人事異動の季節。私の周りでも「ええ~~、マジ??」という異動が、相次いだ。
企業にとっては「社員」の配置転換の一幕だが、当の「社員」や、社員と関係ある人にとっては、ときに緊要な選択を迫られる。
「自分にはどうすることもできませんでした。決して他人事ではないのに、自分の無力さに嫌気がさしています」
52歳の年上の部下を持つ48歳の課長職の男性は、こうため息をついた。
男性の話は私自身、とても考えさせられるものだった。というわけで、今回は「50代の転勤」をテーマにしようと思う。
まずは彼の話をお聞きください。
「もともと彼は僕の上司だったんです。でも、昨年ラインを外れて、部下になった。なので、人事から彼の転勤を打診されたときは、正直ホッとした。関係が悪いわけではなかったんですが、やはり難しい部分もあって。彼も僕が上司だとやりづらそうだったので、彼にも転勤は朗報だと思いました。
ところが、『親の介護があるので、転勤は勘弁して欲しい』と相談されて。どこに配属されてもいいから、転勤だけは勘弁してくれと泣きつかれてしまったんです。 僕、全く知らなかったんですが、数年前からお父さんの介護で大変だったみたいで。同居しているらしいんですが、奥さんひとりに任せることはできないので転勤はムリだと。僕だけで判断できる事案ではないので、上長に相談しました。
でも、答えは「ノー」でした。即答です。当然といえば、当然の反応でした。
今って子育て世代を下手に転勤させると、パワハラとか言われてしまう場合もあるので50代の人たちに行ってもらうしかない。そもそもうちの会社では55歳になると、早期退職か、賃金減額でそのまま60歳まで働くか、賃金維持で転勤や出向も受け入れるかを選ぶようになっていました。ところがこれも非情な話なんですけど、選択する年齢が53歳に引き下げられることになった」
「でも、その方はまだ52歳ですよね?」(河合)
「50歳以上はお荷物でしかない」
「はい。そこが……アレなんですよ。結局、会社にとって50歳以上はお荷物でしかないので、どうにかしてコストを減らしたいんです。
つまり、先に転勤させ、そこで賃金減額か退職を選ばせようっていう魂胆です。そうなれば、転勤か減額かの二者択一ではなく、転勤させたまま減額することが可能になる」
「えっと、ちょっとよくわからないのですが……、『賃金維持で何でもやる』方を選べば、逆に本社に戻れる可能性もあるんじゃないですか?」(河合)
「それはないです。そんなことしたら、恐らくもっと遠隔地に飛ばされます。実際には追い出し部屋みたいなものです。社内には『定年までイキイキ働こう!』とかポスターが貼ってあるんですけど、なんかブラックジョークですよね」
「では、その部下の方はどうなさるんですか?」(河合)
「上からノーという答えがきた以上、転勤を受けるしかないと思います……。
僕の両親はまだ元気ですけど、妻には『あなたの親の下の世話はできない』って、宣言されている……。だから他人事じゃないんです。一方で僕は、かつての上司に肩たたきをしてる……。なんか自分に嫌悪感ばかりが募っています」
介護と転勤――。
この二つが重なったとき、どうすべきなのだろうか?
それこそ同じ転勤でも、名古屋と福岡では違うだろうし、大阪と北海道でも異なる。また、一言で介護と言っても、昨日までは身の回りのことはできていた親が、突然、歩くことが出来なくなる場合もある。ひとつの小さな変化が次々と予期せぬ変化につながっていく。
そもそも親の変化はある日突然で、実際に問題に直面するまで、リアリティを持つのが極めて難しい問題である。
奇しくも、週刊新潮の4月6日号に「他人事ではなかった「介護殺人」の恐怖」という見出しで、芸能人や文化人の介護経験が掲載されていたけれど、介護ほど、実際に直面した人でないとその深刻さを理解できない問題はない。そこで降る雨の冷たさは当人にしかわからず、「家族のこと」だけに孤独で、逃げ場をなくし、自分でも恐ろしいほどの感情に翻弄され続ける。
……、本当に、どうすればいいのだろう。
「介護のため転勤を断り、結局パート勤めに戻った」
昨年11月に全国で初めて実施された転勤に関する大規模調査では、「転勤で困難に感じること」に、全体の7割超が「介護」と回答。「育児」の5割を上回った。(労働政策研究・研修機構「企業における転勤の実態に関する調査」 )
親の介護などを理由に転勤の免除などを求めた社員の3割以上が、会社側から配慮されず、転勤していたこともこの調査では明らかになっている。
厚生労働省ではこうした調査結果をもとに、「「転勤に関する雇用管理のポイント(仮称)」策定に向けた研究会」において議論を進めている。ただ、これはあくまでも企業の労務管理に生かしてもらうのが目的であり、その内容に法的な強制力があるわけではない。
企業の中には、地域限定社員なるものを増やす動きもあるようだが、こういったことができるのは相応の規模がある大企業だけだ。実際、先日インタビューした方の会社では、支店を減らすことになり地域限定社員の扱いに困っていると聞いた。
また、ある48歳の独身女性は、「やっと正社員に転換できて喜んでいたら、地方転勤を命じられた。高齢の母親をひとり残していくことも、連れていくこともできない。結局、会社を辞め、パート勤めに戻った」と嘆いていた。
なんだかとっても難しい……。本当、なんでこんなにも「働く」という行為が難しくなってしまったのか。
しかも、先日政府が発表した「働き方改革の実行計画」(全79ページ)の中には、「介護」という文字は………、ん?……、へ?………、「うわぁ~、やっとあった!」という程度しか書かれていない(以下、資料内22ページ「子育て・介護と仕事の両立支援策の充実・活用促進」の項目から抜粋)。
「介護をしながら仕事を続けることができる「介護離職ゼロ」に向け、現役世代の安心を確保することが重要であり、総合的に取組を進めて行く。介護の受け皿については、2020年代初頭までに、50万人分以上の整備を確実に推進する。
(中略)
女性の就業が進む中で、依然として育児・介護の負担が女性に偏っている現状や男性が希望しても実際には育児休業の取得等が進まない実態を踏まえ、男性の育児参加を徹底的に促進するためあらゆる政策を動員する。
(中略)
制度があっても実際には育児休業等を取得しづらい雰囲気を変えるため、育児休業の対象者に対して事業主が個別に取得を勧奨する仕組みや、育児目的休暇の仕組みを育児・介護休業法に導入する。併せて、部下や同僚の育児・介護等に配慮・理解のある上司(イクボス)を増やすため、ロール・モデル集の作成やイクボス宣言を広める」
「とにもかくにも、“家族”でよろしく!」のニッポン
ううむ……。介護と育児がごっちゃで、何度読んでも理解できない――。
介護の受け皿を増やすと提言しているけど、50万人以上の整備をどうやってやるというのか? 育児参加に積極的な男性と介護はどういう関係があるのだろうか?
