Sense83
はい、主人公――幼女化です。
「髪が伸びて、体が縮む増毛薬って……」
背伸びをしてもせいぜい十歳前後の背しかなく、顔をぺたぺたと触っても顔立ちが大分幼くなっている気がする。
「マジかよ……。まぁ、本によると、増毛薬の効力継続は二時間から六時間だし。まぁ、失敗作だから時間がそれ以上伸びるかもしれない」
原因は分からなくても、時間が経てば元に戻るだろうし、最悪ログアウトする事で解決だ。
それにしても、服まで体に合わせて縮んでいる。まぁ、ゲームの防具にいちいちサイズ指定してては、面倒だし、その辺は自動調節なのだろうが……。
「見事に、子供サイズの俺だな。全く酷い目にあった」
俺は、ぼやきながら、爆発した釜の後処理をした。失敗だが、なぜかレシピが残った。調合のスキルを利用した一発生産には、膨大なMPが必要で、現状ハンドメイドでしか作れないようだ。
釜に残った液体からは、僅かばかりに失敗した薬のサンプルも入手できた。
「いや……本からレシピを書き写したけど……これはどう見ても失敗か?」
俺は、製造過程をメモの内容と実際のサンプルを比較する。本来は鮮やかな橙色のポーションで体に掛ければ良い代物だが、出来た失敗作は、どろりとした半液状の薬で色は赤黒い。非常に毒々しく、鼻を突く刺激臭に涙目になる。それをコルク栓で密閉し、インベントリにしまい込み、封印する。
「目を離したのが原因か。材料はまだあるけど、この体で作れるか?」
自分の体はどう考えても非力。ステータス的に何らかの下方修正が掛けられていてもおかしくない。
しばし悩んで、今日は、このままこの場所に篭って、本でも読んで元に戻るまで待つ。
「すみません。ユンさん、お客さんが――」
「あっ」
工房部に唯一入ることが出来るNPCのキョウコさんが俺の姿を見て固まる。ああ、見られてしまった。その直後、怪訝そうな顔をしながら、縮んだ俺を頭の先から足の先までじっくり凝視して一言。
「ユンさん……ですか?」
「ポーションの失敗でな」
視線をそらし、吹き零れた釜へと目を向ければ、ああ、なるほど。と納得されてしまった。こういう現象は、普通無いだろ。
「まぁ、俺のことは良いけど、お客って?」
「はい。ミュウ様たちパーティーが少しユンさんに見てもらいたい物があると……」
ミュウ。その言葉に俺はびくっ、と反応してしまう。何故か、悪寒が止まない。その直後にフレンド通信でミュウから連絡が入る。
『やっほー。今、アトリエールにいるよ』
「あ、ああ……お前が来ていることを今さっき聞いた」
『うーん。実は、話があるんだよね。出てきてくれるかな?』
「この通信じゃ駄目か?」
『アイテムの鑑定だから直接お願いしたいんだよね~。お願い』
下手に断ると後で文句を言われそうだ。俺は、静かに目を瞑り、考える。
「分かった。今手が離せないから少し待っててくれ」
『じゃあ、その間商品でも見てるよ』
「また後で……」
心配そうに見つめてくるキョウコさんを見返して、すぐに声を掛ける。
「リゥイを呼んでくれ。早く」
「あっ、はい」
どこか呆然とした感じの返事をして、お店にいるリゥイを呼びに行った。程なくして来る二匹の幼獣は、俺の姿を見て動きを止めるが、すんすんと鼻を動かし、俺がユンだと認識したようだ。
「リゥイ。表にミュウたちがいるのは知っているな」
こくんの縦に動く首。
「この姿を見られるのは、非常にマズイ。だから、幻術で少し隠したいが出来るか?」
首が左右に振られた。つまり、隠すのは自分だけか、と落胆していると、リゥイの額の角が淡く光り、霧のような物が人の形になる。程なくして、固められた霧の中には、普段の俺が存在している。だが、手足が全く動かない。
俺の体の変わりに作り上げたデコイだ。
「動かせるよな」
そう言うと、デコイは、ゆっくりとした動作で前進する。表情は無表情で、人形らしさが浮き立つ。
俺は、そのデコイに重なり隠れ、店のカウンターへと姿を現せば、待っていたミュウたちがこちらへと来る。
「よ、よう。いらっしゃい」
ぎこちなく、口パクするデコイに冷や汗が流れる。皆が一瞬こちらを見た瞬間、あれ? という表情をしていた。
「えっと、何か変だね、お姉ちゃん」
「たぶん、薬の影響だ。さっき失敗してな……」
