日本の捕鯨外交が転機を迎えようとしている。2月6日に行われた定例記者会見の場で赤松広隆・農林水産大臣が調査捕鯨について見直すことを示唆したのだ。2年ほど前から国際議論においては、日本を筆頭とする持続的利用支持国とオーストラリアなど反捕鯨国の間で、歩み寄りの兆しが出ていた。クジラを巡って今、何が起こっているのか――。

 「調査捕鯨 縮小提案へ」「商業捕獲再開の条件に」。赤松大臣の発言を受けて、翌日の一部新聞はそんな見出しを掲げた。もっとも、会見では大臣からそこまで踏み込んだ発言はなされていない。

 正確には、6月にモロッコで開催される国際捕鯨委員会(IWC)に触れたくだりで、「新たな提案」や「今の調査捕鯨のあり方をもう少し見直すとかいうような妥協案」に言及しただけである。

日本が目論む“追加の果実”

 ただ、このところのIWCを取り巻く動きからすると、一部新聞の報じ方は正鵠を射たものと言える。捕鯨については、環境保護団体「シー・シェパード」による派手な妨害パフォーマンスが2年前からたびたび報じられている。2月15日にもシー・シェパードのメンバー1人が日本の調査捕鯨船に侵入する“事件”が起きたばかりだ。

 そのため、捕鯨を巡っては、どちらかというと賛否両陣営の対立が先鋭化しているとの印象を持たれがち。しかし、外交の場では必ずしもそうではない。

 現在、捕鯨外交において焦点になっている検討事項は、どれも日本の振る舞いにかかっている。1つは調査捕鯨、もう1つは小型沿岸捕鯨である。前者は反捕鯨国からの猛烈な反対に遭いながらも日本が20年余り単独で強行してきたもの。後者はそうした中、日本が追加的に拡大を要求してきたものだ。

 かつてアメリカやソ連など世界の主要国がこぞって乱獲してきたクジラだが、資源量の激減や環境意識の高まりを受け、IWCが商業捕鯨のモラトリアム(一時停止)を採択したのは1982年。日本は戦後の食料不足を補うため本格参入した後発国だったが、捕鯨の継続を主張し続けていた。そこでモラトリアム採択後に始めたのが調査捕鯨である。

 国際捕鯨取締条約はIWC加盟国が資源量や生態を調査する目的でクジラを捕獲することを認めている。そのため、調査捕鯨は国際的に合法行為だ。IWCの投票を経ることも必要なく、加盟国の判断だけで行える。日本はそこに目をつけ、過去に例のない大掛かりな「調査」を始めたわけである。

 調査捕鯨は1987年に南極海で始まった。当時設定された1シーズン当たりのミンククジラの捕獲枠は270~330頭。乱獲の末、最後に残された漁場が南極海。シロナガスクジラなど食用に向くとされるヒゲクジラの種類中、最後まで乱獲を免れたのが最も小型のミンククジラだった。日本の調査捕鯨は表向き科学調査を目的としてはいるが、将来の商業捕鯨再開を視野に捕鯨技術の伝承などを目指して始まったものといえる。大型母船を中心とした船団方式による捕獲方法は商業捕鯨時代と何ら変わらない。

 最初はそろりと始まった調査捕鯨だったが、その後、規模は大きく拡大した。1994年には北西太平洋でもスタート。南極海での捕獲枠も増加した。現行計画の捕獲枠は、ミンククジラが最大1155頭、さらにナガスクジラ50頭、ザトウクジラ50頭、ニタリクジラ50頭、イワシクジラ100頭、マッコウクジラ5頭にまで拡大している(ただし、これまでザトウクジラの捕獲実績はゼロ、ナガスクジラも計14頭にとどまっている)。

 調査捕鯨は捕獲したクジラの肉などを「副産物」と称して販売し、実施費用に充てている。商業捕鯨の禁止後もクジラの肉が流通市場で見られるのはそのためだ。それら副産物の量は最初の年に1137トンだったものが、2006年には5482トンにまで達した。2007年以降はシー・シェパードの妨害などで捕獲実績が減ったが、それでも毎年4000トン前後の副産物が市場に放出されている。

 副産物利用は前出の国際捕鯨取締条約が定める義務ではある。しかし、日本の調査捕鯨はあまりに大規模。ノルウェーはモラトリアムに異議申し立てを行い、国際社会に背を向けて商業捕鯨を継続しているが、それでも生産量は年間約2500トン。このため、反捕鯨国は日本の調査捕鯨を「疑似商業捕鯨」と見なしており、非難を強める一方だ。

 中でもオーストラリアは2007年秋に左派系の労働党政権が誕生した後、表立ってその批判の声を強めた。国際的に評判の悪いシー・シェパードが南極海で暴れ回ることができるのは、地理的に近いオーストラリアに母港を置けるからでもある。

 国際批判をよそに、日本はこのところIWCの場で追加的な果実を得ようともしてきた。それが小型沿岸捕鯨の拡大だ。

 実は現在でも日本には“商業捕鯨船”が和歌山県太地町など全国に5隻存在する。IWCの管理対象外となっているツチクジラなど小型鯨類を捕獲して、細々と息をつないでいるのだ。小型捕鯨の捕獲実績は年400トンにも満たず、調査捕鯨の10分の1以下。そうした中、日本は小型沿岸捕鯨でも食用に適したミンククジラを捕獲できるよう求めてきた。

IWC正常化に総論賛成

 「年に1回、お互いを罵り合って喧嘩別れして終わり」(水産庁遠洋課捕鯨班)――。

 そんなふうに揶揄されることもあるIWCは数年前まで全くの機能不全に陥っていた。1948年に15カ国で始まったが、1970年代の反捕鯨国による多数派工作で加盟国数が急増。その後は日本による開発途上国の引き入れで、加盟数が80カ国近くまで膨張した。

 現在、賛否両陣営の勢力はほぼ拮抗する。そのため、日本など持続的利用支持国が商業捕鯨再開に向けた提案を行えば、反捕鯨国が調査捕鯨反対を騒ぎ立て、お互いが悪口を応酬し合って、結局は議論にならない状況が続いていたのである。

 そこに変化が生じたのは2007年秋。当時の議長国であるアメリカが正常化に乗り出したのが潮目の変化だった。アメリカは日本に対してある条件を出した。オーストラリアの労働党政権が反発を強めるザトウクジラの捕獲を延期する代わりに、アメリカが各国に対してIWCの正常化を働き掛けるとしたのである。日本はこの提案に乗り、ザトウクジラの捕獲を見合わせた。そして、アメリカのイニシアチブによるIWC正常化に向けた動きが始まったのである。

 参加国数を絞り込んだスモールワーキンググループが設置され、国際紛争の調停に経験のあるペルーの外交官がその議長に選ばれ、議論は始まった。そうして、2009年2月に示されたのが議長私案(チェアーズ・サジェスチョン)だった。そこにおいて、緊急的な取り組み課題の最初に挙げられたのは、日本の小型沿岸捕鯨におけるミンククジラの捕獲を暫定的に5年間認めるとするもの。2番目に挙げられたのは、日本の調査捕鯨の縮小に向けた2通りのオプションだった。

 これに対し、日本は当然のことではあるが調査捕鯨の縮小には反対の立場。結局、各国の意見調整ははかどらず、スモールワーキンググループの最終報告書では何一つ具体的な意見の一致を見ることはなかった。ただ、日本もスモールワーキンググループでの議論については総論賛成の立場を取っており、話し合いの雰囲気が醸成されていることについては前向きに評価している。

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