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特別自然美観地域

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
イングランドとウェールズの特別自然美観地域
北アイルランドの特別自然美観地域

特別自然美観地域(とくべつしぜんびかんちいき、Area of Outstanding Natural Beauty、以下AONB)は、イギリスイングランドウェールズ北アイルランドのカントリーサイド(田園地帯)の中でも、特に重要な景観価値があるとされた領域を指定し景観保全を行う制度、およびその領域。

概要

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国立公園と同じく、1949年施行の国立公園及び田園アクセス法による制度であり[1]、地域指定は政府外公共機関英語版の「Natural England」(イングランド)、「Natural Resources Wales」(ウェールズ)、「Northern Ireland Environment Agency」が行う。また、スコットランドにはAONBの制度は存在しないが、代わりに国立風致地域(national scenic area)という同様の制度が施行されている。国立公園と同様の開発からの保護を受けている一方で、不都合な開発を規制する特別な法的権限を持たない[2]。イギリス政府は、2012年3月の国家計画政策フレームワークにおいて、AONBと国立公園は、景観の問題に関する政策において同等の地位にあると述べている[3][4]国際自然保護連合の分類では、カテゴリーVの「保全された景観」に該当する[5]

最初に指定されたダワー半島AONBのスリークリフベイの景観。

2022年時点で、イギリス国内には46のAONBがある(イングランド:33、ウェールズ:4、イングランド-ウェールズ国境:1、北アイルランド:8)[5]。最初のAONBは、1956年に南ウェールズのガワー半島英語版の一部が指定されたガワーAONBで、最も新しく指定されたのは1995年のテイマー・バレーAONBである[6]。また、2010年にはストラングフォード・ラフAONBとレカール・コーストAONBが合併して単一のストラングフォード・アンド・レカールAONBとなり、2012年にはクルイディアン・レンジAONBが拡張されてクルイディアン・レンジ・アンド・ディー・バレーAONBとなった[7]。多数の地方自治体に広がる2つのAONB(コッツウォルズとチルターン)には、「保全委員会」(conservation boards)という独自の法定機関がある[5]

AONBの面積、種類、用途は様々であり、また、区域の全体が一般公開されているものもあれば、一部分のみのものもある。最も小さいAONBはシリー諸島AONB(1976年指定、16平方キロメートル (6.2 sq mi))、最大のものはコッツウォルズAONB[8](1966、1990年に拡張[9]、2,038平方キロメートル (787 sq mi))である。イングランドとウェールズのAONBは、両国のカントリーサイド地域の約18%に相当する。また、北アイルランドのAONBは、北アイルランドの海岸線の約70%をカバーしている[10]

歴史

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AONBのアイデアは、イギリスの公務員建築家であったジョン・ダワー(John Dower)によって、1945年の「イングランドおよびウェールズの国立公園に関する政府への報告」で最初に提唱された。ダワーは、面積が狭く野性味に欠けるために国立公園の指定は適さない地域であっても、美しい景観を保護する必要があると指摘した。この勧告は、1949年の国立公園及び田園アクセス法で、AONBとして制度化されることとなった[10]

AONBは大臣と教区によって任命された委員を含む特別委員会によって、AONBの存在する各地方自治体の責任で管理されているが、当初の法律では、各地方自治体にはごく限られた法的義務しか課せられていなかった。しかし、2000年に制定されたカントリーサイド・アンド・ライツ・オブ・ウェイ(Countryside and Rights of Way、CRoW)法によって、イングランドとウェールズにおけるAONBのさらなる規制と保護が追加された。

2021年6月、Natural Englandは、既存の二つのAONB(サリー・ヒルズ、チルターン)を拡張し、さらに新たに2地域(ヨークシャーウォルズ、チェシャ―・サンドストーンリッジ)を指定すると発表した。新規指定は1995年のTamar Valley AONB以来約四半世紀ぶりとなる[11]

目的

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AONBの主目的は、指定された景観の自然の美しさを保存および強化することにある[12]。その上で、農林業や地域産業が主目的を考慮しながら持続的な経済発展ができる地域づくりを行うことも目的とされている。そして、上記の目的を阻害しない範囲でレクリエーションの振興を行ってよいと定められている[1]。これらの目的を達成するために、AONBは計画規制と実質的なカントリーサイドの管理に重きを置いている。

