全国の職場では間もなく新年度の人事異動に伴う歓送迎会の季節がやってくる。だが今年は新型コロナウイルスの影響で会食の自粛ムードが漂っている。会場となるはずだった飲食店では予約のキャンセルが相次いでいるという。飲食店は衛生管理を徹底するとともに、地道に料理や接客の質を高めて、客離れを少しでも食い止めるほかなさそうだ。

 だが飲食業界では、料理の腕や接客術を磨くことに専念せず、不正を働いてまで客の評判を高めようとする店舗が存在する。客に金銭を支払ってグルメサイトに「料理はどれもおいしかった」「店内の雰囲気がよく、接客が行き届いていました」など、高評価の「レビュー(口コミ)」を書き込ませる、やらせの実態が取材から浮かび上がってきた。

あるブロガーに届いたやらせの依頼

 食べ歩きが趣味のブロガー、AKIは見知らぬ人たちから頻繁に連絡を受けている。記者が取材した数日前も、ブログのメッセージ機能を使ってコンサルタントを名乗る人物から「食べログで店のPRに協力してほしい」とお願いされていた。食べログは「失敗しないお店選び」をコンセプトに掲げる国内最大のグルメサイトで、飲食店選びの際に大きな影響力を持つ。AKIはPRの協力を依頼してきた相手に対して、試しに「詳しく知りたい」と返事をすると、数日後メッセージが送られてきた。これがその全文だ。

ブロガーのAKIに届いたメッセージ
ブロガーのAKIに届いたメッセージ
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 「ご来店、お食事頂き、食べログ投稿をして頂きたいです」「居酒屋ですと(5点満点中)3.5以上、すし店ですと4.0以上でお願いしております」という。見返りは1回の投稿につき1万円で、飲食代は2人まで無料。「最大限おもてなしさせて頂きます」とのこと。

 要するに、食べログに「やらせレビュー」を書き込むよう、依頼してきたのだ。

 AKIに連絡してくるのは、一般に口コミ代行業者と呼ばれる人たちだ。レビューを投稿する「レビュアー」たちに飲食店が直接金銭を支払ってやらせを依頼することはほぼない。発覚すれば食べログ側から制裁を受け、店の評判が地に落ちる。このため飲食業界の裏側では、口コミ代行業者を前面に立ててリスクを回避する分業体制が確立している。

飲食店選びで食べログは大きな影響力を持つ(写真:PIXTA)
飲食店選びで食べログは大きな影響力を持つ(写真:PIXTA)

 不正を働いてまで高評価を得ようとする飲食店が存在するのは、レビューの良しあしが死活に直結するからだ。SNSの利用者を対象にした三菱UFJリサーチ&コンサルティング(MURC)のアンケート調査によれば、サービスや商品のレビューが良くなかった場合に「購入を取りやめる」あるいは「購入を取りやめることの方が多い」とした人は、合わせて76%を占めた。

 最近まで東京都内のレストランで店長を務めていた飲食業コンサルタントの川崎理明氏も食べログの評価に振り回された一人だ。「食べログで2年前にレビューの集計方法が変わったため、勤務していたレストランの総合得点が突然下がったことがあった。その影響でお客さんからの予約はぴたりと止まった」と振り返る。川崎氏は食べログ以外のグルメサイトへの依存度を高めることで苦境を乗り切ったが、わずかな点数の変化に業績が大きく左右されるストレスから逃れようと、禁断のやらせに手を出す人がいても不思議ではない。

良い口コミ代行業者と悪い業者

 口コミ代行業の実態に迫ろうと、自らも食べログのレビュー対策を手掛ける人物に接触した。この人物によると、口コミ代行業者には筋の良い業者と悪い業者が存在する。

 「筋の良い業者は事前に依頼主である飲食店から課題をヒアリングしている。また実際にレビュアーに店を利用させることで、真実味のある感想を書かせている。レビューが終われば報告書を店側に提出する。料金はレビュー1件当たり1万5000〜2万円が相場だ。一方、筋の悪い業者はそのいずれもしていない。料金はレビュー1件につき2000〜3000円と安いが、質は低い」

