人材の採用コストが高止まりする中、優秀な若手社員の退職に悩む企業は多い。日経ビジネス8月26日号「できる若手がなぜ辞めた 本当に効く人材定着の知恵」では、大手企業の「期待の星」だった若手社員が離職を選んだ理由と、彼らを引き留めるために企業が取るべき策を探った。

 転職サイトを運営するエン・ジャパンに転職したばかりのA氏のスマホには、月に1度、「社員や職場の雰囲気は入社前のイメージと比べていかがですか?」などといった質問が数問、送られてくる。A氏はそれに対し「イメージ通り!」「ややイメージと違う」などのスタンプで返事をする。ただそれだけの作業だ。しかし会社によれば、これも立派な人材定着策なのだという――。

エン・ジャパンが開発した離職防止ツール「HR OnBoard」の回答画面 </p>
エン・ジャパンが開発した離職防止ツール「HR OnBoard」の回答画面

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「中途社員の定着は難しい」

 大卒新入社員の3年以内離職率は、この10年間、およそ3割程度で推移している。高いコストをかけて採用した新卒社員を組織に定着させようと、企業は面談や研修など様々な策を講じてきた。「新人を放置していると辞めてしまう」。それが多くの企業の人事担当者の意識だ。

 一方、「同じ若手であっても、転職者の場合は別だ」と考える人事が少なくない。既にある程度の社会人経験を積み、業界への理解もある。「新卒入社の若手と違い、明日からでも『即戦力』として活躍してくれるはず」。しかしそんな思惑に、エン・ジャパン入社後活躍研究所の越田良氏は警鐘を鳴らす。「中途社員は即戦力ではない。中途社員の定着は難しいという意識を上司が持たなければならない」。

 越田氏によれば、中途入社したばかりの社員は社内での役割や目標が不明確になりやすく、問題を解決するために社内の人間関係を活用できない。「部署全員の後輩」としてあれこれと目をかけてもらえる新卒入社の新人に比べ、むしろ定着が難しい側面があるということだ。現に、ある不動産会社では中途社員の離職を事前に防ぐため、人事の専門人材を雇って離職防止策を策定しているケースもあるという。

1年以内の離職理由に3つの共通点

 辞める理由は人それぞれで、特に中途社員は年齢も経歴も多様。彼らが抱える全ての離職動機に対応するのは簡単ではない。しかし、越田氏によれば、入社後1年間に絞って考えれば、社員が辞める理由に共通項を3点、見出すことができる。

 「1つ目は入社前の期待と現実の『ギャップ』、2つ目は直属の上司との『関係性』、3つ目は多すぎるまたは少なすぎる『業務量』だ。特に上司との関係性という点では、転職者本人だけでなく上司の努力不足も大きい」(越田氏)

 そこでエン・ジャパンでは、転職者の入社初日には直属の上司が必ず昼食に誘うよう、人事部が現場を指導している。また、最低2週間にわたって、1日に15分間の面談を実施することも義務化した。部下を持つ可能性のあるチームリーダー(主任)には全員、転職者受け入れの研修も受けさせているという。

 しかし、上司が転職者一人ひとりの職場定着をきめ細やかにサポートするのは、多くの企業では現実的には難しい。そこで短時間の面談の基本内容をアプリ化し、効率的に新入社員の悩みをフォローしようという発想でエン・ジャパンが開発したサービスが、冒頭に登場した「HR OnBoard」だ。

面接内容をアプリ化

 サービスの対象者は入社後1年以内の新人たち。期待と現実のギャップ、上司との関係性、業務量の多寡に関する質問を毎月1度投げかけ、スタンプで回答してもらう。エン・ジャパンはその回答を独自の分析にかけ、離職リスクを算出する。いわば、手軽さを追求した擬似的な定期面談だ。

 回答者の毎月の離職リスクは天気予報図のような形で一覧表示され、離職リスクの経時的な変化を人事が確認できる。不調やキャリア上の迷いを抱えているとみられる社員がいれば人事に通知し、直属の上司には定期的にコミュニケーションのノウハウを助言する。エン・ジャパンが15年にHR OnBoardの試用版を社内で試験したところ、導入部署の離職率は1年間で半分に減った。

エン・ジャパンが開発した離職防止ツール「HR OnBoard」の管理画面
エン・ジャパンが開発した離職防止ツール「HR OnBoard」の管理画面
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 「入社直後の経験は後を引く」と越田氏は語る。転職後2、3年目の退職者が多い場合でも、その根本原因は1年目にあるケースが多いという。すぐにでも職場に馴染んで活躍してほしい中途社員だからこそ、スタート直後のつまづきを防ぐ工夫は必要だ。

■変更履歴
掲載当初「不調やキャリア上の迷いを抱えているとみられる社員がいれば、直属の上司にメールで自動通知し、コミュニケーションのノウハウを助言する」としていましたが、通知を受けるのは人事担当者でした。本文は修正済みです。 [2019/08/28 15:47]

■変更履歴
掲載当初「回答者の毎月の離職リスクは天気予報図のような形で一覧表示され、離職リスクの経時的な変化を上司や人事が確認できる」 としていましたが、確認できるのは人事のみでした。本文は修正済みです。 [2019/08/27 12:27]

 日経ビジネス8月26日号「できる若手がなぜ辞めた 本当に効く人材定着の知恵」では、大手企業の「期待の星」だった若手社員が離職を選んだ理由と、彼らを引き留めるために企業が取るべき策を探った。

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