25.秘密の先へ
キャサリンと話し、そのまま離宮を飛び出していったアズール。
どうやらよほどの緊急事態らしい。
執務室にノックして入ってきたキャサリンがぺこりと頭を下げる。
「申し訳ありませんにゃ、陛下は公務へ直行されましたにゃ。今日は予定が続き、こちらには戻られないとのことですにゃ」
「わかったわ、ありがとう」
執務室を出た私は、離宮の整理と模様替えを続けることにした。
とはいえ、あまりやることはないけれど……。
(……このままだと情報がなさすぎるわね)
メルトの件はどうにかできるか分からない。でも何かはしたい。
アズールが後悔するようなことになって欲しくはない。
(私は私の平穏を守りたいけれど……)
いや、それは口実なのかもしれない。
私は私でアズールの助けになりたいのだ。
何かあった時に頼られ、支え合いたい。
それは私に訪れていた変化だった。
「あ、それらの本は執務室へお願い」
「はいですにゃー!」
ケットシー族の皆さんに作業をお願いしながら、頭では別のことを考え続ける。
メルトが死ぬまで、どれくらい時間が残っているのだろう。
まさか今日、明日ではないだろうけど……。
でもそれさえ分からない。
分かるのは最長でも1年ほど。もっと短い可能性は全然ある。
(何ができるかと言うと……)
決まっている。自分で動くしかない。
アズールやメルトの口から探るのは、無理だろう。
アズールはああいう性格で容易に本心は見せない。
まして「だいたい1年以内にあなたはメルトを殺すけど、なんで?」なんて聞けない。
メルトはいわば、殺される側だ。
彼に心当たりがなかった場合、無駄になってしまう。
……死罪に値する罪だとアズールの暗殺計画とか?
そういう政治的野心がありそうな人物には見えなかったけど……。
あったとして、新参者の私に漏らすとは思えない。
さらに会いに行けば絶対周囲に知られるだろう。
(せめてなぜアズールがメルトを殺すのか、それを見極めないと。やっぱり、私がやるしかないわね)
錬金術関連の品物の置き場所も決めて、それなりの形になってきた。
それが終わるともう夕方だ。
「今日はもう上がってもらって大丈夫よ」
軽く夜食を食べ、キャサリンたちに伝える。
「よろしいのですにゃ?」
「ええ、ちょっと集中して本を読みたいの」
「わかりましたですにゃ、では……失礼いたしますにゃ!」
もちろん離宮が空になることはない。
衛兵もメイドもいるのだけれど、あくまで定型業務を遂行するだけだ。
執務室に入れば、もう邪魔されることはない。
ふぅーっと息を吐く。
(やるのよ。あの館でのことに比べれば、なんてことない)
こそっと替えの服を持って、机の下のスイッチを押す。
本棚が動き、抜け道ができる。
念のための書き置きを残し、ささっと着替えて本棚の隙間へ。
「動かないと始まらない、よね」
外に出てみたいという気持ちもあるし、メルトの件もある。
内側から無理なら外側から。
やるだけやって、ダメなら仕方ない。
でもやらないでいたら運命は変わらない。
隙間の通路は思ったよりも綺麗だ。
石造りでしっかりしてそうだ。
抜け道のスイッチを押し、本棚を閉めた。
同時に天井にある魔力灯がぱっと明るくなる。
細い道が照らされ、行く方向が見えた。
抜け道は屋敷の壁に沿い、どんどん続いていく。
さらには坂道になっていた。
壁沿いからそのまま離宮の地下へ道が伸びているのかな?
確かにこれなら走れはする。
どこに続いているのかわからないけれど……ワクワクしてきた。
やっぱりこういうのは不安よりもテンションが上がってしまう。
どんどんと前へ進む。途中何度か、曲がったけれど。
道はずーっと続いていた。
「……体感で15分くらいかな」
道をまっすぐ進むと、頭上が騒がしくなっていた。
私の頭の上を大人数が行き交っているんだ。
気が付くと、道がわずかに上り坂になっている。
つまり、地上へと近付いていた。
(あれ、でも出口は……)
どういう出口になっているんだろう、そう思っていたところ。
道が突然、途切れた。行き止まりだ。
でも行き止まりの壁に見覚えのあるスイッチがあった。
――これか。
喧騒が近い。人のいる場所に出る。
ここから引き返せばまだ間に合う。
でも、私は行動すると決めた絶対にやり切る性分だ。
後悔はしたくないから。
壁際のスイッチをぎゅっと押し込む。
するとすぐに行き止まりの壁が開いた。
魔力灯とは違う、優しい月明かり。
壁が動いた先はどこかの静かな林だった。
その中のぽつんとした香箱座りする猫ちゃんの大銅像。
雨に打たれ色が変わり、苔むしている。
年季の入った銅像だ。
その土台部分が抜け道の入り口になっていた。
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