俺は、適当に思いついた理由を言う。嘘は言ってない。ただ、間接的な理由だが。
「ふ~ん。変な薬作ったんだね」
「ああ、上手く動かなくてな、俺も驚きだ」
「で、声が変に高いのは、腹話術だから?」
「ああ、今さっき、必死で習得した。どうだ? すごいだろ?」
ああ、痛い。周囲の視線が痛すぎる。これで、このまま逃走したい。
「まぁ、そういう変なことがあるのは、いつものことだし……はい」
聞き捨てならないことを言われた気がするが、あまり無駄話をしてバレたくはない、早々に本題にはいる。
差し出されたのは、木目の鮮やかな薄い青味掛かった石だ。普通のプレイヤーが見ても、ただの石としか表示されないが、この外見は何かありそうだ。と勘繰るのは普通だろう。まぁ、外見だけで中身は……なことは度々あるのだが。
俺は、差し出された石のサンプルに注目する。
名前は、ブルライト鉱石。これは、見たことが無いな。マギさんあたりなら知ってそうだが、俺としては未知だ。最近は、専ら、彫金や調薬の試行錯誤。思いついた限りでアイテム同士の合成や錬金を試みている。そして、気分転換の料理といった所だ。
「名前しか分からない。ブルライト鉱石って鉱石アイテムだ。どこで拾ったんだ?」
「北側の山沿いに落ちてたんだ。他にも拾った石があるけど、見てくれる?」
「ああ、見る」
他の石の大半がそこらへんに転がるような石だったが、その中には、銀や鉄鋼など俺の今扱っている金属。そして、数個のブルライト鉱石。他には、何の変哲も無い石だったりする。
ただ、数が足りず、ブルライト鉱石をインゴットにすることも出来ないが、サンプルとして買い取ろう。
「じゃあ、普通の金属は、相場通りだけど、他の金属は分からないから商品と物々交換でいいか?」
「一応、上げるつもりで持ってきたんだけど……」
ミュウは驚き、ルカートは恐縮。俺は、まぁ、貰える物は貰っておけば、良いんじゃないかな?とあまり関心が無かったり。
だって、最近ではお客も増えたし、マギさんの所の他にも、クロードとリーリーのお店にも一部商品を下ろしているので、それほどお金も困らない。
「まぁ、リピーターになってくれれば良いし、高価だったら後で払うよ」
「でも……」
どうも、デコイの表情が硬いために冷たい印象を与えるが、実際の俺は、微笑ましいな。と思いながら、皆を見ていた。
「……分かりました。では、ついでにハイポーションとMPポーション。それから状態異常薬をそれぞれ購入制限まで頂いていきます」
「はいはい。各種制限までね。全員同じ?」
「うちは、MPポーションとINTのエンチャントストーンを」
一人ひとり、注文を聞いて商品を渡していく。
「私たちはこれからホラーケイブのクエスト受けて来るね。いってくるよ――じゃあね、リゥイ」
真っ白な馬と言う事で自分のイメージカラーに近いリゥイを執拗に愛でるミュウ。嫌そうに首を振った瞬間、俺のデコイは霧散し、隠れていた俺の姿が露になる。
「……あっ」
誰がそう呟いただろう。目と目が合った瞬間、俺は既に駆け出していた。
「【付加】――スピード」
速度エンチャントで初速のギアを上げる。リゥイに気をとられていたミュウは背中を向けていたために障害となるのは、ルカートとトウトビ、ヒノだ。
呆然と立っているルカートの横を難なく抜けた直後、俺は、ある薬を口に含む。
未完成の速度強化のブースト・タブレット。飲み込んだ瞬間、視界が狭まり、吐き戻しそうになる気持ち悪さは、毒を貰った証拠だろう。だが、さらに一段階上がった速度でトウトビの伸ばされた手をすり抜け、入り口へと辿り――着けなかった。
「離せっ、ヒノ! 後生だから! ここは見逃してくれ!」
「まぁまぁ、落ち着いてよ、ね」
「嫌だ!」
どうやって捕まえたかは謎だが、俺は必死に暴れて逃げ出そうとする。だが、その目を見てしまえばもう逃げられないと悟る。
「きゃぁぁぁっ! なにその格好!?」
黄色い声を共に俺をまじまじと見てくるミュウ。他の皆も声に出さないが、顔が緩みきっている。
「……ヒノ、頼む。見逃がしてくれ」
「あはははっ……えっと」
俺を捕まえているヒノも猛禽類のような目で俺をロックオンしているミュウを見て、乾いた笑みを浮かべる。
これは、屈辱に耐え、装備などを偽装して、子供の振りをしたほうが良かったか? と現実逃避した瞬間――潰された。