日経ビジネス11月14日号特集「出光、トヨタ、サントリー創業家の作法」では、同族経営の強さと危うさを描いた。日本最大級の非上場企業である、サントリーホールディングスが、将来も会社への思いを共有できるように、創業家メンバーが定期的に集まる勉強会を始めたことも報じた。同社が参考にしたのは、北欧フィンランドにある食品企業の創業家の取り組みだ。欧州は歴史的に同族企業が強く、経済を支えてきた伝統がある。
ドイツ系で、世界で事業展開するコンサルティング会社、サイモン・クチャーアンドパートナースの創業者、ハーマン・サイモン会長は、ファミリー経営の中堅企業の研究を長く続けてきた。取材に答えて「ドイツが輸出国として成功しているのは、知られざる中堅企業のグローバル展開のおかげだ」と話し、日本など他国も参考にできると説いた。ただ11月、トランプ氏が米大統領に当選したことを受けて、「米国の保護主義は、米国そして世界全体の経済にとって危険だ」と、懸念を表明した。
(聞き手は鈴木哲也)
独自の強みをもつ中堅・中小企業を「隠れたチャンピオン」と定義して、長年分析を続けてきたそうですね。隠れたチャンピオンとは、おおむねどんな条件で定義しているのですか。
サイモン:まずは特定の分野で世界市場のトップ3に入っていること。売上高は5000億円未満。そして一般的にはあまり知られていないということです。
そういう会社は、世界にどのくらいの数があるのでしょうか。
サイモン:あくまで私が特定したものですが3000社くらいあります。そのうち約1200社以上はドイツの会社です。日本は220社くらいです。
犬の首輪ひもからパイプライン検査まで
日本やドイツでは、どんな会社が含まれますか。
サイモン:例えば日本では、浜松ホトニクスという会社がありますね。光電子増倍管で圧倒的な世界シェアをもちます。臨床検査装置など幅広い分野で使われる、光センサーです。
ドイツでは面白い会社で、フレキシという会社があります。飼い犬の首輪につけるひも(リード)を、つくっていて、世界でトップシェアです。伸び縮みする性能に定評があり、世界中で使われているのです。また、ローゼンという会社は、パイプラインの検査システムで、グローバル市場のリーダーになっています。
GDP(国内総生産)で言えば、ドイツよりも日本の方が大きいのですが、世界で稼ぐ中堅・中小企業の数は日本が少ないということになりますね。
サイモン:GDPは日本が世界3位で、ドイツは4位。人口は日本がドイツより5割ほど大きい。しかし国の輸出額では、ドイツは日本のほぼ倍の規模があります。この違いは、ドイツの中堅・中小の起業家らが、いち早く自力でグローバル化を進めてきたということにあるのではないでしょうか。ドイツは、もともと小さな州が集まってできているという成り立ちもあって、歴史的に起業家は自分の州から出て、さらには国境を越えてグローバル展開しようという意識が強いのですね。
もちろん日本でもトヨタ自動車、ホンダ、ソニー、パナソニックといった大企業は立派に世界展開していますが、中堅以下の国際化は、まだ十分ではありません。ドイツの輸出の多くは中堅以下の企業が担っているのです。中堅以下の企業が、国家の輸出総額に大きく貢献しているのは、ドイツと中国の特徴です。他の先進国などをみると、日本のように大企業に集中する傾向がみられます。
サイモン氏が定義した「隠れたチャンピン」がドイツ経済に貢献しているということですが、「隠れたチャンピン」は同族企業が多いのですか。
サイモン:約70%がファミリー企業だと思います。残り30%の内訳は、10%が株式を公開していて、10%はプライベートエクイティ(投資ファンドなど)が保有し、10%は大きな企業グループに属する企業というイメージでしょう。
在任20年の長期経営で戦略継続
ファミリー経営の利点は何ですか。
サイモン:長期視点で経営方針を立てることができ、戦略の継続性が保たれるのです。公開企業のように四半期ごとの業績によって、株式市場から圧力を受けることがない。大企業の経営トップの任期が通常、6年程度なのに対して、「隠れたチャンピオン」の企業では1人が20年くらい経営しているケースが多い。また30代後半など若いうちからトップになれるし、女性がトップにつくことも多いのです。
