Sense58
情報掲示板は、突如として現れた。
発生するトリガーが、イベント開始から十二時間経過か。それとも死亡プレイヤー数が一定に達したかなのか分からないが、確かに存在していた。
出来上がっていたスレッドは、最初の方は取りとめの無いスレで長くは続いていなかったが、一時間もすると規則的に幾つかのスレに分かれた。
クロードは、その主なスレッドを元に朝食の席で今日の予定を話し始める。
「まずは、初日に多くのプレイヤーが散ったために、このエリアの大まかな全体像が見えてきた」
皆が食べる朝食は、フルーツ、煮リンゴ、お浸し、サラダとヘルシー料理。炭水化物が欲しいが、これでも空腹度が回復するのだからゲーム上問題ない。
幼獣達も美味しそうにそれらを食べている。
「全体像は、北に山、南に湖、東に遺跡、西に地下ダンジョンが主な配置だ。それぞれその中間エリアには、多少レベルの高い敵や素材、そしてそれら周辺を主体的に活動するプレイヤーたちのセーフティーエリアが多数設けられている」
「う~ん。僕、眠い」
「朝食が美味しいね。これでパンとかあれば良いんだけど、ユンくん。パン作れる?」
「必要な物が絶対的に足りませんから……小麦粉だけあれば、料理センスで麺くらいなら出来そうですけど」
目の前でクロードがこめかみに青筋立てる。いや、話を聞いているよ。でも、長々としてるとめんどくさいじゃん。
「お前ら俺の話を聞け。北には俺やマギ、リーリーが必要とする素材が主にある。それで、ユンの必要とする食材系は、南方面が充実しているようだ。どうする? 俺達と動くか? それともソロで動くか?」
「じゃあ、ソロで南に行くかな? でもこのログハウス放置して良いのか? 昨日見張りまで立てたのに放置って」
「そこは問題ない。見張りは主に、他のプレイヤーからお前たちを守るためだ。所有権もリーリーが所持したままで奪える物じゃない。壊れてもログハウスなどまた建てれば良い。リーリーが」
「修理、建築、木工作業はなんでもお任せ~、う~ねみゅい~」
さらりと他力本願じゃないか。
頭の上に、ネシアスを乗せて、むしゃむしゃとサラダを食べるリーリー。ネシアスも眠たそうに、小さいくちばしを動かして食べている。
「でもさ~」
ここでマギさんが一言疑問を言ってくる。
「食材殆どないんでしょ? ユンくん。うちらのお昼ご飯はどうするの?」
そうだ。どうしよう。お弁当を作る程の材料が無いし……
「それはこれから三十分ほど、俺達が周囲を回って適当に狩りをして、弁当を用意して貰ってからの出発で良いだろう。まだ時間は、七時から八時の間だ」
早々に食べ終わったクロードが、装備を確認し、準備を整える。徹夜明けなのにしっかりしているな。
「はいよ。皆にポーションとか配分してあると思うけど、ついでにこれも渡しておくよ」
俺は、即席で作ったエンチャントストーンを取り出す。
「キーワードは、スピード。これだけで速度が上がるから逃げる時には使ってくれ」
「ありがとう。ユンくん」
「ありがたく使わせて貰おう」
「う~っ、むぅ~、はっ、あ、ありがと。ユンっち」
リーリーはやっと目が覚めたのか、しっかりと焦点の定まった目でこちらを見ている。
そして、その後、四人が散らばって狩りをした結果、新たな食材を発見した。
まず食材は、朝、早い時間にのみ出現するのか、トビニワトリと呼ばれる文字通りの姿をしたMOB。そして意外なことに、ミルバードよりも動きが変則的で厄介だ。その代わり一撃入れれば、確実に倒せるプレイヤースキルの必要な敵ではある。
特徴はこちらに気が付いて飛び立ち、変則攻撃を仕掛けるが、俺はその前に仕留める。気が付く前に矢が身体をストンと貫く。
そして、奴は二つのアイテムを落とす。
一つが鶏肉、もう一つが卵を同時にドロップする。ありがたい。
また、キノコなどの食べられる食材のほかに、未鑑定品には、山菜を手に入れた。なんの山菜なのかは分からないが、毒は無いようだ。
皆が持ち帰った食材は、鶏肉、卵、キノコ、山菜、そして昨日採取した薬草やハーブ、フルーツなどだったために、その中の食材を幾つか使ってお弁当のメニューを考えた。