AONBは国立公園と同等の優れた景観を有するため、国立公園と比較される場合もある。国立公園はイギリスの多くの国民によく知られている一方で、AONBの多くの居住者は居住地がAONBであることを知らないとも言われる。全国AONB協会は地域コミュニティにおけるAONBの認知度向上に取り組んでおり[13]2014年にはGoogle マップにAONBの境界線を表示するよう交渉した[14]

脅威

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旧サセックス・ダウンズAONBで建設中のファルマー・スタジアム(2010年)。

環境保護団体やカントリーサイド保護団体の間では、AONBの地位がますます開発の脅威にさらされているという懸念が高まっている。イングランド農村部保護キャンペーン(Campaign to Protect Rural England)は、2006年7月、多くのAONBがかつてないほど大きな脅威にさらされているとし[15]、特に脅かされている場所として、道路計画によって脅かされているドーセットAONB、ファルマー・スタジアムの建設が行われているサセックス・ダウンズAONB、そしてインペリアル・カレッジ・ロンドンによって数千の住宅とオフィスを建設する10億ポンド規模の計画が存在するケント州ワイのケント・ダウンズAONB[16]の3か所を挙げた。

また、2006年、地理学都市計画の専門家で環境問題に関しても取り組んでいるAdrian Phillips教授は、AONBが直面する大きな脅威として、「将来の土地管理への支援に対する不確実性」「開発圧力の増大」「グローバル化の影響」「気候変動」を挙げた。また、小規模な脅威として、忍び寄る郊外化と牧畜もあるとした[10]

2007年9月、イギリス政府は、サセックス・ダウンズAONBにあるブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンFCの新スタジアム(ファルマー・スタジアム)の開発を、環境保護主義者による激しい反対に遭いながらも承認した。その後、スタジアムは2011年7月に正式にオープンした。また、ドーセットAONBでは、周辺道路の渋滞を緩和するためのウェイマス・リリーフ・ロード(Weymouth Relief Road)の建設に環境保護団体が反対したが、建設を阻止するための高等法院での争いに敗れ、最終的に2008年から2011年の間に建設が行われた[17]

