(朝比奈 一郎:青山社中筆頭代表・CEO)
社会の底が抜けた
政治や選挙の結果というものは社会を映す鏡と言えます。候補者のどういう主張・スタンスがどれだけ有権者の支持を集めるかを見れば、大衆がどのような社会を望んでいるのかが見えてくるからです。
そしてほんの少し前まで、政治というものはより良き社会を作っていくため、さまざまな人たちの人権をちゃんと守り、国際平和を守るためにルールの下で機会の平等を図り公正な競争を維持し、さらには次世代のために環境問題を改善し、財政規律を守る――といったことが大事なテーマだというのが「常識」でした。
その常識が一気に吹っ飛んだのが2024年という年でした。特に印象的だったのは、アメリカ大統領選でのトランプの圧勝です。かつての常識・良識がないがしろにされる流れは感じていましたが、事前の予想を覆す「トランプ圧勝」という結果を見て、この流れが決定づけられたように感じます。
さきほど挙げた人権や世界平和、環境問題や財政規律に関して、トランプ次期大統領はかなり偏った主張をしています。たとえば、移民は入ってくるなと壁を作り、大統領になったら不法移民は強制送還するとはっきり言っています。そこには人権意識はほとんど感じられません。
また世界平和、グローバルな安定という面では、「アメリカ企業が被害を受けていたら許さん、関税をかける」ということで、中国やメキシコからの輸入品を狙って高い関税をかけるとし、「俺はタリフマン(関税男)」と言ってのけています。力で現状変更を試みているロシアやイスラエルに対してもかなり理解を示して露骨に強者寄りのスタンスを示しています。
環境問題については、「そもそも環境問題なんてない」というスタンスで、石油と天然ガスの産出をどんどん推し進めると主張。財政についても、「いま困窮している人がいるんだから」ということで、次代のことは思考から外して、大幅に財政支出を増やす決断をすることが予想されています。
こうした彼のスタンスを少し乱暴にまとめるのならば、「世のため人のため、世界のため、次世代ため」といった政治の常識を無視し、「今現在を生きている俺たちが大変なんだから、俺たちの利益を最優先に考えよう。社会全体や世界、次世代のために蓄えているカネがあるのなら、その分け前を俺たちのために使おう」ということです。トランプはそのスタンスを隠そうともせず、あからさまに公言していて、その彼を大統領選で有権者は支持したのです。これが民主主義や自由主義の盟主でもあるアメリカで起こったという事実に、私はある種、「社会の底が抜けた」といった感覚に襲われました。