朝に多い → 心筋梗塞・脳梗塞・くも膜下出血・不整脈
月曜日に増える → 狭心症
冬に33%増 → 心臓死
病気が生じやすい“魔”の時間帯が存在することをご存じでしょうか?
脈拍や呼吸、睡眠はもちろん、細胞分裂やたんぱく質の製造まで、人体はさまざまなリズムにしたがって「いつ」「何を」おこなうかを精密に決めています。そのリズムの乱れが、健康を害する引き金になっているのです。
病気が生じやすいタイミングがあるのはなぜか? 薬が効く時間、効かない時間はどう決まるのか? それらを治療に活かす方法は?
時計遺伝子やカレンダー遺伝子の機能としくみから、体内時計を整える食品まで、生体リズムに基づく新しい標準医療=「時間治療」をわかりやすく紹介する『時間治療 病気になりやすい時間、病気を治しやすい時間』から、そのエッセンスをご紹介します。
これまでの記事で、そのあらましをご紹介してきた時計遺伝子のはたらき、今回は「生命はどう時を刻むのか」というテーマで、もう少し詳しく見ていきたいと思います。
*本記事は、『時間治療 病気になりやすい時間、病気を治しやすい時間』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
時計遺伝子発見の驚き
以前の記事でお話ししたように、ヒトの体に体内時計があることが発見されたのは、1972年のことです。私たちのそれは、脳の視床下部とよばれるところに存在していました。その発見から25年が経った1997年、体内時計の中に「時計細胞」があり、時計細胞の中に“時を刻む遺伝子”があることが発見されました。
それが「時計遺伝子」です。
時計遺伝子の発見を機に、時計遺伝子のありかを探求する研究がはじまりました。その際に利用されたのが、ホタルが発光するしくみです。「ルシフェリン」という発光物質を細胞に組み込むことで、体内時計が動きはじめると光るようにして、時計細胞がどこにあるのか、どのような時刻にはたらきはじめるのか、体中の細胞が調べられました。
その結果を見て、世界中の科学者たちはそろって驚きました。
時計遺伝子のありかを示す“ホタルの光”は、脳内の体内時計の中だけではなく、体のいたるところで観察されたからです。血管や心臓、あるいは肝臓や腎臓など、数十兆個も存在するヒトの大部分の細胞中で分子時計が時を刻んでいたのです。
現在では、脳の体内時計を「親時計」、他の体細胞の体内時計を「子時計」とよんでいます。
サーカディアンリズムを創り出す「親時計」と「子時計」
時計遺伝子が時を刻むしくみは、次のように考えられています。
柱時計が振り子のゆれを利用して時を刻むように、体内時計は遺伝子からたんぱく質への化学反応の変化を利用して時を刻んでいます。その中心(コア)を担うのは、Clock、Bmal1、Per1、Per2、Cry1、Cry2の計6個の時計遺伝子です(図「概日時計のコアループ」)。これらとは別に、さらに20種類以上の時計遺伝子が報告されています。
時計遺伝子から時計たんぱく質ができ上がる化学的変化のことを、遺伝子からたんぱく質への「転写」といい、細胞核内の時計遺伝子から時計たんぱく質が作られていきます。最初は時計たんぱく質の量は少ないのですが、時間とともに少しずつ増えていきます。
十分な量になると、でき上がった時計たんぱく質自身が細胞核に入り込み、スピードを出しすぎた自動車のようにブレーキをかけて、遺伝子からたんぱく質への化学反応(転写)を止めようとします。その結果、時計たんぱく質の生産は抑えられ、作られた時計たんぱく質が分解されることで、ふたたび量が少なくなっていきます。すると体内時計はふたたびアクセルを踏み込み、時計遺伝子から時計たんぱく質への生産(転写)を再開します。
このような反応を「ネガティブ・フィードバック」とよび、体内時計を担う6個の時計遺伝子がはたらくこのしくみを「コアループ」といいます。私たちの体内にある細胞は、このコアループの繰り返しによって時を刻んでいるのです。
アクセルの役目をしているのがクロックとビーマルワンの時計たんぱく質で、ブレーキの役目をしているのがパーワン、パーツー、クライワン、クライツーの時計たんぱく質です。このコアループの周期が約24時間となっていることから、「サーカディアンリズム」が創り出されているわけです。
そして、脳の視床下部にある「視交叉上核(しこうさじょうかく)」という神経細胞の集団が、サーカディアンリズムを奏でる「親時計」です。視交叉上核は、自ら創り出した約24時間のリズムを、自律神経の交感神経などの手助けを得て、全身の細胞に散在している「子時計」に送り届けます。
このようにして、親時計と子時計は一緒になって時を刻みます。子時計は細胞がある場所、たとえば心臓や肝臓などによってサーカディアンリズムの位相をずらして時を刻みます。心臓の子時計は昼間に、肝臓の子時計は夜に位相のピークをつくり、その結果、サーカディアンリズムにハーモニー(調和)が生まれます。
子時計は、明暗やストレスなどの環境刺激に応じて、リズムに強弱(リズムの振幅の増大と減弱)をつけてメロディー(旋律)を生み出します。サーカディアンリズムとは、脳の親時計が指揮者で、子時計がオーケストラの面々という、あたかも私たち生命が全身で奏でているシンフォニーのようなものなのです。