 同じ穴のムジナとはいえ、口コミ代行業ではサービス品質の面で二極化が進んでいるという。

 AKIに連絡してきたのは、実際に店舗にレビュアーを派遣する“筋の良い業者”だった。何度断っても、別の業者から声がかかる。口コミ代行業者の間で、店の総合得点への影響力が高い人物と見なされているようだ。

 食べログはやらせを排除するために、AKIのように頻繁に食べ歩き、投稿を重ねたレビュアーを食通と見なして、採点を店の総合得点に大きく反映させている。食べログはレビュアーの投稿総数を公開しており、これを参考に口コミ代行業者が影響力の高そうなレビュアーのリクルートを試みているわけだ。正当な投稿を重ねてきたAKIは、今回もやらせに協力することはなかったという(口コミ代行業者ややらせレビューの首謀者については拙著『サイバーアンダーグラウンド/ネットの闇に巣喰う人々』で詳しく触れている)。

黒幕は都心の居酒屋

 AKIがやらせレビューの書き込み先として指定されたのは、東京都心の居酒屋だ。記者が食べログに載った店舗の紹介ページを確認すると、3.5点以上のレビューがずらりと並んでいた。やらせかどうかは定かではないが、店を褒めたたえる長文と、店内や食べ物の写真がふんだんに添えられている。

 もっともこの居酒屋の総合得点は3.04と平均的な水準にとどまっている。レビューの総数が9件しかないのが原因と考えられる。食べログは算出方法を明らかにしていないが、影響力の強いレビュアーからの投稿が数多く集まらないと、総合得点にはあまり反映されない計算式になっているようだ。少数のやらせレビューで総合得点が変動してしまうのを防ぐ措置だ。

 食べログを運営するカカクコムにやらせレビュー対策に関して取材を申し込んだところ、書面で回答があった。全国各地で定期的にオフ会を開くなどしてレビュアーが実在していることを確認しているほか、口コミ代行業者にやらせを持ちかけられた飲食店から通報を受け付ける「やらせ業者通報窓口」を開設するなどの対策を取っているという。

 今後、新型コロナウイルスによる影響が長引けば、飲食店にとり、高評価のやらせレビューで客足を取り戻したいという誘惑は強まっていく恐れがある。正直者がバカを見る状況を許してはならない。

サイバーアンダーグラウンド』好評発売中!

 食べログやアマゾンで横行するやらせレビューの現場など、ネット社会の裏側を徹底取材! 日経BPから『サイバーアンダーグラウンド/ネットの闇に巣喰う人々』を刊行しました!

 本書は3年にわたり追跡した人々の物語だ。ネットの闇に潜み、隙あらば罪なき者を脅し、たぶらかし、カネ、命、平穏を奪わんとする捕食者たちの記録である。

 後ろ暗いテーマであるだけに、当然、取材は難航した。それでも張本人を突き止めるまで国内外を訪ね歩き、取材交渉を重ねて面会にこぎ着けた。

 青年ハッカーは10代で悪事の限りを尽くし、英国人スパイは要人の殺害をはじめとする数々のサイバー作戦を成功させていた。老人から大金を巻き上げ続けた詐欺師、アマゾンにやらせの口コミをまん延させている中国の黒幕、北朝鮮で“サイバー戦士”を育てた脱北者、プーチンの懐刀……。取材活動が軌道に乗ると一癖も二癖もある者たちが暗闇から姿を現した。

 本書では彼らの生態に迫る。ソフトバンクグループを率いる孫正義氏の立身出世物語、イノベーションの神様と評された米アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏が駆け抜けた波瀾万丈の人生など、IT業界の華々しいサクセスストーリーがネットの正史だとすれば、これは秘史を紡ぎ出す作業だ。悪は善、嘘はまこと。世間の倫理観が通用しない、あべこべの地下世界に棲む、無名の者たちの懺悔である。

 サイバー犯罪による経済損失はついに全世界で年間66兆円近くに達した。いつまでも無垢なままでいるわけにはいかない。

 ネット社会の深淵へ、旅は始まる。

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