日本では相続税が高いため、経営が子、孫と継承されていくうちに、株式などの資産を放出せざるを得なくなって、同族企業が発展しにくいという議論もあります。ドイツの状況はどうでしょうか。
サイモン:過去、何度か制度の見直しがありました。企業の円滑な事業承継のために相続税を抑えていこうという流れです。事業承継では、一定の条件を満たせば、相続税がゼロになる仕組みもあります。
国として、同族企業の継承を後押ししようということでしょうか。
サイモン:経済構造を大企業に集中させないためには、必要な措置です。多様な中堅以下の企業が豊富に存在することは、先に見たように、国の輸出戦略にとって大切なことですし、リスクを分散する意味もあります。例えば、韓国のサムスン電子のスマートフォンの発火事故がありました。国として財閥など特定の企業への依存度が高くなりすぎると、仮に経営に不測の事態が起きることになると、国にとってもダメージは大きいのです。先日、韓国の政府関係者と会う機会があり、中小企業をいかに育てるかなどについて、意見交換しました。
それとドイツの特徴として、経済構造の中で製造業の占める比重が大きいことも強みです。日本も他の先進国と比べて、製造業が強いという良さが残っていますね。リーマンショックの前までは、ドイツに対して、広い意味でのサービス産業への移行が進んでいないとい問題視されていいたのですが、リーマンショック以降は論調が変わり、むしろ米国などが製造業への復権を進めているとことですね。
「プロ経営者」適任見つけるのは難しく
同族経営の利点は分かりますが、子供や孫が経営者としては優秀でなかった場合のリスクがあります。日本では経営者の代替わりによって、うまくいかなくなる会社も多数あります。ドイツの状況はどうですか。
サイモン:ドイツも似ています。とくに現代はグローバル化に伴って経営が複雑になっているので、うまく経営できないことも多いのです。そこでファミリー企業ながら、一族以外の人物が経営する例も増えています。先ほど、「隠れたチャンピン」のうち、約70%がファミリー企業と言いましたが、内訳では25%は同族以外の人が経営していて、45%は、経営も一族が担っているというイメージです。ただ同族以外の経営者は、経営手腕が卓越しているだけではなく、創業家とうまくやっていくことも求められるので、簡単ではないのです。ドイツでも、経営者選定に苦労するファミリー企業は多く、失敗しながら取り替えて、3人目くらいで、ようやく適任のひとが見つかることも多いですよ。
独フォルクスワーゲン(VW)では、排ガス試験での不正という不祥事があり、背景として、創業家と経営の関係を問題視する見方もありました。中堅以下のファミリー企業で非上場のままであれば、企業が閉鎖的になりやすい面もあるのではないですか。
サイモン:もちろんそういう面はあります。社外の人材がメンバーに入ったアドバイザリーボード(助言機関)を設けるなど、仕組みを取り入れながら、進化はしています。ただ「隠れたチャンピン」をずっと見てきて、そうしたコーポレートガバナンスの問題で経営がおかしくなった例はそれほどありません。むしろ事業承継の問題や、テクノロジーの進化で市場自体が変わってしまうことで行き詰ることが多いですね。
ドナルド・トランプ次期米大統領は、輸入に高関税をかけるなど「米国第一主義」の政策を提唱してきました。ドイツの中堅企業のみならず、世界中の企業にとって米国は魅力的な市場です。トランプ政権誕生でどんな影響がでるでしょうか。
サイモン:トランプ氏の輸入を防ごうとする政策は、間違いなく他国から報復を受け、米国による輸出が損なわれることになるだろう。米国の保護主義は、米国そして世界全体の経済にとって危険だ。(世界のブロック経済化が進み、第二次世界大戦に突入した)1930年代のような愚を、トランプ氏は繰り返すのだろうか。そのような可能性も私は否定できないと思う。
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