(前回から読む)
韓国で噴出する核武装論。それを黙って見つめる国がある。中国だ。
ベルギーほど重要でない韓国
前回は、核武装を唱える韓国保守の大物が「米国の核を日韓は共有すべきだ」と訴えた――という話で終わりました。
鈴置:親米保守の指導者の1人、趙甲済(チョ・カプチェ)氏が1月31日に「米国の核の傘は絵に描いた餅」(韓国語)で訴えました。
「北の核廃棄」が難しいという現実の前で、いかにしたら韓国が核を持てるか考え抜いた末の意見でしょう。以下が前文です。
- 米国の善意に(韓国人)5000万人の安全を託せない。欧州の5カ国のような「韓米日の核共有制度」を紹介する。
本文では「核共有制度」(Nuclear Sharing)を欧州の例を引いて説明したうえ、韓国への導入も訴えました。ポイントを訳します。
- NATO(北大西洋条約機構)に加盟するドイツ、イタリア、オランダ、トルコ、ベルギーの5カ国に、米国は200個前後の核爆弾を置いている。平時は米空軍が管理するが、戦時にはこれら5カ国と共同運営する。ドイツにある核兵器は独空軍の戦闘機やミサイルに搭載される。
- 韓国は米国に以下のように提案せねばならない。「我々は米国の核の傘の約束に5000万人の安全を任せ、ひたすら待つわけにはいかない。韓国に米国の核兵器を再配置し、欧州5カ国とのような共同管理体制を作ろう。その核は韓米連合司令部のコントロール下に置き、韓国も核兵器を使用する過程に共同で参加できるようにしよう。韓国の安全はベルギーほど重要ではないというのか?」
緊急時には使える核
なお、核抑止論が専門の矢野義昭・拓殖大学客員教授(元・陸将補)は「米国も今度は許す?韓国の核武装」で「核共有制度」について、旧・西ドイツを例に次のように説明しています。
- 緊急時には米大統領の承認を得たのちに核兵器を譲り受けて使用する権利です。「核の引き金」は米大統領が握っているので真の「シェアリング」とは言えず、象徴的な権利に過ぎません。それでも西ドイツは、緊急時には核を使える可能性を確保したのです。
趙甲済氏はこの記事では日本の「核共有」にどう触れたのですか?
鈴置:触れたのは先ほど引用した前文だけで、本文では触れていません。NPT(核拡散防止条約)脱退と同様、日本と共同歩調をとった方が実現性が高いとの判断から「韓米日の核共有」としたのでしょう。
趙甲済氏は日本人の核に対する強烈なアレルギーをよく知っています。だから、日本に共闘を呼び掛けるにしても「日韓同時の核武装」では実現性が薄い。米国の手持ちの核に日韓が一緒に乗る「核共有」なら可能性がある――と考えたと思います。
2015年9月3日、朴槿恵大統領は中国・天安門の壇上にいた。米国の反対を振り切り、抗日戦勝70周年記念式典に出席した。
10月16日、オバマ大統領は、南シナ海の軍事基地化を進める中国をともに非難するよう朴大統領に求め、南シナ海に駆逐艦を送った。が、韓国は対中批判を避け、洞ヶ峠を決め込んだ。韓国は中国の「尻馬」にしがみつき、生きることを決意したのだ。
そんな中で浮上した「核武装」論。北朝鮮の核保有に備えつつ、米国の傘に頼れなくなる現実が、彼らを追い立てる。
静かに軋み始めた朝鮮半島を眼前に、日本はどうすべきか。目まぐるしい世界の構造変化を見据え、針路を定める時を迎えた。
『中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』『中国という蟻地獄に落ちた韓国』『「踏み絵」迫る米国 「逆切れ」する韓国』『日本と韓国は「米中代理戦争」を闘う』 『「三面楚歌」にようやく気づいた韓国』『「独り相撲」で転げ落ちた韓国』に続く待望のシリーズ第7弾。12月15日発行。
「NPT脱退」掲げ大統領に?
