2月に講談社現代新書から2冊目の著書『「若作りうつ」社会』を出版したシロクマ先生こと熊代亨(id:p_shirokuma)さん。地域精神医療に携わるかたわら、オタク出身の精神科医として、はてなダイアリー「シロクマの屑籠」を更新し続けています。ブロガーから出発したシロクマ氏が、どうやって単著を出すに至ったのか? その「ブログ大戦略」をうかがいました。
取材・執筆:古田ラジオ(id:republic1963)
自分でも「脱オタ」をまとめたくてしょうがなかった頃
―― 「ネット」を始めたころは、おいくつでした?
1996年なので21歳ですね。大学のパソコン室で、友達とネットサーフィン*1を始めたのがきっかけです。当時は、アニメやゲームのホームページを見ていました。
―― 見るサイトや興味の対象は、やはり変わっていきますよね。
1997年が最初の転機で、脱オタク(脱オタ)*2ファッションのサイトを見つけてしまったんです。
当時の私は「俺、医者になって、ちゃんとコミュニケーションできるのかな?」って思っていて、コミュニケーションも見た目のTPOも不安だらけでした。 だから、脱オタサイトで「隠れオタクが社会適応するためにOIOI(マルイ)で買い物する方法」とか、そういう情報を夢中になって収集していました。
―― そういったサイトを読んでいると、自分でも「やってみた」記録や感想を公開したくなるものですが、シロクマさん自身が情報を発信するようになるのは、もう少し後ですよね。
大学を卒業して最初の3年ぐらいは仕事が忙しすぎて、ネットはあまりしていませんでした。自宅から頻繁に接続するようになったのは2000年以降です。それまでは当直中にHTMLを勉強したり、脱オタの実践に忙しかったり……。
HTMLの勉強をしていたのは、自分でもオタクの社会適応をテーマとしたサイトを作ろうと思いはじめていたからですが、自分のことに手一杯で、ネットにノウハウを書いて誰かに伝える段階じゃなかったです。やっぱり仕事が忙しいときは仕事したほうがいいですね(笑)。
―― いわゆる“ROM*3”の時期がかなり長かったのですね。
はい。結局、ROM専の時期が5年ほど続いて、個人サイト(現「汎用適応技術研究」)を立ち上げたのは2001年です。それでも最初の3年ほどは、長文を書くのがしんどくて、人に読ませるノウハウもありませんでした。
―― 精神科医という仕事もあるのに、どうしてサイトを立ち上げようと思ったんでしょうか?
社会適応のための方法論をまとめることは自分の勉強にもなるし、情報を共有できれば読者にもメリットがあるだろうし、何より私がまとめたくてしょうがなかったんです(笑)。
「読んでもらえる」ことが実感できるとブログの励みになる
―― 個人サイトだけでなく、はてなダイアリー*4でブログも書きはじめますよね。
脱オタサイトを運営しているうちに、はてなにいる“非モテ”の人達に目をつけられて(はてなキーワード「非モテ」を参照)、論争に巻き込まれてしまいました。彼らとやりとりしているうちに、ネットの友人から「はてなダイアリー」ってサービスがあるんだよって教えてもらった。それが、はてなとの出会いです。
―― はてなダイアリーを書きはじめて、何か変化はありましたか?
はてなでブログを始めたのは2005年10月ですが、はてな“以前”と“以後”では、ネット活動に大きな隔たりがあります。はてなのコミュニティにはすごく影響を受けました。というか、ルーツです。
―― “はてなのコミュニティ”の話はまた後で詳しくうかがうとして、個人サイトやブログを運営することについて聞きたいのですが、そのモチベーションはどこにあるのでしょう。やはりアクセス数でしょうか?
個人サイトでもアクセスカウンターは導入していましたが、動作がおかしかったので見ていませんでした(笑)。今でもあまりPVは意識していません。
―― PVではないとすると、サイトを更新するときにはどういうことを意識するのでしょう?
当時の私は、とにかく誰かに言及されているか、リンクを貼ってもらえてさえいれば、それで満足でした。例えば、大手の個人ニュースサイト*5からときどきリンクを貼ってもらっているのは確認していました。
ちょうど私がブログを始めたころに「はてなブックマーク」がサービスを開始して(2005年2月リリース)、のようなよくわからない赤い数字がついたので、「ああ、読んでもらえているんだな」と実感できるようになりました(笑)。
―― ブログを「読んでもらえる」ことが実感できるようになると、かなり自信になりますね。
私が書いた“心理的欲求”や“オタク論”の記事が、個人ニュースサイトやはてなブックマークで頻繁に取り上げられるようになって、手ごたえも感じましたし、構想している文章をまとめれば、書籍になるかもしれない、と考えるようになりました。
―― なるほど。ところで“脱オタサイト”ではなくなったのですね(笑)
ファッションについては脱オタしたおかげか、2007年頃にはあまり気にしなくなりました。アニメやゲームは今でも好きですが(笑)。
後光が差すようなブックマークコメントがガツン!と来た日
―― 書籍を出版するために具体的に実行したことなどはありますか?
