5 ボンクラとこの世で一番不幸な私
4日後。
この十数年、辺境にあるいくつかの貴族家を親族まで皆殺しにして、財産を全て奪っていた、凶悪な犯罪集団が捕縛されたというニュースが流れた。
この国では、必ず男児の第一子である長男を後継とすべしという法律がある。
長男がその家の子供の中で最優秀でなくとも、ともかく長男を後継とし、その能力が足りなければ、優秀な伴侶を求めるか、優秀な弟妹に補佐をさせれば良いという考え方なのだ。
300年前のその法律が決まった時代にはそれで上手くいっていた。
当時はまだ国としての規模も小さく、領主達は皆、未開拓の森や山に手を伸ばし、田畑を広げている最中だった。領民も、治める人材も足りない、とにかく人を増やす必要があった時代。家を継がぬ弟妹にも領地内での役目がたくさんあった。領地の一部を治めたり、本邸で当主となった兄の補佐をしたり、屋敷内での采配を担ったり。腕が立つものは領地を守る仕事をしたり。
そうして、分家として血を繋いだ弟妹の子孫は、家令や侍女長、騎士団長に、料理長、小さく区切られた領地の管理者やらと、一族の中での重要な仕事を代々担う家系となっていった。
どこまでも領地が増えていくのなら、また、分家をまとめる本家の人間がしっかりしていれば、このどんどん分家を増やし、領内を身内で埋める形式でも良かったかもしれない。
でも、分家や本家の兄弟が多すぎたら?
それが何代も続いたら?
領地で働く領民の数が余るほどになっていたら?
………ボンクラが長男だったら?
分家をもう増やせないとなれば、長男以外の本家の子供達は、実家から独立せず、分家が担当する仕事を“手伝う”か、分家に嫁に行くぐらいしか行き場がなくなくなる。分家の家の中にも代々の使用人がいるので、分家の子供達はもう平民のいち領民として暮らすほかない。
ちなみに、今程道が整備されていなかった時代には、領内移動レベルで大仕事、隣の領地レベルでは決死の覚悟が必要、それより先に行こうなんて、無謀がすぎるという感覚だ。
公には年一回だけしかない国との接触、国からの派遣で訪れる役人は、国内のどこに行っても不思議そうな顔で出迎えられる、物語に出てくる「妖精」レベルに非常識で非日常な存在扱いだった。
そんなわけで、王都以外の地域では、他家との付き合いもほぼなく、政略の駒としての役割など皆無だった。
大昔の親戚である分家の手伝いをするしかない、しっかりしたお役目を与えてもらえない、当代の領主の弟妹達。
それでも、代々の領主が優秀であれば、それなりにやりがいのある仕事を得られただろう。
商売を担い、隣り合う領地や、国境の領地であれば他国にまで販路を拡大すれば、新しい職務も生まれるし、優秀な人材であれば、一族の益となる働きをすることができる。
国中の領地で、耕す土地が広がり、人口が増え、領主の仕事の範囲が増えれば、国の中枢での仕事はその数倍のスピードで膨らんでいる。
「優秀な人材は一度は全員王都に来て登録する法律を作りましょうよ。そして、忙しい時に来てもらいましょう!」と、若手の文官が上司に訴えてくるのが常な王城だ。
王都で激務につく人間からすれば、故郷に居場所がない優秀な第二子以降はいつでもウェルカムなのだが、残念なことにこの国は広すぎて、そのような求人情報は、辺境どころか、王都に近いエリア、国の1/3ぐらいにしか届かない。
それでも、優秀な人材は優秀だから、自分でなんとかしていた。
ただ、ボンクラ長男だった領主の長男がまたボンクラだった場合は、悲惨だ。
ボンクラ当主の側で仕える人間は、全員優秀でなくては、恐ろしい未来を迎えることになってしまうが、父の代では優秀な側近によるコントロールが効いていたとしても、“やらかし”を得意とするボンクラ当主の影響を受けた、ボンクラ嫡男となると、起こす人災の規模が恐ろしいこととなったりするのだ。
何故、そんなバカな約束をしてきた!
何故、問題解決に出かけた先で、もっと酷い問題を起こすのだ!
何故、契約を結ぼうとして、領民に喧嘩を売るのだ!
何故、何故、何故、何故、何故!!
