前回までに論じてきたように、スタートアップがどんどん生まれて育つエコシステムを発展させることは日本経済にとって急務なわけですが、しかし社会のためにはなるが個人のためにならないことなら私もこんなに力んで人に起業を勧めたりしません。起業は個人にとってもキャリアや人生を彩り豊かにする素晴らしい選択肢だと実感しているので、少しでも関心のある人の背中は迷いなく全力で押しています。

ディー・エヌ・エー(DeNA)会長の南場智子氏(写真=的野弘路)
ディー・エヌ・エー(DeNA)会長の南場智子氏(写真=的野弘路)

 実際私は自分がこれまで行った人生の選択の中で最高の決断は起業であったと思います。厳密には結婚の次かなとも思いますが、マッキンゼーを辞めてディー・エヌ・エー(DeNA)を創業したことは自分にとって最高の意思決定の一つです。大学卒業までは父の決めたレール、就職してからは、なんだかんだ言って結局マッキンゼーのレールを上手に走っていた気がします。それが思い立って起業し、誰も決めてくれない、何が正解かわからないところで右往左往しながら、事業をつくっていく。想定の範囲外の連続で、えー今度はこうきましたかーっ、と悲鳴を上げながら仲間とあれこれ考え走り回り、どうだっ、と市場に出したプロダクトが鳴かず飛ばずだったり、ささいな工夫でお客様がぐっと増えたり、面白くないはずがありません。やっと顧客の満足を掴みかけたときに、カネが足りん! となったり。そのうち組織づくりにも頭を悩まします。コンサルタント時代に言っていたことやものの本に書いてあることなんて全部横に置いて、人と事業を自分自身の目と心で捉え、じっくり考え、失敗も繰り返して進んでいきます。何度でも言いたくなります。起業は本当に面白い。面白いと頑張れるし、頑張ると成長します。そしてまだまだよちよち歩きなわけですから、なんと奥深いことか。

 なので会社経営においては、DeNAにいつ入社した仲間でも創業期と同じような面白さ、起業家と同様の試練と成長を得られる場にしようということを一番大事にしてきました。近年はそれに加え、独立・起業を公式に後押しするようになったことは第三回に書いた通りです。

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 こんなに素晴らしい起業が、しかし、我が国全体で不人気なんです。Global Entrepreneurship Monitorという起業活動の実態把握と各国比較をしている著名な調査があるのですが、毎回日本は起業意欲関連のほぼ全ての項目において調査対象国の中で最下位。起業しやすい環境かという点においてもほぼ常に最下位近辺。一方で毎回上位にいる項目が「Fear of failure」、失敗の恐怖でした。GUESSSという世界の大学生・大学院生を対象とした起業意識に関する調査でも同じ。学生の起業意欲が54カ国中54番目。ダントツの最下位です。

 なぜ不人気なのかは教育の問題もあるし、大学卒業時を主流派キャリアパスへの入り口としてほぼワンチャンスという実態をつくり出している大企業や社会の責任も大きい。この辺りは既にだいぶ議論をしてきました。そして宣言している通り、新卒一括採用の撤廃、中途採用の主流化を本気で呼びかけています。

 失敗するかも? 答えはYESです。むしろその可能性の方が高い。でも失敗の過程で得た経験や洞察、ギリギリの状態で仕事に向かう姿勢を見せ合った仲間とのつながりなどは永遠に自分の財産になります。それに近年失敗経験者はベンチャーキャピタル(VC)業界では人気です。再チャレンジの方が初チャレンジより成功確率が高いことが世界で証明されています。誠実な努力と奮闘の道のりを履歴書にして大企業のドアをノックしてもいいですね。DeNAは大いに興味を持って話を聞くことを約束します。寄り道プレミアムの話は以前しましたが、失敗経験プレミアムも他の会社に提唱するつもりです。

 挑戦者を増やすためにはもう一つ、わかりやすいヒーローをつくっていくのも有効だと感じます。

 フランスの例が参考になります。

 10年前のフランスは今の日本に似て、社会全体が保守的でリスクを忌避し、優秀な学生は役人や大企業への入社を目指し、特別に野心的な若者は海外に出てしまうという閉塞感の漂う状況でした。そこに大統領就任前のマクロン氏など若きリーダーたちがフレンチテック構想を立ち上げ、VCへの潤沢な資金の供給や、制度面の整備などが進みました。マクロン氏が大統領に就任するとさらに加速し、ステーションFというインキュベーションセンターが創設されるなど、国を挙げてエコシステムの強化を実現します。

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