(写真:アフロ)
(写真:アフロ)

 観光や(あまり好きな言葉ではないが)6次産業化を通じた地域の活性化、もっと言うと、自分の住む地域への誇りを育む上で、とても大事なもの。それは担い手の皆さんの「センスの良さ」であり、それを生む「文化」だ。これが前回のコラムのテーマだった。

 長野県山之内町のWAKUWAKUやまのうち、同県東御市のヴィラデストと千曲川ワインバレー、この二つを「文化に触れて、センスを磨いた」人々が作る魅力的な場としてご紹介したわけだが、今回は岡山と広島での体験について書いてみたい。

 まずは、今年10月から11月にかけて、岡山市で44日間にわたって開催された岡山芸術交流。

 単にアート好きな人を岡山市内に呼び込むだけでなく、複数の場所にコンテンポラリーアートを設置し、鑑賞できるようにすることで、市内に人の流れを作る。こういう思いで、ストライプインターナショナルの創業者、石川康晴さんが自ら総合プロデューサーとなり、地元の数多くの人を巻き込んで、ついに実現させたアートの祭典である。

 ラッキーなことに石川さんご自身にご案内いただき、いくつかの見どころを回らせていただいた。

芸術祭の仕掛け人を動かした小学生時代のアート体験

 岡山市立オリエント美術館、林原美術館という伝統的なアートを展示してきた場に、コンテンポラリーアートが闖入していることの面白さ、あるいはビジネスホテルの壁を一面アートに仕立てたり、普段見過ごしている地下通路から生えている塔をポップな色のアートに変身させたり。

 あるいは、お城の石垣に接した駐車場スペースに、複数の大学で建築を学ぶ学生たちに新しい建築デザインとしての屋台を作るチャンスを提供し、そこで地元の料理人さんたちに何品かのメニューを提供してもらう。

 こういった具合に、市内のあちこちに、へえ、と思わせたり、うーむ、とうならせたりする仕掛けを埋め込むことで、大げさに言えば「街が変身した」感覚を生んでいたのが、大変面白かった。

 ただ、一番印象に残っているのは、「小学生のころ、大原美術館に行き、そこで名画を見て、自分も絵を描く、という授業があった。その時の体験がなかったら、いまこんなふうにアートを愛してなかったろうし、地元で芸術祭的なことをやろうなどとは思わなかっただろう」という石川さんの一言だった。

 倉敷紡績の社長、中国銀行の頭取などを務めた大原孫三郎氏が創設した大原美術館、あるいは、ベネッセホールディングスの福武總一郎氏が、直島、犬島、豊島に展開したベネッセアートサイト直島。

 岡山出身で事業に成功した先達たちは、将来世代を含む地元のために美術館を作るという大きな貢献をなした。それが、地元でアートに触れて感動する、という子供たちを数多く生み、その中から「自分たちの代でもやらなきゃ」という思いで、新たなアートの場づくりにトライする石川さんのような若手経営者が出てくる。この素晴らしい長期的な循環をつなぐ要素は、やはり文化の力だろうと思う。

 岡山芸術交流のあと、あまり日をおかずに訪ねたのは、倉敷市から西に進み、広島との県境を越えたところに位置する福山市。ここに、常石造船の神原秀夫氏が開基として、1965年に建立された臨済宗建仁寺派の神勝禅寺というお寺がある。ここに、白隠の禅画200以上を有する展示館、そして現代美術家の名和晃平氏と彼が主宰する創作プラットフォームSANDWICHの手になるインスタレーションができたというので、案内していただいた。

 「神勝寺 禅と庭のミュージアム」と名付けられているのだが、実に広大な土地に複数の堂宇が立ち並び、国際禅道場もある荘厳な雰囲気の場所だ。ただ、山を利用して作った素晴らしい庭を散策しながら、展示館に向かう仕掛けになっていて、静謐な感覚と同時に、美しい景観に心安らぐ思いもする独特の雰囲気の場である。

持続的に地域に価値を生むために

 最後に建築としても美しいパビリオンに入り、真っ暗な中でインスタレーションを「体験」するのだが、それまでの禅寺のお山探訪と白隠の禅画鑑賞も含めて、このミュージアム全体で、言語化しがたい禅体験(の一端)を感じさせてくれるように作られている。

 移築された17世紀の建物から、最新のインスタレーションまで、「禅文化体験」というコンセプトが一貫していて、潔い。しかも、その深さ、美しさを素人ながらに感じ取れるというのは得難い体験だった。

 その晩は、同じく常石造船グループに関連するベラビスタという素敵なホテルに宿泊させていただいたが、ミュージアムからハイエンドのリゾートホテルまで、地域の中核企業の経営者が複数世代にわたり、文化事業を通じて地域の魅力を高めていることに、(少し大げさな言い方を許していただければ)感動した。

 大原美術館、ベネッセアートサイト(と瀬戸内国際芸術祭)、禅と庭のミュージアム。それぞれが複数世代の創業家によって磨き続けられてきた、その結果を我々は見ている。石川さんの試みも、将来的にはミュージアムを作り、教育ともリンクさせて、長いスパンで地域をよりよくする動きとして計画されており、次世代にもなんらかの形で引き継がれていくのだろう。

 考えてみれば、地域の伝統芸能や祭り、あるいはさまざまな習俗の継承という形で、多様な文化が複数世代にわたって引き継がれてきたのが我が国だと思う。これに触れた人たちの力を解き放ち、センスの良さを地域の魅力とする。これが「持続的に地域に価値を生む」観光の一番の根っこになるだろう、いや、意思をもってそうしていくべきだろう、と強く感じている。

 文化とセンス、その大事さと共に、そこに思いきった投資をしやすくする仕組み・仕掛け作りを応援していきたいと思う。同じように感じてくださる方がいらっしゃれば、ぜひ声をあげていただければ嬉しい。

 単純にインバウンドの数を追うだけでは、観光「立国」なるものは、薄っぺらなものに終わってしまう。そうならないだけのものを、まだまだ日本は持っているのだから。

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