特別自然美観地域の一覧

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イングランド

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名称 写真 指定年 面積 地方自治体
アーンサイド・アンド・シルバーデール 1972 75 km2 (29 sq mi) カンブリア (South Lakeland)ランカシャー (ランカスター)
ブラックダウン・ヒルズ 1991 370 km2 (140 sq mi) デヴォン (East Devon, Mid Devon)サマセット (South Somerset, Somerset West and Taunton)
キャノック・チェイス 1958 68 km2 (26 sq mi) スタッフォードシャー (Cannock Chase, Lichfield)
チチェスター・ハーバー 1970 37 km2 (14 sq mi) ハンプシャー (Havant)ウェスト・サセックス (チチェスター)
チルターン丘陵 1965 833 km2 (322 sq mi) バッキンガムシャー (Aylesbury Vale, Chiltern, South Bucks, Wycombe)、Central Bedfordshire、ハートフォードシャー (Dacorum, North Hertfordshire, Three Rivers)ルートンオックスフォードシャー (South Oxfordshire)
コーンウォール 1959 958 km2 (370 sq mi) コーンウォール
コッツウォルズ 1966 2,038 km2 (787 sq mi) バース・アンド・ノース・イースト・サマセットグロスタシャー (チェルトナムコッツウォルドストラウド, Tewkesbury)、オックスフォードシャー(Cherwell, West Oxfordshire)、South Gloucestershire、ウォリックシャー (Stratford-on-Avon)ウィルトシャーウスターシャー (Wychavon)
クランボーン・チェイス・アンド・ザ・ウェスト・ウィルトシャー・ダウンズ 1981 983 km2 (380 sq mi) ドーセットハンプシャー (New Forest)サマセット (Mendip, South Somerset)、ウィルトシャー
デッドハム・ヴェール 1970 90 km2 (35 sq mi) エセックス (Colchester, Tendring)サフォーク (Babergh)
ドーセット 1959 1,129 km2 (436 sq mi) ドーセット
イースト・デヴォン 1963 268 km2 (103 sq mi) デヴォン (East Devon)
ボーランドの森 1964 803 km2 (310 sq mi) ランカシャー (ランカスター, Pendle, Ribble Valley, Wyre)ノース・ヨークシャー (Craven)
ハイ・ウィールド 1983 1,460 km2 (560 sq mi) イースト・サセックス (ヘイスティングス, Rother, Wealden)ケント (Ashford, Sevenoaks, Tonbridge and Malling, Tunbridge Wells)サリー (Tandridge)ウェスト・サセックス (クローリー, Horsham, Mid Sussex)
ハワーディアン・ヒルズ 1987 204 km2 (79 sq mi) ノース・ヨークシャー (Hambleton, Ryedale)
ワイト島 1963 189 km2 (73 sq mi) ワイト島
シリー諸島 1975 16 km2 (6.2 sq mi) シリー諸島
ケント・ダウンズ 1968 878 km2 (339 sq mi) グレーター・ロンドン (ブロムリー区), ケント (Ashford, カンタベリー, Dover, Folkestone & Hythe, Gravesham, Maidstone, Sevenoaks, Swale, Tonbridge and Malling)、Medway
リンカンシャー・ウォルズ 1973 560 km2 (220 sq mi) リンカンシャー (East Lindsey, West Lindsey)、North East Lincolnshire
マルバーン・ヒルズ 1959 105 km2 (41 sq mi) グロスタシャー (Forest of Dean)ヘレフォードシャー、ウスターシャー (Malvern Hills)
メンディップ・ヒルズ 1972 200 km2 (77 sq mi) バース・アンド・ノース・イースト・サマセット、ノース・サマセット、サマセット (Mendip, Sedgemoor)
ニダーデール 1994 603 km2 (233 sq mi) ノース・ヨークシャー (Hambleton, Harrogate, Richmondshire)
ノーフォーク・コースト 1968 453 km2 (175 sq mi) ノーフォーク (Great Yarmouth, King's Lynn and West Norfolk, North Norfolk)
ノース・デヴォン・コースト 1959 171 km2 (66 sq mi) デヴォン (North Devon, Torridge)
ペナイン山脈 1988 1,983 km2 (766 sq mi) ダラム、カンブリア (カーライル, Eden)ノーサンバーランド、ノース・ヨークシャー (Richmondshire)
ノーサンバーランド・コースト 1958 138 km2 (53 sq mi) ノーサンバーランド
ノース・ウェセックス・ダウンズ 1972 1,730 km2 (670 sq mi) ハンプシャー (Basingstoke and Deane, テスト・ヴァレー)オックスフォードシャー (South Oxfordshire, Vale of White Horse)スウィンドン、West Berkshire、ウィルトシャー
カントック・ヒルズ 1956 98 km2 (38 sq mi) サマセット(Sedgemoor, Somerset West and Taunton)
シュロップシャー・ヒルズ 1958 802 km2 (310 sq mi) シュロップシャー、Telford and Wrekin
ソルウェー・コースト 1964 115 km2 (44 sq mi) カンブリア (Allerdale, カーライル
サウス・デヴォン 1960 337 km2 (130 sq mi) デヴォン (South Hams)Torbay
サフォーク・コースト・アンド・ヒース 1970 403 km2 (156 sq mi) サフォーク (Babergh, East Suffolk)
サリー・ヒルズ 1958 422 km2 (163 sq mi) サリー (Guildford, Mole Valley, Reigate and Banstead, Tandridge, Waverley)
テイマー・バレー 1995 190 km2 (73 sq mi) コーンウォール、デヴォン (South Hams, West Devon)
ワイ・バレー(partly in Wales) 1971 326 km2 (126 sq mi) グロスタシャー (Forest of Dean)ヘレフォードシャーモンマスシャー

旧エリア

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2005年にニューフォレスト国立公園が設立されたことで、サウスハンプシャーコーストAONBがそこに組み込まれた。また、イースト・ハンプシャーAONBとサセックス・ダウンズAONBは、2010年にサウス・ダウンズ国立公園に置き換えられた。

ウェールズ

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名称 写真 指定年 面積 地方自治体
アングルシー 1967 221平方キロメートル (85 sq mi) アングルシー島
クルイディアン・レンジ・アンド・ディー・バレー 1985 389平方キロメートル (150 sq mi) デンビーシャーフリントシャーレクサム
ガワー 1956 188平方キロメートル (73 sq mi) スウォンジー
リーン 1956 155平方キロメートル (60 sq mi) グウィネズ
ワイバレー (一部イギリス) 1971 326平方キロメートル (126 sq mi) グロスタシャーヘレフォードシャーモンマスシャー

