前回はスタートアップエコシステムの10倍拡大ビジョンの一つの特効薬として、大企業の新卒一括採用をすぐにやめるべきと書きました。ただ、起業は学生や若者の専売特許ではありません。イスラエルでスタートアップ巡りをして驚きましたが、40代、50代が生き生きと起業しています。知識も人脈も人生経験も豊富なので成功確率も高いのでしょう。

ディー・エヌ・エー(DeNA)会長の南場智子氏(写真=的野弘路)
ディー・エヌ・エー(DeNA)会長の南場智子氏(写真=的野弘路)

 大企業は新卒一括採用や新卒偏重採用をやめるだけでなく、社員が退社して起業したりスタートアップに参加することを奨励してほしい。コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)でお付き合い的な投資をするくらいなら、自社の優秀な社員の起業を後押ししてほしいし、自社で事業化しないと決めた新規事業アイデアを担い手社員ごとスピンアウトさせてあげてほしいです。サンクコスト(埋没費用)なのだから、ケチくさいことを言わずに安く個人に事業を譲ったらよいと思います。

 「オープンイノベーション」ははやり言葉で大企業の経営者はよく、「うちもスタートアップと人材交流をしています」と語ります。でも出向じゃダメだと思います。いや、役に立っているケースも多いのでダメとまで言う必要はないのですが、そういった人材を受け入れる立場だった自分の創業期を思い出しても、人材に惚れ込めばやはり籍を移して同じ船に乗ってほしいと切に願うようになります。本人にとっても同じ船に乗って初めて感じることも学ぶことも本物になる。

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 エコシステムが正しく機能しているならば、スタートアップは大半が失敗します。このリスクが起業に関心を持っても大企業に踏みとどまってしまう理由なわけですが、失敗したらまた出身企業に戻してあげたらよいと普通に思います。ずっと同じ会社に勤めている人よりも力量を付けている可能性は大きいし、下手をするとロイヤルティーも高まっていますよ。優秀社員なら辞めるときに出戻りチケットを渡してもよいと思います。本人が要らないと言ってもあげたらいい。甘いことを言うな、退路を断て。これは起業したことのない人がよく言いますが、私は普通の人が生活も守りながら起業したりスタートアップに参加できる世の中のほうが理想だと思います。

社員に「そろそろ起業しない?」と持ちかける

 辞める人は今でも勝手に辞めているのだから、特段大企業がすべきことはないと論ずる人もいるかもしれません。が、起業やスタートアップへの参加を奨励したり、出戻りを絶賛歓迎したりする姿勢を示すことは、迷って踏みとどまっている人の背中を押すことになり、チャレンジ量の10倍化に向けて大きな意味があると思います。そして経営幹部の少なくとも半分は生え抜きではなく中途採用の人材が占めるようにすることが一番です。途中乗車でメインストリームに乗れるなら、途中下車もしやすくなるわけです。生え抜きだけで改革だイノベーションだって議論をしているのは無理がある、という話は前回しました。

 ディー・エヌ・エー(DeNA)では2年ほど前から、会社が後押しする公式なキャリアパスとして、独立・起業・スピンアウトを設けました。もちろんこの制度がなくても独立・起業し大活躍しているOB・OGは多いのですが、それを公式にも後押しさせてもらおうということです。そのためにDelight Venturesというファンドも作りました。

 毎週、私自ら何人かの社員に「雑談しない?」とSlackでメッセージを送り、時間を合わせて1対1で近況や将来について雑談をします。そして様子を見て、「そろそろ起業しない?」と持ちかけます。ファンドが運営するインキュベーションセンターで起業プランを練り、良い事業案ができたら独立してもらう。誰でも対象なわけではなく、「仕事ができる人材」「成果を出している人材」です。まさに大活躍中の人材をそそのかすので、既存事業部に短期的には恨まれることもあります(笑)。でも大黒柱を意図的に抜くのは創業期からずっとやってきたことで、後悔したことがありません。必ず次のリーダーが生まれ、組織のみずみずしい動的平衡につながります。そして事業部長も人事のトップも、本人の意思であれば最終的には本当に気持ちよく送り出してくれるところがDeNAの良いところだと感じます。ファンドが本格的に活動を始めてまだ1年半ですが、こうして執行役員を含めエース社員がすでに9人(出資していない人を含めると12人)、外に飛び立ち、さらに15以上の事業立ち上げプロジェクトが予備軍として活動しています。

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