メニューは、鶏肉の香草焼き、卵焼き、キノコのソテー、お浸し、デザートのフルーツ。大体こんな感じだ。
四人分+幼獣三匹分を手早く作って、皆がほかほかのままインベントリに仕舞う。飲み物代わりのハーブティーも持たせてだ。
「じゃあ、いってきま~す、お母さん」
「おう、気をつけて言ってくるんだぞ。そしてリーリー誰がお母さんだ!」
リーリーのボケに俺がそう突っ込むが、二人は、くすくす笑うだけで否定も肯定もしない。くぅ……お母さんは止めろよ。心が痛いから。せめてお兄さんにしてくれ。
「ユンくんも何かあれば連絡頂戴ね!」
「分かりました。そっちも問題があれば教えて下さい」
「では、行ってくる」
三人は、それぞれ自分の得物を手に北へと進む。まあ弁当を持ったし、未鑑定の毒物を食べるような愚行は犯さないだろう。それに、ポーション類だって十分持たせてある。エンチャントストーンだってあるんだ。
あの三人は引き際は間違えないだろう。でも、まあ心配だな。
「完全にオカンの思考じゃん!」
自分自身にノリツッコミをしてから一息つく。大丈夫だ、俺は俺のことをしよう。と決めて南へと移動を開始する。
敵の強さなどは、クロードが精査した結果、ユニークでも余り強くないとの事。本当に俺達が危険なのは、東西の遺跡とダンジョンのMOBらしい。だから俺も安心して一人で進むことが出来た。
昨日一日で限定的ではあるが、センスのレベルが上がった。
所持SP16
【弓Lv24】【鷹の目Lv33】【速度上昇Lv19】【発見Lv16】【魔法才能Lv35】【魔力Lv34】【付加術Lv10】【調薬Lv10】【生産の心得Lv23】【調教Lv1】
控え
【合成Lv24】【地属性才能Lv7】【錬金Lv27】【言語学Lv10】【細工Lv26】【料理Lv7】【泳ぎLv8】
大分センスの数が増えて来て管理が大変になってきた。戦闘用、生産用と上手く切り替えて使わないといけない。そして俺の弓はDEXに依存する傾向が強いので、どうしてもDEX補正の強い【生産の心得】は常時装備しないと落ち着かない。
今日は本格的に自分のパートナー探しもするために、一応調教も装備だ。
とは言った物の、どこに行けば会えるのかも分からないので、とにかく南東方向へと進む。
食材になりそうなMOBを相手にしながら、アイテム回収に専念する。
野生のイチゴやブドウの果物系、キノコや山菜などの食材系、そしてポーションの材料の薬草系を採取する。
ブルースライムが出てきた時は、やった! これでブルーゼラチンが作れる。デザートにフルーツポンチが出来るなどそう思って張り切って乱獲。
やがて、川に沿って南下していくと、自然物で構成された川の風景が徐々に変わってきた。
石を積み上げ、稚拙ながら水路を作って南東方向へと引っ張って行く。
俺は、その水路を辿りながら進み目にした光景に感嘆の声を上げる。
「うわぁっ……一面の小麦畑か」
水路が行き着いた先は貯水池であり、隣の小高い丘には、牧草地。その奥には金色に輝く小麦畑が広がる。ぽつん、ぽつんと自身の得物を振って、小麦を収穫しているプレイヤーを見ることが出来る。開けたこの場所の更に奥に畑の名残なのか、様々な種の植物の自生場所がある。
「まずは、小麦だな。上手くいけば、今日は炭水化物を食べることが出来るぞ」
俺は、まず小麦に近づいて、引っ張ろうとするが……ビクともしません。取れません。
「取れねぇ……俺の小麦計画が」
目の前に居る皆さんは、自分の得物を振って切り落とした所で収穫しているようだ。俺もそれに習い、今朝貰った包丁を取り出し、藁の部分を持って根元からさくっと切る。
この さくっという感覚。いわゆる快感と言う奴を感じ、調子に乗って手当たり次第に小麦を集めていく。
集まった小麦は、料理センスの基礎スキル『加工』によって小麦粉と麦わらへと変化させる。
十束集めて一キロ小麦粉一袋とひと束の麦わら。それを大体三十袋ほど回収した所で、俺は、牧草地へと戻ってきた。
