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 韓国で最も権威があるといわれる「李箱文学賞」や、デビュー10年以内の作家が対象の「若い作家賞」など、デビュー数年にして数々の名だたる文学賞を受賞しているソ・イジェ。短編集『0%に向かって』の出版に伴い、来日を果たした。

 モータウンサウンド、HIPHOPなど、一般的に“Kカルチャー”として人気のある音楽やドラマには登場しない「ソウルのB面」を描いたことでも注目を集めている小説だ。著者がソウル芸術大学の映画学科に通っていたというだけに、韓国の独立映画について書かれた表題作からは、韓国映画のB面も見えてくる。

 それと同時に、韓国の独立映画などから現代社会を描くことで、若者のリアルだけでなく、それ以外の世代も含む人々の暮らしが見えてくるような小説になっている。


「韓国の映画好きはいま、日本人監督の作品を観ているんです」

 表題の『0%に向かって』のタイトルの意味を知ると、正直、せつない気持ちにもなる。このタイトルは、韓国の映画業界の中で、インディペンデント映画(以下、独立映画)の観客占有率が1%にすぎず、しかもその1%すら維持できずに0%に向かっているということからきている。

ソ・イジェ(以下、イジェ) 「韓国でいう『独立映画』というのは、資本やシステムからの“独立”を意味しています。いま、商業映画と独立映画はお互いに敵対しているような状態。ですが健全な映画の市場は本来、それらが二項対立的に存在するのではなく、相互作用があるべきなんです。

 かつて、韓国にはミジャンセン映画祭というものがありました。独立映画の映画祭だったのですが、受賞者は商業映画デビューできるというコースがありました。独立映画の賞なのに、商業映画への登竜門になってしまっていたんです。しかもその映画祭もコロナ禍をきっかけに終了してしまいました。新人監督を発掘することすら、難しくなっています。

 いつか商業映画を撮るために独立映画を通過するというアイロニーが生まれ、独立映画からどんどん人がいなくなっている。独立映画は、商業映画の準備をするための『習作の場』ではないのですが……」

 日本に目を向けると、たとえばカンヌ映画祭や米アカデミー賞などで受賞した映画『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督は、受賞後も独立映画を撮り続けている。イジェさんの目にはどのように映るのか。

イジェ 「まさに韓国の映画好きたちはいま、濱口竜介監督や『ケイコ 目を澄ませて』の三宅唱監督、『本心』石井裕也監督などの作品を観ています。最近は韓国で三宅監督の最新作『夜明けのすべて』が公開されて、私も観に行きました」

 瀬尾まいこ原作の『夜明けのすべて』は、PMS(月経前症候群)に悩む藤沢(上白石萌音)と、パニック障害を抱える山添(松村北斗)、ふたりの若者の物語だ。

イジェ 「山添くんと藤沢さんの関係性が、恋人にはならないんですよね。その距離感がよかったです。また、ひとつひとつのショットが丁寧だし、俳優の演技もよかった」

2024.12.24(火)
文=西森路代
撮影=山元茂樹
通訳=原田いず