北アイルランド

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名称 写真 指定年 面積 地方自治体
アントリムコースト・アンド・グレンズ 1989 724平方キロメートル (280 sq mi) コーズウェー・コースト・アンド・グランスミッド・アンド・イースト・アントリム
ビネベナ 1966[注 1] 138平方キロメートル (53 sq mi) コーズウェー・コースト・アンド・グランス
コーズウェイ・コースト 1989 42平方キロメートル (16 sq mi) コーズウェー・コースト・アンド・グランス
ラガンバレー 1965年 39平方キロメートル (15 sq mi) ベルファストリスバーン・アンド・カースルレー
モーン山脈 1986 570平方キロメートル (220 sq mi) アーマー・シティ・バンブリッジ・アンド・クレイガヴォンニューリー・モーン・アンド・ダウン
リング・オブ・ガリオン 1966 [注 2] 154平方キロメートル (59 sq mi) ニューリー・モーン・アンド・ダウン
スペリン 1968 1,181平方キロメートル (456 sq mi) コーズウェー・コースト・アンド・グランスデリー・シティ・アンド・ストラバンファーマナ・アンド・オマーミッド・アルスター
ストラングフォード・アンド・レカール [7] 1967 [注 3] 525平方キロメートル (203 sq mi) アーズ・アンド・ノース・ダウン、ニューリー・モーン・アンド・ダウン

提案段階のエリア

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以下は、Natural England[18]に提出された、新しいAONBの案である。

2019年の『ランドスケープ・レビュー』のレポートは、Natural Englandに掲載されなかった、Sandstone RidgeとVale of Belvoirの提案に関して好意的に言及している[19]

脚注

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注釈

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  1. ^ ノース・デリーAONBとして拡張されたのち、2006年にビネベナAONBとして再指定された。
  2. ^ 1991年にリング・オブ・ガリオンAONBに改称。
  3. ^ レカール海岸AONBとしての指定年。2010年、ストラングフォード・ラフAONB(1972年指定)と合併しひとつのAONBとなった。

出典

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  1. ^ a b 朝廣和夫「英国の景観保全制度とボランティア活動 -ケント県の特別自然美観地域(AONB)を事例に-」 日本造園学会九州支部発表 2005年11月
  2. ^ Areas of outstanding natural beauty (AONBs): designation and management - GOV.UK”. www.naturalengland.org.uk. 16 February 2018閲覧。
  3. ^ Staffordshire Moorlands District Council Archived 11 September 2014 at the Wayback Machine.
  4. ^ High Weald AONB”. 16 February 2018閲覧。
  5. ^ a b c 環境を守るために地域企業が動く 公益財団法人森林文化協会、2022年2月1日
  6. ^ Tamar Valley - What is the Tamar Valley AONB?”. www.tamarvalley.org.uk. 16 February 2018閲覧。
  7. ^ a b Northern Ireland Environment Agency”. 16 February 2018閲覧。
  8. ^ Cotswolds AONB Archived 14 September 2014 at the Wayback Machine.
  9. ^ Cotswolds AONB”. 16 February 2018閲覧。
  10. ^ a b c NAAONB”. 29 August 2017時点のオリジナルよりアーカイブ。16 February 2018閲覧。
  11. ^ イギリス環境・食糧・農村地域省、イングランドの自然回復の促進、景観保全地域の利用機会向上を目指す新たな公約を発表 環境ニュース、2021年7月13日
  12. ^ Areas of outstanding natural beauty (AONBs): designation and management”. gov.uk. 2020年2月7日閲覧。
  13. ^ NAAONB”. 13 September 2014時点のオリジナルよりアーカイブ。16 February 2018閲覧。
  14. ^ Suffolk Coast & Heaths AONB”. 16 February 2018閲覧。
  15. ^ CPRE : News releases : Outstandingly beautiful, still seriously threatened” (26 September 2006). 26 September 2006時点のオリジナルよりアーカイブ。16 February 2018閲覧。
  16. ^ save-wye.org”. save-wye.org. 7 May 2009時点のオリジナルよりアーカイブ。30 June 2013閲覧。
  17. ^ Relief road opens after 60 years” (17 March 2011). 16 February 2018閲覧。
  18. ^ Glover, Julian (September 2019). “Landscape Review - Final Report”. DEFRA. p. 153. 2020年1月23日閲覧。
  19. ^ Glover, Julian (September 2019). “Landscape Review - Final Report”. DEFRA. p. 121. 2020年1月23日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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