方が全然大切だと諭しているのではないだろうか。
私が作家先生に求めるのは、強さを持った、全人的な魅力であるようにも思えて、
そこへ行くと、ヘミングウェイの言葉のなんと爽やかで頼もしいことか。
パリなんぞには行ったこともないのだが、言わんとすることは、なんとなく分かる(ような気がする)。
ゆっくりと台風が西日本を通過して、関東でもときどき思い出したように、バラバラっと雨が降る週末。
夕方暗くなった空をよく見ると、今夏あんまり見なかった入道雲がまだむくむくと覆っていた。
( ↓ ) よい歌に恵まれた今年の夏を象徴するかのよう。← 気が早いぞ、紅白は12月だ。
メロディを少し離れて、少しふざけながら愉しげに、寄り添いながら舞い踊るようにハミングしている。
ポール マッカートニー風の外し方というか、いくつかのメロディやアイデアが自由に、少し気まぐれに降ってくる。
こういうイメージは「移動祝祭日」となって、ついてきてくれるのだ。
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