イクボスは育児には理解あるかもしれないけど、どうやって介護のロールモデル集を作るのだろう?
2020年には「大人の10人に8人」が40代以上になり、2025年前後には「団塊の世代」が75歳以上の後期高齢者に突入する。AIによる自動化・ロボット化が進んで、介護ロボットの導入が広がろうとも、親やパートナーの介護自体がなくなるわけじゃないし、働く人の負担が完全になくなる訳じゃない。せいぜい横綱級の大変さが、大関級になるくらいだ。
たぶんこれを作った人たちは、介護と仕事の両立に苦労したり、転勤を命じられたらとビクビクした経験がないのだと思う。
遡ること40年前の1979年。大平正芳首相のときに自民党が掲げた政策方針である「日本型福祉社会」が現在でも踏襲されているのが、日本の現実なのだ。日本型福祉社会では「社会福祉の担い手は、企業と家族」で、北欧に代表される「政府型」や、米国に代表される「民間(市場)型」じゃない。「とにもかくにも、“家族”でよろしく!」と、独自路線の福祉政策が基本だ。
確かに2000年には、要介護者を「社会全体」で支え合うという理念の下、介護保険制度が創設された。だが実際には、「介護離職」という言葉が一般化しているほど、介護家族の負担はとてつもなく重い。
少々古い話になるが、2006年に政府がまとめた「今後の社会保障の在り方について」には、こう書かれている。
我が国の福祉社会は、自助、共助、公助の適切な組み合わせによって形づくられるべきものであり、その中で社会保障は、国民の「安心感」を確保し、社会経済の安定化を図るため、今後とも大きな役割を果たすものである。
この場合、全ての国民が社会的、経済的、精神的な自立を図る観点から、
1)自ら働いて自らの生活を支え、自らの健康は自ら維持するという「自助」を基本として、
2)これを生活のリスクを相互に分散する「共助」が補完し、
3)その上で、自助や共助では対応できない困窮などの状況に対し、所得や生活水準・家庭状況などの受給要件を定めた上で必要な生活保障を行う公的扶助や社会福祉などを「公助」として位置付けることが適切である。
また、世界人権宣言にある「家庭は、社会の自然かつ基礎的な集団単位であって、社会及び国の保護を受ける権利を有する」という条文と同様の内容の一文は、自民党の改憲草案には見られない。一方で、現行憲法にない「家族の尊重、家族の相互の助け合い」が追加されている。
目に見えない、数字で測ることのできないベテランの力
家族イデオロギーに基づいた政策は、育児や介護など、他者の助けを借りる必要のある問題を、自己責任にすり替える。お金がある一部の超高額所得者ならベビーシッターや介護ヘルバーさんを雇えるかもしれないけど、一般ピーポーにはムリだ。
しかも、企業はいまだに「仕事第一主義」。
3年前に日経ビジネスの「隠れ介護 1300万人の激震」という衝撃的な見出しの特集が話題となったけど、当時は働く人の5人に1人が隠れ介護(介護をしながら働いている人)と試算された。「隠れなきゃいけない」「会社に言えない」状態ほど不健康なものはない。どんなにワークライフバランスだ、長時間労働削減だと声を上げても、その一方で、転勤に「ノー」と言えない状況がいまだに存在する。
転勤が企業にとって避けられない「異動」なら、介護も家族にとって避けられない「異変」だ。
冒頭で紹介した男性の企業のように、50代の人を地方に転勤させるというやり方が絶対ダメだとは言わない。地方での生活を楽しもうと考える人もいるだろう。でも、転勤を指示するのであれば、会社は当の社員とちゃんと話し合い、本人の意向を確認したうえで、介護などの問題が伴う際には最大限配慮を行うべきだと思う。
また、50代以上の社員をお荷物扱いする会社は多いけど、その人たちがいるから、その会社の“ファン”になっている人って意外と多いはずだ。
いかなる職種であれ、ベテランの人の会話力は高い。たわいもないコミュニケーションが信頼にもつながるし、ベテランならではの気付きに救われることもある。若い人には若い人のいいところがあるように、ベテランにはベテランなりのいい面がある。
少なくとも私は日常のさまざまな場面で、ベテラン店員やベテラン社員のおかげで、心地良さを感じてきた。そして、その心地よさが「また、次も行こう」「また、次もお願いしよう」というその企業へのロイヤリティにつながった。
目に見えない、決して数字で測ることのできないベテランの力。そういった人材を上手く活用したり、重宝がる企業が増えれば、安易に、「有無も言わさず転勤!」なんてこともなくなっていくのではないだろうか。
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