1月31日には、FIFA(国際サッカー連盟)副会長だった鄭夢準(チョン・モンジュン)氏もNPT脱退を検討すべきだと発言したようですが。
鈴置:日本ではワールドカップを韓国に誘致した人として有名ですが、国会に当選7回の保守の大物政治家です。投票日の前日に候補者一本化のため降りましたが、2002年の大統領選挙にも出馬しました。現代グループの創業者、鄭周永(チョン・ジュヨン)氏の6男でもあります。
鄭夢準氏は2013年に北が3回目の核実験をした直後から、核武装を主張してきました(「今度こそ本気の韓国の『核武装論』」参照)。
1月31日にブログに発表した「北の核の前で我々は何ができるか」では「北の核には核でしか対抗できない」と主張したうえ、事実上の核武装論であるNPT脱退論を改めて訴えたのです。
米国の核の傘をどこまで信用できるか分からない、との思いからです。「北の核の前で……」(韓国語)はこちらのリンクで読めます。
一部の韓国メディアは「NPT脱退論を掲げて2017年末の大統領選挙に出馬するつもりか」とも報じました。例えば朝鮮日報の「核開発を持ち出した鄭夢準」(2月1日、韓国語版)です。「核武装すべきかどうか」が、国民の論議の対象に浮上しつつある証拠です。
北朝鮮が米国まで届くような長距離弾道ミサイルの実験でも実施すれば、世論に一気に火が付くかもしれません。長距離弾道ミサイルこそが米国の核の傘に穴を開ける、と韓国人は見なしているからです。
否定して見せた朴大統領
現政権は核武装をどう考えているのでしょうか?
鈴置:朴槿恵(パク・クンヘ)大統領は1月13日の会見で、記者の質問に対し次のように答えました。通信社「ニュース1」の「朴大統領の談話後の会見 1問1答―上」(1月13日、韓国語)から引用します。
- 我々も戦術核を持つべきではないかとの声が出ています。しかし私は国際社会でこのように強調してきました。「核のない世界を朝鮮半島から始めなければならない」。
- また、朝鮮半島に核があってはならないと考えています。戦術核を持たねばとの主張は理解しますが、それでは国際社会との約束を破ることになります。
- 一方、韓米相互防衛条約で米国から核の傘を提供されています。2013年10月からは韓米オーダーメイド型の抑制戦略によりそれに共同対処しているため、核が必ず要るとは考えません。
政府の代わりにメディアが唱える
政権としては仮に考えていたとしても、現段階で「核武装」を匂わすようなことは一切、発言できません。今それを下手に言えば、韓国も国際社会から制裁を受ける可能性が大だからです。米国からも何をされるか分かりません。
現政権はこの問題を極めて慎重に扱うはずです。朴槿恵大統領の父親である朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が暗殺された直後の韓国では、犯人の背後に核武装を懸念した米国がいたとの噂が流れましたし。
ただ、政権は核武装へと盛り上がる世論を米中への説得材料に活用していくと思われます。核武装を語る人の中にも「自分では言えない政府の代わりに、メディアなど在野の人間が核武装を唱える必要がある」とはっきり言う人もいます。
もっとも、在野の核武装論が政権のコントロールを外れ、独り歩きする可能性もかなりあると思いますが。
織り込み済みの米国
米国は韓国の核武装論をどう見ていますか?
鈴置:織り込み済みでしょう。1月19日に発表された米CSIS(戦略国際問題研究所)の「Asia Rebalance 2025」の156ページに以下のくだりがあります。
- 核の影がこの地域に色濃く差すに連れ、日本と韓国は米国の核の傘の確かさへの信頼性を心配することになる。現時点でも、北朝鮮は核とミサイルの能力を開発、拡大し続けており、その確かさが極めて重要になっている。
- もし、安保状況が悪化したり、核不拡散の体制が弱体化すれば、あるいは米国の供する安全保障への信頼性が危機に陥れば、日韓双方の国内で同盟国をより安心させるに足る、核兵器の能力向上を要求する政治的な圧力が高まるだろう。
- 日韓ともに民生用の原発が(民生と兵器の)2つの目的に使えるものであることを十分に承知している。最近合意した米韓原子力協定では、韓国にウラン濃縮と使用済み核燃料の再処理を許可することは何とか防いだ。しかし韓国は日本と同様のウラン濃縮と使用済み核燃料の再処理という潜在的な核兵器開発能力を持ちたがっている。
「日本並み」を米国に要求
最後の「日本並みの潜在的な核保有国」への希求。北朝鮮の4回目の核実験の後に韓国の専門家らは、これをはっきりと要求し始めています。この辺が米韓間で新たな駆け引きの舞台になるのかもしれません。
例えば、統一研究院長を歴任したキム・テウ氏は朝鮮日報に寄せた「北の核の前で裸でいろということか」(2月1日、韓国語版)で「米国は核の傘を提供する代わりに、NPTが禁止してもいないウラン濃縮や再処理を禁じる“苛酷な”措置をとってきた。しかし、もう無理だ」と書きました。
朝鮮日報の軍事専門記者、ユ・ヨンウォン論説委員も「核武装選択権を持とう」(1月11日、韓国語版)で「核武装はせずとも日本のように、決心さえすればいつでも核兵器を作ることができる潜在能力を持つという、核選択権(Nuclear Option)戦略も積極的に検討すべきだ」と書いています。
やはり、米国から制限されているウラン濃縮と使用済み核燃料の再処理の権利と能力を「日本並み」に引き上げよう、との主張です。
「中国の傘」は破れていない
中国は韓国の核武装論をどう見ていますか?