「疲れるな。って取り過ぎたかも」
適当な牧草の上に腰掛けて、小麦を回収した箇所のミステリーサークルのような円形を眺めていた。だがそれもボケっと眺めている間にみるみる成長して、元の小麦畑に早変わりだ。
途中から現れる人工物の水路、そして明らかな耕作地。そして遺跡やダンジョンなど人が住んでいた形跡。もしかしたらこの浮遊大陸は、『人が住んでいた』という設定があるのかもしれない。
「よし、もうひと頑張りして、食材を集めるか」
小麦粉三十袋は、いささか取り過ぎたと思わなくもないが、食糧はいくらあっても足りない。今から向かう畑は、完全に毒草やポーション材料、野菜と入り混じる形で広がっていた。
一個引っこ抜くと、ニンジンの形をした毒植物。効果は、【混乱3】を与えるもの。
そうかと思えば、ニンジンがちゃんとあったり。見た目で判断しようとして必ず失敗するように仕組んである。
俺は、採取直後に鑑定出来るので、安全か、危険かが良く分かる。
野菜は、毒物入り混じる形の収穫だったために、十分な数を揃えるだけでもう正午になってしまった。
景色の良い牧草地へと戻って、インベントリを確認。
小麦粉、ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、キャベツ、と四人の一週間分の食料を確保できた。
自身の結果に満足しながら、天気の良いこの場所でピクニック気分で少し座って日光浴。
「俺も掲示板でも見てみるかな」
唐突に思ったのは、圧倒的にこの状況で知識が足りないからだ。周囲の状況、俺の立ち位置。致命的な何かを見落としてはいけないと思った。
俺は、昼食の弁当を取り出し、掲示板を閲覧しながら、食べる。行儀が悪いと思うが、効率重視で。
掲示板には、纏って幾つかの種類に分かれていた。
スレッドのタイトルには、ユニークな物が多く【ダンジョン・遺跡攻略情報その3】【幼獣が可愛過ぎてワロタ】【皆で安全ライフ】【浮遊大陸モンスター図鑑】【てくてく旅行記・浮遊大陸編】【トレード掲示板】など。
ダンジョンや遺跡の情報は、全五階層で階層ごとにMOBが強くなる事。倒したMOBからランダムに宝箱が出現する事。出てくるアイテムが未鑑定。そして、トラップが何種類もある。と言うことだ。
「トラップの種類は、ダメージトラップ、転移トラップ、状態異常トラップ、空腹トラップ、そして、食糧腐敗トラップ!?」
最後のトラップは、とんでもない物だ。食糧を十分に持って行ったら、それが腐ってダメージを受けるアイテムに変わってしまう。ただ全ての食糧が一度に腐るわけではないが、だからと何度も引っかかっては攻略もままならないだろう。
これらのトラップを回避するには、【発見】【第六感】などの察知系センスが必要。って俺あるな。レベルも16と第四層のトラップまでは問題なく見抜けるようだ。
「皆で安全ライフ……あーっ、失敗談の話か」
美味そうな果物食べたら、毒受けてワロタ。俺のパーティーは、【混乱3】受けて一分以上パーティー内で斬り合い始まった。三人がオワタ。など、痛々しい。
一番厄介なのは、混乱の状態異常の体験談が多い、そして誰も料理しないで果物食って飢えを凌いでいるという事実。
掲示板の内容は、面白おかしく誇張されていて取り出した昼飯を忘れて、読み耽っていた。
「わっ! これ幼獣のスクショ!? 投稿出来るのか!」
一番テンションの上がったのは、幼獣掲示板だ。幻想世界の定番生物である黒いミニドラゴンがふわふわな羽毛で覆われていたり……銀色の子ザルが美味しそうに果物を頬張っていたり……等身的に只の縮尺しただけなのに可愛いクマとゾウの二匹の戯れなど……
「俺も早くパートナーが欲しいな」
そう思わずには居られなかった。ただし、掲示板の注意事項には、一つ。
皆、よく食べるので、食べ物は多めに持ちましょう。と書かれていた。
「ふぅ……俺も昼飯食べて午後も頑張るか……って昼飯どこ?」
取り出したまま放置した昼飯が綺麗に無くなっており、代わりに真っ白な子馬が眠たそうに膝を折って休んでいました。