1650年代
十年紀
1650年代(せんろっぴゃくごじゅうねんだい)は、西暦(グレゴリオ暦)1650年から1659年までの10年間を指す十年紀。
千年紀: | 2千年紀 |
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世紀: | 16世紀 - 17世紀 - 18世紀 |
十年紀: | 1620年代 1630年代 1640年代 - 1650年代 - 1660年代 1670年代 1680年代 |
年: | 1650年 1651年 1652年 1653年 1654年 1655年 1656年 1657年 1658年 1659年 |
できごと
編集1650年
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1651年
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- 1月1日 - チャールズ2世がスコットランド王に即位。
- 9月(旧暦7月) - 慶安の変。
- 9月3日 - ウスターの戦い。チャールズ2世、敗れてヨーロッパ大陸へ亡命。
- 10月2日(慶安4年8月18日)徳川家綱が江戸幕府第4代将軍となる。
- トマス・ホッブズの『リヴァイアサン』刊行。
1652年
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1653年
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- 玉川兄弟が玉川上水を開削(1654年通水開始)。
- 4月20日 - イングランド共和国:オリバー・クロムウェル、クーデターでランプ議会(長期議会)を解散。7月4日にベアボーンズ議会を召集。
- 12月12日 - イングランド共和国:クロムウェル、ベアボーンズ議会を解散。12月16日に『統治章典』が公布され護国卿となる(-1658年)。
- ムガル帝国:タージ・マハル完成。
1654年
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- 中国・甘粛でマグニチュード8の地震(天水地震)が発生。死者31,000人。
- オランダ・デルフトで火薬庫の火薬が爆発、市街地が大きな被害を受ける(デルフト大爆発)。死者100人以上、負傷者1,000人以上。
- スウェーデン・バルト帝国、クリスティーナ女王退位。新国王にカール10世即位。
- ロシア・ポーランド戦争(-1667年)。
1655年
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1656年
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- ヴェネツィア、オスマン帝国に海上封鎖。
- キョプリュリュ・メフメト・パシャがオスマン帝国大宰相に就任、改革を断行(キョプリュリュ時代の始まり)。
1657年
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- 明暦の大火。当時の江戸の大半が焼失。死者102,100余人。
- オットー・フォン・ゲーリケ、マクデブルクの半球の真空実験を行う。
- 5月25日 - イングランド共和国で『謙虚な請願と勧告』制定。6月26日に護国卿オリバー・クロムウェルの就任式が行われる。
1658年
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- 日本:元号を万治に改元。
- シャー・ジャハーン、ムガル帝国皇帝位を失う(アウラングゼーブの帝位簒奪)。
- 9月3日 - オリバー・クロムウェル死去、息子リチャード・クロムウェルが護国卿となる(-1659年)。
1659年
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脚注
編集注釈
出典
関連項目
編集外部リンク
編集- ウィキメディア・コモンズには、1650年代に関するカテゴリがあります。