それからは原稿を書く練習を始めましたし、出版関係者や読解力の高い読者にも興味を持ってもらえるブログをやりたいと意識するようにもなりました。「PVは要らない。けれど、良い読者は必要」というポリシーです。
―― 実際には、単著を出すまでに少し時間がかかってますよね。
当時は「萌えるオタクの自己愛心性」という企画案で、あちこちの出版社に原稿の持ち込みをしていました。「萌え」と自己愛心性についてまとめた本になるはずでしたが、なかなか上手くいかなかったので2008年ごろいったん諦めて、ブログの更新に集中することにしました。
ブログは書いているだけでも面白いですし、なにより文章の練習になりました。面白がってやっているうちに、花伝社の編集者さんからオファーをいただいて『ロスジェネ心理学』(2012年)を出版できたというわけです。
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―― 文章の練習をするときに、何か心がけたことなどはありますか?
実は、持ち込みが上手くいかいかなくて煮詰まっていた時期に、あるブックマーカーから「もっと文章を簡潔にまとめろ」的なことをブックマークコメントでガツンと言われたんです。それからブログで文章を簡潔に書く練習を始めました。
ちなみに、そのユーザーのことは全然好きじゃなくて、普段は「こいつ、何言ってやがる」って思っていたんですが(笑)、このときばかりはコメントから後光が差して見えました。
―― はてなブックマークのネガコメ(ネガティブなコメント)も役に立つことがあるんですね……。
書籍を出すようになって感じたのは、集団としてのブックマーカーの視野の広さです。編集者1人と精鋭のブックマーカー100人を比べたら、後者のほうがやっぱり視野が広い。
もちろん親身にアドバイスしてくれるのは編集者ですが、ラフでも幅広い意見を届けてくれるのは、精鋭ブックマーカーやブロガー達です。
―― コメントが編集者の役割を果たしているということでしょうか?
ブログの記事は、アイデアを膨らませるための“ワークショップ”としても使っています。
ちょっと考えたいことがあるけれど、参考資料も足りないし、みんながどう考えているかわからない。そういうアイデアをいったんブログに書いてみて、とりあえず顔見知りのブックマーカー達に訊いてみるんです。運が良ければ、誰かがトラックバックでまとまった情報を送ってくれることもあります。
アイデアの段階でブログに書いてみると、ブックマークやトラックバック経由でプラスアルファの意見や見識をもらえて、それを次の思考材料にできる。これはブロガーの役得だと思っています。
他のブログに上手くコメントする人には一目を置くべき
―― アイデアを書いてフィードバックをもらうことはブログの一般的な利用法だとおもいますが、はてなならではのメリットもあるのでしょうか?
はてなをやっていて良かったと思うのは、まず、はてなブックマークというシステムが、不特定多数の、それなりに多様性のあるオピニオンを集めるのに適していたこと。
それから、ブックマーカーやブロガーに、専門知識を持った人や判断力の高い人が豊富に含まれていたこと。そういう“一筋縄ではいかない読者”を念頭に置いて書いているうちに、私の文章は自ずとブラッシュアップされていきました。
書籍を出版するところまでたどり着けたのは、はてなのブロガーやブックマーカーの“質の高さ”のおかげだと思っています。
―― 先ほど「はてなのコミュニティ」に影響を受けたという話が出ましたが、そういうところから単著を書く文章力を身につけることもできるのですね。
はい。ただ、コミュニティから受ける影響は、どういったブックマーカーやブロガーに着目するかにもよります。玉石混淆なコメントから、ためになるエッセンスを提供してくれるブックマーカーやブロガーを探し出さなければならない。
玉石混淆はネットの常。というより社会の常ですから、選別眼はどうしても問われるところです。良い部分をセレクトできれば、十分に役立つでしょう。
―― 良いコメントを選別するヒントはどういったところにあるのでしょう?
