2017年10月の薬物検査で、ペルーのスター選手であるパオロ・ゲレーロ選手に微量のベンゾイルエクゴニンが検出されたとき、2018年のワールドカップ(W杯)ロシア大会への出場は絶望的と思われた。
というのも、ベンゾイルエクゴニンとはコカインの代謝物質であるためだ。違法薬物を使用した選手に対して、国際サッカー連盟(FIFA)は断固とした決定を下す。ゲレーロ選手も、1年間の出場停止処分を言い渡された。それは、4年に1度しか開催されないワールドカップへの出場資格も失うことを意味する。(参考記事:「アイスランド代表を応援するポーランド人」)
ゲレーロ選手は弁護士とともにこの決定に反論し、風邪の症状を癒すためにお茶を頼んだところ、そうとは知らずにコカ茶を出されてしまった可能性が高いと主張した。コカ茶に砂糖や色々なスパイスを加えれば、元のお茶の味がわからなくなるという。
幸い34歳のゲレーロ選手には、ペルーのサッカーファンと生化学、そして500年前のインカのミイラが味方した。
ゲレーロ選手を救ったミイラ
「ミイラは、500年の時を超えてもなお、思いもよらぬ形で現代の私たちに語りかけることができるのです。これはその一例です」と、考古学者でナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーであるヨハン・ラインハルト氏は言う。1999年、ラインハルト氏はアンデスの山で3体の子どものミイラを発見したチームのリーダーを共同で務めていた。
ラインハルト氏と9人の研究者らは、2週間かけてアルゼンチンにある標高6700メートルのユーヤイヤコ(ジュジャイジャコ)火山へ遠征し、山の中で凍り付いたミイラを発見した。極寒の環境が腐敗を遅らせたため、ミイラには驚くほど多量の遺伝物質が残されていた。ユーヤイヤコのミイラは、世界でも類を見ない保存状態の良いミイラとされている。(参考記事:「古代インカ、生贄の子らは薬物漬け」)
3体のうち1体は13歳の少女で「ユーヤイヤコの乙女」として知られている。ほかの2人はさらに幼く、1人は「ユーヤイヤコの少年」、もう1人は「稲妻の少女」と名付けられた。3人とも、儀式の生贄としてささげられたと考えられる。2013年にミイラを解剖し、ユーヤイヤコの乙女の髪に残っていた遺伝物質を分析したところ、彼女は死の1年前から多量のコカの葉とアルコールを摂取していたことがわかった。山頂までの旅の途中、精神を落ち着かせるためだったのか、あるいはさまざまな儀式で使われたのだろうか。(参考記事:「古代アンデスのミイラからドラッグ検出」)