第32話  再び目覚めるその時まで……

「処置は終わったらしい」


 天界の病院にて、神邏の傷の手当てと、記憶消去の処置が終わったと、天界最高司令官の黄木が言った。

 黄木の目線の先には元気のなさそうな女性がいた。

 彼女は神邏の母、真菜香だ。


 旦那を亡くし、下手したら息子まで死んでいてもおかしくなかった。それを聞いた彼女は、黄木に頼み神邏の記憶を消すよう頼んだ。

 ……実際は記憶消去は魔力のある神邏には効かないのだが。

 だが情報屋がすでに消していた事で、誰もその事実に気づかなかった。

 神邏には魔力があること、朱雀として覚醒していたことを……


 黄木は真菜香の目の前で土下座する。


「すまなかった! 天界の守りが薄くなるのはわかっていた。しかし、火人がいれば万が一はないと高をくくっていたんだ! 完全にそれがしの失態だ!」


 ある重要任務にむけて、天界の戦力をそちらに送り込んでいた。ゆえに、守りは手薄となり、火人は殉職した……

 最高司令官である彼は、全て自分の責任と火人の妻である真菜香に謝罪したのだ。


 二人は面識があった。

 

 真菜香も過去に天界の学校に通っており、そこで夫となる火人、彼の親友たる黄木と知り合ったのだ。


「どう詫びればいいかわからぬ……火人を死なせたのは某も同然だ……」

「もういいって。あんたに責任とらせるつもりもないから」

「しかし!」

「こんな職業ついてるんだからさ、覚悟はしてたよ。ひーくんも満足してると思うよ? だって息子のしんしんに、天界を命をかけて守れたわけだし」


 余談だがひーくんとは火人、しんしんとは神邏の事だ。


「でも、さすがに子どもまでは失いたくないからさ、あの子は強くなろうと思ってたんだろうけど……親心として……」

「大丈夫だ。その辺の記憶も消えてるはずだからな」

「でも、もし記憶ないこと感づかれてもあたしはとぼけるからね! そっちがなんかフォローしてよね!」

「わかった」

「あと、しんしんに酷い事したっていうドラ息子……」


 神邏に罪を擦り付け、拷問させるように仕向けた密則のことだ。


「相応の罰を与えた。光帝陛下の子どもだろうが容赦はせん。独房行きだ。魔族を招いたのも奴らしいからな」

「それくらいじゃ納得いかないけどね。めちゃくちゃぶん殴りたい」

「今度案内してやる。殴るといい」

「そーする」


 密則から天界の鍵を没収しておいた。これにより、あっさりと魔族が侵入してくることはなくなる。

 最近の魔族襲来は密則が鍵で魔界と天界を繋げるゲートを作っていたからだった。

 ゲートを通れる魔族はわずかで限られた者だけだったが、英雄火人を失う大打撃を天界は負ってしまった。密則の罪は重い。

 当分牢屋から出されることはないと思われる。


 それにより天界側もひとまず安心することができた。魔族の急な襲来はなくなるからだ。


 真菜香は立ち上がる。


「じゃあとりあえず帰るから。しんしん、ちゃんと送り届けてよ?」

「もちろんだ。だがその……」

「ん?」


 黄木は少し視線をそらす。


「辛いなら……そ、それがしがなんでも聞くからな。頼ってくれていいぞ。火人の代わりにはなれないかもだが、お前の力に、な、なりたいからな」

「大きなお世話~」


 照れながら言った黄木にケラケラ笑いながら返す真菜香。


「あんたまだあたしの事好きなの~? 吹っ切れなさいよ~」

「な、なっ!? そ、そんなんではない!」

「バレバレだっての。……でもま、サンキューね」


 真菜香は黄木に背を向けた瞬間、一筋の涙がこぼれた。

 我慢していても、夫が亡くなったのだ。平然を装っていただけで、とても辛い。

 黄木の優しさには、少し救われていた……




 ♢




 ――それから数週間後……

 

 神邏は退院後、人間界に戻ってきていた。

 

 彼の記憶はない。 

 目を覚ました時には自宅にいた。

 神邏は普通に人間界で過ごしていた。そんな記憶しかなかった。


 通ってた中学には根回しして、転校してきたという事実を隠させた。

 神邏は普通に通ってた記憶しかなかったからだ。

 生徒たちにも久しぶりなどとは言わないようにまで言って……

 それにより神邏は違和感なく、元の日常に戻っていた……


 下校中の通学路。

 神邏は幼なじみの神条ルミアと共に歩いていた。


「神邏くん! 今日お家にお邪魔しますね!」

「……ああ」


 ニコニコ笑うルミアに頷くも、どことなく、心ここにあらずといった態度の神邏だった。


「……また何か考えてるんですか?」

「……ああ。なにか、なにか大事なこと……忘れてる気がして」

「考えすぎですよ……あ! ちょっと待っててくださいね!」


 ルミアは通学路にあった文房具屋に入っていった。なにか買うつもりなのだろう。


 神邏はボーッと外で待っていた。


『こんにちは』


 後ろから誰かに話しかけられた。優しそうで、メガネをかけた男性だった。母の真菜香くらいの年代の方だろうかと神邏は思う。

 見覚えはない。


「美波さんのところのお子さんだよね? はじめまして。同僚の南水斗です」


 母の知り合いかとわかり、軽く会釈する神邏。


「……美波神邏です……南って、」

「そう! 字は違うけど同じ名字なんだよね! それで仲良くなってね~」

「はあ……」

「話、聞いたよ。お父さん亡くなかれたんだってね」


 そうか、父が亡くなったから心配して声をかけてくれたのかと納得する神邏。


「ショックだよね……ぼくとしてもなんと言えばいいか……」

「はい……それに、なにか忘れてる気がして」

「なにか?」


 つい、水斗の優しさにのせられ、今の自分の状況を話してしまう神邏。


「そうか……もしかしてお父さんが亡くなったショックでなにか大事なことを忘れてしまったのかもね」


 水斗は父に関することを忘れたのだと判断。


「でもね、忘れていいこともあるんだ。気にしすぎないでね。思い出さなくてはならないことなら……いつか、思い出すことできると思うから」

「……はい」


『パパなにしてんの~』


 後ろから女の子の声。


「おっとごめん、娘が呼んでるから。またね」

「はい」


 水斗は娘の元に戻っていく。


『パパ……今の人めちゃくちゃカッコいい……し、知り合い!?』

『知り合いというか……』


 仲のよさそうな二人を見て、亡くなった父を思い出す神邏。

 神邏には父、火人は事故で亡くなったと聞かされていた……


『神邏……』


 父の声……


 神邏は水斗に言われたことで、あまり気にすることをやめた。

 思い出さないとならないことなら……いつか思い出す……

 それを信じて。


「お待たせしました神邏くん! 行きましょ!」


 文房具屋から出てきたルミアが引っ付いてきた。神邏は優しく微笑みかける。ルミアは満足そうに顔を赤らめた。



 朱雀はしばし眠りにつく事となった。

 だが、彼は眠りつづけたりはしない。

 来るべきその日まで……体を、精神を休ませてるだけだ。


 能力によって消された記憶も……彼の力でいつか取り戻す時が来る……


 その時まで……しばしの休息。


 

 朱雀が目覚め……再び飛翔するのは……


 彼が高二になる年の……5月10日。




 ――朱雀の備忘録、完。



 本編、深緑の朱雀一話に……つづく!

https://kakuyomu.jp/works/16817330656868129461/episodes/16817330656868460269

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

朱雀の備忘録 メガゴールド @rankaz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画