私がブックマークを評価する基準は、「私のブログにどんなコメントをつけているか」ではなく「他のブログにどんなコメントをつけているか」なんです。
自分自身のブログに対するコメントは、なかなか客観的に評価できません。でも、他のブログについたコメントなら冷静に眺められるじゃないですか。他のブログに上手いコメントをつけ続けているブックマーカーやブロガーには、一目置くようにしています。
そういう人に批判されたときには、「相応の判断力や知識に基づいて批判されている可能性が高い」と考えています。
―― ブログをやっていると、批判的なブックマークコメントよりも建設的なコメントを選びたくなってしまうものですが……。
もちろん、肯定的なコメントはとてもありがたい。でも、そればかりだと視野が狭くなります。自分に役に立つ批判にまで耳を貸さないような状態では、ブロガーとしての感覚が狂ってくるような気がしています。
といっても、コメントを全部読んで全部まともに受け取っていたらきりがありません。あちこちで罵倒や誤読を繰り返しているような人は、ほとんどどスルーします。自分の中で優先順位をつけていますね。
じっくり5年くらいやってみるブログライフもあります
―― これからブログを始めようという人にアドバイスをください。熊代さんのブログは当初からテーマが変わっていないように思いますが、ブログを始めたばかりの人にとって、まずテーマを決めること自体が難しいのではないでしょうか。
1つの考え方として、「無理してブログを書かなくてもいいんじゃないの?」ってことはあります。
まずは、とりあえずいろいろ書いてみて、自分が深く掘り下げたいことは何なのか、テーマやキャラクターを模索してみるといいのかもしれません。そうやって模索して、何か見つかれば続ければいい。もし何も見つからなかったら、止めればいい。
そんな試行錯誤の時期が、3~5年はあってもいいんじゃないでしょうか。特に若い人には、時間的な余裕をもってブログライフに取り組んでみることを私はおすすめします。
―― 最近は「プロブロガー」や「ブログ飯」という言葉がひとり歩きして、とにかく時事ニュースに対して何かコメントしてPVを稼ぐタイプのブログがありますが、そういった考え方とは全然違いますね。
ブログライフにはさまざまな形があって、“ブログ大戦略”の正解も1つじゃありません。ブロガーとしての“あがり”も違っているでしょう。だから、各人各様のブログライフを選ぶのが一番じゃないでしょうか。
既に成功しているブロガーをお手本にするのもひとつの方法ですが、それぞれに長所もあれば短所もあります。難易度や競争率もまちまちです。ともあれ、自分の得意なことや関心のあることを見極めている人なら、自分に適したブログライフを見つけるのはそう難しくないような気がします。
―― 熊代さん自信は今後のブログライフをどう考えていますか?
いままで通り続けたいですね(笑)。
はてなは、まだ十分にまとまりきってない考えを、ほかのブロガーやブックマーカーと問題共有するための場所として大切な存在です。似たような問題意識を持っている人と意見交換するには、うってつけですから。
先ほどのPV至上主義的な流れとは違う方向性ですが、ブックマークやブログって、私のような使い方をするにも便利なんです。思索を重ねて、自分自身の議論能力を高めるために有力な手段だと思っています。
シロクマ先生のプロフィール
熊代亨(くましろ・とおる)
1975年生まれ。信州大学医学部卒業。精神科医。専攻は思春期~青年期の適応障害領域。臨床現場で目にする“診察室の内側の風景”とインターネットやサブカルチャーの現場で目にする“診察室の外側の風景”の整合性にこだわり、ブログ「シロクマの屑籠」で社会心理学的な考察を続けている。
著書に『「若作りうつ」社会』(講談社、2014年)『ロスジェネ心理学』(花伝社、2012年)、『「いいね!」時代の繋がり――Webで心は充たせるか?』(エレファントブックス[電子書籍]、2013年)。
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*1:Webページを波(wave)に見立てて、あるサイトから次のサイトへと見て回ることを表した言葉。90年代後半にインターネットの商用利用が始まり、Webを閲覧する一般利用者が増え始めたころ、まだGoogleのように強力なWeb検索もTwitterのようなソーシャルメディアもなかったため、新しい情報を求めるにはリンクをどんどん渡っていくことが重要だった。
*2:典型的な「オタクっぽい」秋葉系の人が、無難な言動・服装のスキルを身につけることを「脱オタク」と呼ぶ。ドラマ「電車男」などが例として挙げられる。
*3:Read Only Memberの略。電子掲示板などで、読むだけで書き込まない利用者のこと。PCで重要なファームウェアなどを記録する読み出し専用メモリ(Read Only Memory)から転用された用語。
*4:2003年1月にスタートした、はてなの元祖ブログサービス。サービス名からわかるように、90年代から日本で広く書かれていた「日記サイト」の系譜にあるサービスだが、ブログとしての機能も取り入れている。手軽に更新できることから、別にサイトやブログを運営しているユーザーが日常的な身辺雑記を書くサブブログや別館として開設し、本サイトでなくダイアリーを頻繁に更新するようになるということがよく見られた。
*5:面白いニュースや記事を1行コメントとともに紹介する個人サイト。大量のURLを毎日掲載し、ネットの話題を入手するために多くの閲覧者が訪れた。大手の個人ニュースサイトからのリンクは、個人サイトに爆発的なPVをもたらした。