第38話「間違えた教育」


「どうされたのですか金ヶ崎先生?」


「パパ……な、なんで?」


 娘の問にも何も答えられず震えているのはみっともないと思うかもしれないが正しい姿だ。これが人間、これが働く男の姿だ。むしろ、この場で即座に土下座をしたのは評価したい。


「そんなそんな~、金ヶ崎先生どうか、お顔を上げて下さい」


「うちの娘がとんだ失態を!? どうか、平にご容赦を!!」


「何をおっしゃいます? 私とあなたの仲では有りませんか 」


 彼の肩をポンポン叩きながら年下の若造に言われるのは屈辱だろう。だが俺はほんの数億円を彼に、そして彼の陣営に数十億をポンとプレゼントした程度の仲だ。そして今も、この関係は続いている。




「ちょっ……パパ?」


「鋼志郎……さん?」


 二人の少女には可哀そうだが現実を見せてやろう。権力者それは絶対だ。だが、その権力を維持するのに必要な物は何か? カリスマ性? それともリーダーシップか、はたまた誠実さか? 残念ながら全て違う……答えは金だ。


「金ヶ崎先生とは実は仕事関係で懇意にさせてもらってるんだ」


「こっ、こちら、前回の市議会選で多大なご支援をして頂いたSW社の社長の山田鋼志郎さんだ、忘れたのか? 昨年の当選の時もを賜ったのだぞ!!」


 そう言って彼は妻を睨みつけた時に金ヶ崎母も俺が何者か分かったらしい。別に手紙なんて大した物じゃないが手紙の付属物を思い出したようだ。その差出人の名に思い当たったのだろう。


「あっ……こ、これはとんだ失礼を致しました!!」


「え? ママ?」


 そして旦那の横に並んで土下座を始めた。うんうん……今までの態度はあれだが状況を認識し動けたのは良しとしよう。俺の皐雪よりは賢い。そもそも皐雪は俺が傍に居ないとダメだからな。これは独占欲では無い事実だ。


「こうちゃん? 何か失礼なこと考えなかった?」


「気のせいさ、my sweetie?」


「うっわ、急にイギリス感……こうちゃん、私、英語分からないんだけど?」


「詳しくは後でな、さゆ」


 そう言って頭を撫でていると横から視線を感じて目が合った相手は千雪ちゃんだった。どうしたのだろうか?


「千雪ちゃん?」


「やっぱり……母さんが一番なんだ……」


 まさか意味が通じた? だが冷静に考えて常用みたいな愛の言葉だし気付くか……だが問題無い。千雪ちゃんにはそこまで嫌われてないはずだ。私の大事なお母さんを取るな~とか言われてないし……大丈夫だと思う。


「なんで、どうして……パパ、ママ?」


 そして両親が土下座して固まっている光景を見てプライドがズタズタになっているのは件の金ヶ崎有紗だ。父親より明らかに年下の生意気なオッサンに両親が屈している姿を見るのは屈辱以外の何物でもないだろう。


「どうか顔をお上げください。あくまで話し合いをしたいだけなのです」


「で、ですが……」


「そもそも悪いのはこちらです、ただ話を聞いて欲しかっただけです」


 すっかり大人しくなった金ヶ崎一家との話し合いは実にスムーズに終わった。千雪ちゃんが怪我の一つでもしていたら潰していたが今回は明らかに千雪ちゃんにも非が有るから引くところは引く。


「では今回は喧嘩両成敗ということで、よろしいでしょうか?」


「はい、金ヶ崎先生のご厚情痛み入ります。千雪ちゃんも事情が有ろうと先に手を出したらダメだよ?」


 本当は俺が学校レベルでもみ消しをしても良いのだが千雪ちゃんの将来のためにも心を鬼にして叱る事にする……だって俺はお父さんになるのだからな!!


「鋼志郎さん、もっと酷いことしてるのに……」


「大人はいいんだよ? ほら、千雪ちゃん?」


「うっ……はい、金ヶ崎、さん叩いてごめんなさい……」


 渋々と言った感じだが千雪ちゃんは謝った。うちの娘は謝ることができてエライ。俺なんてここ十年は謝った記憶は無い。毎回、黒でも白にしていたからな。


「ぐっ……でも、私は……悪く、ない!!」


「いい加減にしなさい有紗!!」


「ママ……なんで、こんなオッサンに!!」


「いい加減にしないか!! バカ娘が!!」


 そして最後は平手打ちされ泣きながら謝る無様を晒した。味方だと思った両親にすら叱られ好き放題できないのは苦痛だろうよ。でも仕方ない……それはお前が子供だからだ。俺も覚えが有るから同情しそうになるが相手が悪かったな。


「ごべんなぁざぁい……ひっく、ゆるじてぐだざぁい……」


「な、何もここまでしなくても……」


 あまりの悲惨さに千雪ちゃんが逆に罪悪感を覚えているが受け入れなくてはダメだ。ここまではお父さんでも庇ってあげる訳にはいかない。


「そうだね、でも千雪ちゃん、これが君の行動の結果だよ? 俺は酷い事はいっぱいするけど全部受け入れ責任は取るさ……さゆも同じだった、違うかい?」


「はい、母さんもいつも耐えて頑張って……分かり、ました」


 皐雪もバカだったが反省して十年以上も責任を取り続け千雪ちゃんを育てていたのを一番知っているのは彼女だろう。なら俺の言葉も理解できるはずと俺はこの時そう思っていた。それがまさか、あんなスペシャル解釈するなんて思ってなかった……。


「よし、また一つ大人になったね?」


「それは、大人の女に……?」


「そうだよ、千雪ちゃんはもう立派なレディさ」


 俺の一言はあまりにも迂闊で余計だった……。

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