テクノロジーの波が様々な産業に押し寄せ、非連続的な革新を起こす動きがこの10年で加速度的に広がっている。2000年代後半には広告業界がテクノロジーを取り込み、「AdTech(アドテック)」が勃興。時を同じくして、金融とテクノロジーが融合し、「FinTech(フィンテック)」の萌芽(ほうが)が見られるようになった。また、教育分野では「EdTech(エドテック)」、農業分野では「AgriTech(アグリテック)」、保険分野では「InsurTech(インシュアテック)」など、各業界で同時多発的に起きている。
こうした中で、欧米や東南アジアを中心に少しずつ「DeepTech(ディープテック)」という言葉が広がり始めている。「Deep」は誰しもが知っている、「深い」という意味。だが、他の言葉と違って、何を指している言葉なのかが今ひとつ判然としない。特定の業界を指している言葉ではないからだ。
ディープテックとはテクノロジーを使い、根深い課題を解決していく考え方、もしくはその活動を指す。具体的にはどのように定義できるのだろうか。
ひとつの指針となるのが、2011年にパリで設立されたHello TomorrowというNPO法人だ。ウェブサイトによると、彼らは「最先端のディープテック研究者やスタートアップを、大企業、投資家、さらに政府系機関、メディアなど、様々なプレーヤーにつなぎ、革新的技術の市場展開を促進する活動」を行っている。そして彼らは「事業目線から見たディープテックの特徴」を以下のように定義している。
1.インパクトが大きい
2.上市までに時間を要する
3.相当の資本投入が必要
また、「技術面での特徴」として以下の特徴を挙げている。
1.斬新かつ既存技術よりも大幅に進歩したもの
2.ラボから市場に実装するまでに根本的な研究開発を要するもの
3.社会的もしくは環境的な地球規模の課題に着目し、その解決のあり方を変えるもの
4.既存の産業を破壊し新たな市場をつくりうるもの
5.下支えする知財は複製が困難もしくは入念に保護され、参入障壁が高いもの
これに対して本連載では、ディープテックを以下のように定義づけたいと思っている。
1.社会的インパクトが大きい
2.ラボから市場に実装するまでに、根本的な研究開発を要する
3.上市までに時間を要し、相当の資本投入が必要
4.知財だけでなく、情熱、ストーリー性、知識の組み合わせ、チームといった観点から参入障壁が高いもの
5.社会的もしくは環境的な地球規模の課題に着目し、その解決のあり方を変えるもの
この差分がどこにあるか、お分かりだろうか?
Hello Tomorrowは、ディープテックのことを「斬新かつ既存技術よりも大幅に進歩したもの」であり、「下支えする知財は複製が困難もしくは入念に保護され、参入障壁が高いもの」であり、さらには「既存の産業を破壊し新たな市場をつくりうるもの」だと捉えている。
しかし、「ディープテックによってディープイシューを解決する意義やアイデアや事例」を紹介していく本連載では、この3点はディープテックの定義に入らない。
既存技術、つまりは古ぼけていたり眠っていたりする技術でも大いに役立つケースがたくさんある。知財のみならず、情熱やストーリー性や知識の組み合わせといった観点からも参入障壁が高く、既存の産業を破壊せず、むしろ活気づけるものだと考えているからだ。
米ボストン・コンサルティング・グループとHello Tomorrowが調査した7つのディープテクノロジーカテゴリーへのグローバルな民間投資総額を見ると、2015~2018年の4年間で、180億ドル(約2兆円)に達している。
では、早速分かりやすい例を見てみよう。
世界で最も生産されている植物油にパーム油がある。パーム油はアブラヤシの果肉から取り出す植物油で、食用のほか、マーガリン、石鹸(せっけん)の原料として利用されている。最近では、バイオ燃料としても利用が広がるなど、極めて用途の広い植物油となっている。
このパーム油の85%を生産しているのがインドネシアとマレーシアだ。この2カ国では非常に大きな産業を形成するに至っている。過去には急速な開発とそれに伴う劣悪な労働環境が問題として取り上げられることもあったが、現在の問題はそれとは違う。プランテーション(単一作物を大量に栽培する大規模農園)での生産をこのまま続けると、環境汚染が広がる恐れが指摘されている。
というのも、インドネシアとマレーシアではパーム油を搾汁した後の搾りカス(パーム核粕)が年間で540万トンほど排出されており、多くの場合はこれらの搾りカスが放置され、メタンガスを発生させてしまっているためだ。
パーム油の原料となるアブラヤシの殻は堅くて重い。そのため搾汁はとてつもない重労働となっているが、ここで日本が培ってきた技術が生かされ始めている。
搾りカスを微細な繊維にし、そこにインドネシアのディープテックベンチャーが開発した素材を加えることで、搾りカスから鶏の餌に必要な成長促進剤の代わりになる「マンナン」が抽出可能になった。これまで処分に困っていた搾りカスが、新たな商品へと生まれ変わったことになる。
ディープテックは特許でがちがちに守られた先端技術を使って課題を解決するものではない。喫緊の社会課題をテクノロジーで解決することが目的であり、最新の技術が使われることもあれば、“枯れた”技術が使われることもある。
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