鈴置:表立っての反応はありません。でも、内心「しめしめ」と考えていると思います。
「しめしめ」ですか?
鈴置:よく考えて下さい。韓国が独自の核を持ちたがるのは、米国の核の傘が信じられないからです。ロサンゼルスを核で攻撃されるリスクを冒してまで、米国が韓国を北朝鮮から守ってくれるか――と韓国人が疑うからです。
では、北朝鮮は中国を核攻撃するでしょうか。通常兵器による攻撃だって北はできないでしょう。食料や原油など国家が生きていくための物資の多くを中国に頼っているからです。要は韓国人は、中国の核の傘なら「破れていないか」と心配する必要はないのです。
「属国に戻れ」と命じる中国
言われてみると、そうですね。「北の核」を防ぐには、韓国は米国ではなく、中国と同盟を結んだ方がいいわけだ。ただそれは、日本にも言えるのではありませんか?
鈴置:確かに、日本が中国と同盟を結びその核の傘に入ったら、北朝鮮の核攻撃からは逃れられるかもしれません。でも、それは中国に従属することです。「沖縄を寄こせ」くらいは言ってくるでしょう。日本人がそんな同盟を受け入れるとは思えません。
半面、朝鮮半島の歴代王朝は千年以上にわたって中国に朝貢していました。韓国人だって、中国に属国扱いされることはうれしくはないでしょうが、慣れてはいるのです。
でも今、韓国人は「大統領が天安門の軍事パレードを参観するなど忠義を尽くしたのに、ちっとも大事にしてくれない」と中国に不満を抱いています(掌返しで『朴槿恵の親中』を批判する韓国紙」参照)。
鈴置:中国からすれば、片腹痛い話です。たかが軍事パレード参観ぐらいで恩着せがましいと、せせら笑っていることでしょう。
韓国は中国と同盟を結ばず、それどころか中国の仮想敵の米国と同盟関係にあるのです。「味方してほしかったら、我が国と同盟を結べ」と言いたいところでしょう、中国にすれば。
北も日本も叩いてもらえる
まとめますと、中国は韓国の核武装論が収まるのをじっくりと待つ。その後、韓国人に「中国と米国のどちらの核の傘が有効か考えろ」とささやけばいいのです。
中国は2013年以降、着実に伏線を敷いています。国際政治の専門家である閻学通・清華大学国際関係研究院院長は、韓国紙の記者に「中国と同盟を結べ」とはっきりと申し渡しているのです(『同盟を結べ』と韓国に踏み絵を迫る中国」参照)。
2014年には、中国の政府関係者が韓国のカウンターパートに「朝貢外交に戻ったらどうか」とも言い放っています(「ついに『属国に戻れ』と韓国に命じた中国」参照)。
今は「北の核」で韓国人は熱くなっています。「核武装論者の中には、腹立ち紛れで言い出した人もいる」と鄭夢準氏も先に挙げたブログで語っています。しかし、韓国人が冷静になった時、中国と同盟を結ぶ方が合理的だと思い至る可能性も高いのです。
北朝鮮の核実験は短期的には韓国を米国側に押しやります。北の核の脅威を今の時点で防いでくれるのは米軍だからです。実際、米韓両国政府は終末高高度防衛ミサイル(THAAD)の在韓米軍への配備を検討し始めたようです。
でも、それでは北の脅威を完全に消し去れない。結局、米国を離れ中国を頼るのが一番、ということになってしまうのです。「おまけ」も付いてきます。中国の下で「いい子」になれば北朝鮮を後ろから羽交い締めにしてもらえますし、宿敵である日本を叩いてもらえます。
根腐れした米韓同盟
韓国の親米保守は今、何が何でも核武装しようとしています。もちろん「北の核」という安全保障上の脅威から逃れるためです。
同時に、もしここで「北の核」が現状追認の形で存在することになると、韓国人全体が心情的にも外交的にも中国側にずるずると引き寄せられてしまうと恐れているからでしょう。趙甲済氏は時々「韓国人には中国に対する属国のDNAがある」と自省します。
そもそも米韓同盟は根が腐り始めていました。米国の仮想敵が中国である半面、韓国のそれは北朝鮮であって絶対に中国ではない。仮想敵の異なる同盟は容易に揺らぎます。
米韓は同盟をだましだまし続けてきたわけですが今、「北の核」という暴風にさらされました。よほど上手に管理しないと、米韓同盟はどさっと倒れてしまうでしょう。
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