発達障害(神経発達症)などの精神疾患を脳の特性の違いと受け止め、尊重する考え方が注目され始めた。ニューロダイバーシティーとも呼ばれ、独創性や集中力など発達障害特有の能力に着目し、活用する。イノベーション人材としての期待が高まるが、パフォーマンスの最大化に向けた受け入れ体制は道半ばだ。
■連載予定 ※内容や順番は予告なく変更する場合があります
(1)発達障害の人、IT業界で活躍 オムロンは独創性・集中力に着目(今回)
(2)入山章栄氏「脳の特性の違い、イノベーションの源泉に」
(3)産業医に聞く 発達障害を「戦力」にする上司の対応
時折会話の声が聞こえるオフィス。その片隅で、2台のモニターを前に集中して作業する若い男性がいた。耳栓をしているため、男性に周囲の音は入らない。ただ一心不乱に、プログラミング言語で書かれたソースコードが並ぶPC画面を見つめている。
ここは滋賀県草津市のオムロン草津事業所。工場の自動化に欠かせない、センサーなどの制御機器事業の開発拠点で、100人余りのソフトウエアエンジニアが働く。
男性には自閉傾向のある発達障害があり、対人コミュニケーションが苦手だ。耳栓をしているのは周囲の音に敏感だから。長い説明の理解に関しても不得手であるため、彼の上司や同僚はいつも、ホワイトボードに図や絵を描いて、彼に伝えたいことを説明している。
その一方で、ソフトウエアプログラマーとしてのスキルはとても高い。彼の上司は「のみ込みが早く、仕事も想像をはるかに超える早さで仕上げてくる」と評価する。周囲も「技術開発で必要不可欠な集中力があり、真面目だ」と話す。
発達障害の一つである自閉スペクトラム症(ASD)の人は、対人交流が苦手である一方、高い集中力や論理的思考力を持つ可能性が、近年の研究でも示されている。
コミュ力より技術力を重視
従来型の採用では、こうした高い能力を持つ人材は取り込めない。そこで2022年にオムロンが始めたのが、コミュニケーションよりも技術力を採用時に優先して、人工知能(AI)や機械学習などの分野でとがった能力(異能)を持つ人を積極的に採用するプロジェクト「異能人財採用プロジェクト」だ。
男性は同プロジェクトで採用された人材の第1号。大学院で先端情報学を専攻し、高いプログラミングスキルを有していたが、発達障害の特性として口頭によるコミュニケーションが得意ではないため、通常の新卒採用での就職がかなわなかった過去を持つ。
採用試験でも面接で全く話すことができなかったが、約3週間のインターンシップで課題として与えられたアプリを約2週間で完成させるなど、高い能力を発揮した。
不得意な分野はチームでカバーすることで、高い技術力の発揮を期待するのが同プロジェクトの趣旨だ。「飛び抜けた才能を持った人をチームに入れることで、全体の成果も上がっていく」。オムロンの最高人事責任者(CHRO)の冨田雅彦氏は、お互いの違いを認め合うことが、新たなイノベーション創出につながると強調する。
オムロンは、今後も戦略的に精神・発達系に障害のある人材の採用を強化していく方針である。組織のダイバーシティーを推進する狙いがあるほか、障害者雇用において社会の実情を反映させていく必要があると考えているからだ。
日本には約428万人の身体障害者がいるが、うち7割以上を65歳以上が占めている。その一方で、増加しているのが精神障害者保健福祉手帳の所有者。数は約390万人と身体障害者より少ないが、6割超を、15~64歳の生産年齢人口に該当する65歳未満が占める。
しかし、法律で義務付けられている障害者雇用の現場では、精神・発達系の障害への理解が進んでいない。合理的配慮がしやすい身体障害者に採用が偏る傾向があり、雇用のミスマッチが起こっている。
オムロンもご多分に漏れず、かつては障害者雇用のうち9割以上を身体障害者が占めていた。「精神・発達系の障害者を雇用するノウハウがなかった。6年をかけて異能人財採用プロジェクトを含むさまざまな取り組みを進めてきた」と、冨田氏は話す。冨田氏が人事トップに就任した6年前、オムロングループ全体の障害者雇用で8%しかいなかった精神・発達系障害の社員の割合は、現在17%まで伸びている。
労働関連の経済損失1.7兆円
発達障害はASDのほか、注意欠如多動症(ADHD)、学習障害(限局性学習症)等がある。発達障害者支援法の制定などを受け、発達障害の診断を受ける人は年々増加しており、学校教育での支援は充実してきている。
一方で、特に就労の場においては、性格や個性の問題であると誤解されることが少なくない。発達障害への合理的配慮はほぼ手つかずの企業が多いのが現状だ。オムロンのように周囲の環境を整えた上で、当事者本人の能力を十分に発揮させることに成功している企業はごくわずかである。
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