側近と言われる人材が、ストレスで激痩せ、禿げる、病気になる、太れば、ああ、うちの領主や跡取り、またはその両方がボンクラなのだなという噂が出る。噂自体は、常に情報収集している王都の役人とせいぜい隣の領地ぐらいまでしか広がらないが。
近年ではボンクラは支えるぐらいではどうにもできないという認識が広がり、嫡男が10代前半あたりから病弱だとか、事故で大怪我したらしいという噂が漏れ出した時点で、「ああ、なるほど」と、嫡男の不幸な未来が予想されるようになってきている。
しかし、必ず男児の第一子である長男を後継とすべしという法律を守るという建前がある以上、噂を流し、実際に「なんとか」できるまでには、タイムラグがある。
その間の跡取りは、当然ながら、ボンクラ嫡男であるわけで。
結果的に、簡単に騙せるボンクラ嫡男に近づき、いつの間にか、家に入り込んでしまう悪女の話や、その悪女の手引きで強盗に入られてしまう家がそれなりにある。僻地にお宝などないので、これまた被害も、王都に近いエリア、国の1/3ぐらい限定だが。
悪女に愛人として入りこまれたケースでは、数ヶ月かけて、税収を含める全ての財産を奪われてしまうとか。
一夜で済む強盗なら、押し入った屋敷にあるものしか奪えない。
貴族だからと言って、家に現金や宝石をたくさん保管しているわけではない。
少ない家宝は大事に管理されているが、売り捌いて儲かるほどではなかったりする。
ここ数年の道路条件の改善により、王都周辺でのみで目にするようになった政略結婚では、嫁入り時の持参金という「大金」が動くが、嫁入りした母親の持参金は、数年を待たず残り少なくなっていることが多い。政略結婚のサンプルが少なすぎるのだが、王都の外での片手ほどの結婚ではそうであった。
年1回はそれなりの税収が家に入ってくるが、すぐに護衛が大勢ついてくる国の税務官が回収しにくるので、盗めるチャンスは少ない。
盗賊達には都合の良いことに、無駄に広い国土と各領地である。やり方次第ではあるが、入り込んだ領地での悪行が、国や他領に即座にバレる心配はあまりない。
だから、簡単には奪いきれない財産を根こそぎ盗もうと、時間をかけて盗賊仲間を家屋敷の中に引き入れ、ボンクラ嫡男にバレぬよう、邪魔な使用人や家族、口出ししてきそうな親族も殺す。
そうなれば、いつの間にかボンクラ嫡男だけが残っていることになるが、それも年1回の税が屋敷に運び込まれるまでの話で、国の税務官が到着した頃には、家屋敷には周辺の人間も誰もおらず、下手すれば、広範囲を燃やし尽くした火事のあとの廃墟となっていたりする。
税を盗むことはできなくとも、屋敷にそれなりの「宝物や現金」がある場合は、結婚式の夜が一族の最後の晩餐となり、翌朝通いの使用人が血の海を発見し、通報というケースもある。勿論通報したとて、その時点で財産は根こそぎなくなっているし、血の海には嫡男もしっかり沈んでいる。
今回は過去に聞いたこともない、夢の様に美味しい話、裕福な《《侯爵令嬢》》の嫁入りということで、持参金や宝飾品やらが運び込まれる予定だったこともあり、この一夜で盗んでトンズラケースを選ぶつもりだったと思われる。というか、選ばせた。
領主一族を根絶やしにしようと領地に散らばって潜んでいる賊も一網打尽にしたいので、晩餐はなしで、餌を移動して、食いついて餌を囲んできた賊を、それより大人数で囲んで楽々ボコっちゃうぞ、という作戦だ。
捕縛ですよね?と確認していた方がいたが、先にボコっておいた方が、大人しくなって連行させやすいだろう?とドヤ顔をしていた………我が上司でいて、本作戦の最高責任者の鬼畜が。
まあ、罪人を追う立場も、ストレスを溜めていたわけである。
被害が移動の便が致命的な王都の外であったことから、領主の屋敷付近に住む領民まで根絶やしにされれば、ことがバレた頃には犯罪集団が逃げ切った後ということになり、調査をしようにも無駄に広い国で即座に成果を上げるのは難しかった。
盗みや殺しのノウハウを磨いた盗賊達は、隠れるのも上手い。
女性がターゲットへの取り入りに成功したからといって、人の目のある場所でデートを繰り返したりはしてくれない。
偶然にもボンクラと言われる嫡男達も、親の目や勉学から逃げる技術だけは超一流。いつもは余計なことばかり口から垂れ流す男も、親や周囲にバレたら不味いと本能で判断したことに関しては、恐ろしいほど巧妙に隠し切るのだ。
故に被害が明らかになるのは、嫡男本人を含む被害者があの世に渡ってからとなり、捜査機関が捜査しようにも、情報提供できる人間が非常に少ない。被害者側の当事者がほぼいないのだから。
だから、国は敵が食いつく罠を考え、噂を流した。この国で噂を流すのは大変だけど、頑張ったのだ。
本作戦の最高責任者の鬼畜が、仕事とプライベートという明確に別れていなければならない部分の間の壁を木っ端微塵にしてくださり、結果、私という部下が被害者となり、事件の被害者役にも抜擢という名の強制労働をさせられている…………。変なお化粧して変な鬘とドレスまで着せられて。
あらやだ、この世で今一番不幸なのは、私じゃないかしら?
え?それはどうでも良いから、噂の話をしろ?
わっかりましたわ。よ~くお聴きあそばせ?
裕福な侯爵家の令嬢が、婚約破棄され、傷物なったらしい。
家にも社交界にも居場所がなくなり、どこでも良いから嫁に行きたがっているらしい。
家族もその令嬢を家から追い出したいと考え、引き取ってもらうために、莫大な持参金を用意しているらしい。
現在婚約者もいない嫡男がいる複数の家に結婚の申し入れをしているらしい。
だけれど、家族がどこでも良いから嫁に出したいと思っていても、家族が見放す令嬢らしく、我儘な条件がついているらしい。
残念なことに、傷物以前に、令嬢としての魅力がそもそもないらしいが、後のことはともかく莫大な持参金さえ手に入るなら、嫁にもらうぐらい我慢できるんじゃないか?
そんな噂を流したのだ。なあ、社交界って何だよ?とか、流す立場の人間が言いながらではあるが、本当に頑張ったのだ。