6 盗賊ホイホイ
侯爵令嬢の嫁入りの希望地は、馬車が苦手なので領地がコンパクトで領地内移動が楽なこと、動物が怖いので大きな森などがないこと、潮風が苦手なので海がないこと、水害が怖いので大きすぎる川がないこと、いくつかの名門伯爵家と侯爵家以上の貴族家にのみが所有する王都屋敷から2日以内に馬車移動できる領地であること、口煩い相手がい多いと鬱陶しいので結婚相手の家族と親族が少ないこと。
現在婚約者もいない嫡男がいる貴族家は複数あれど、上記の条件に当てはまる家は1件しかなかった。
狙われる家族や親族にはそれぞれに護衛が必要であるし、屋敷周辺には領民に扮した兵士をなるべく沢山潜ませたい。捕縛するするための包囲網が広範囲になると、逃げられる可能性がある。
盗賊が狙ってくれそうな、有名なボンクラ嫡男がいて、捕縛計画に協力してくれる、協力できる能力のある人材がいる、裕福な「そこそこ美味しい餌」となれる。ロイナードを有するコロンド伯爵家に狙い定めた条件であった。
ロイナードの両親と弟2人は優秀で、本家と連なる分家は極端に少ないと言える3つ程しかなく、その3家は全て武家であり、領地の警備を担当している。
領地も屋敷は国内平均からすればコンパクトで、使用人は少数精鋭系。
代々分家は増やさず、跡取りは警備の責任者に、他の子供達は領地の兵士にするのが常だそうだ。分家の第二子以降の子やその子孫も兵士となる。それを続けることで、領民を兵士として教育せずとも、一族のものを子供の頃から鍛えれば、数も質も足りるようになったらしい。
領民の子供達には生家の仕事である生産業を担う人材になって欲しいので、領民の娘が兵士に嫁ぐことはあれど、息子が兵士になるのは余程本人が強く希望しない限りないとのことだ。
本家の中で働く人材としては、当代と先代一族、分家にしない、本家の第二子以降の子孫達で十分事足りているらしい。本家の周囲には本家で働く人材の集合住宅まであるので、この国の多くの田舎貴族の中では異例とも言える無駄のなさである。
この様に優れた家ではあるが、それでも今代では、ボンクラ嫡男ロイナードが、そのボンクラ振りで名を馳せることになってしまった。幸か不幸か、本作戦上、なくてはならない重要な「盗賊の餌」にできたのは、久しぶりに育ったボンクラ嫡男のお陰であるが、引き受ける条件としては、国の憂となっている盗賊の排除と法律の改正の約束があった。兵士比率が多い一族であるので、大捕物への参加自体を大歓迎されたのもあるが。
通常の警邏任務に当たる人数を流行病での病欠として極端に減らし、警備の緩い領地に見せかけ、畑を耕したりする農民に扮した3つの分家率いる兵士集団は実にイキイキしていたという。
おかげで「領主一族を根絶やしにしようと領地に散らばって潜んでいる賊も一網打尽にしたいので、晩餐はなしで、餌を移動して、食いついて餌を囲んできた賊を、それより大人数で囲んで楽々ボコっちゃうぞ」という作戦に参加する人材に余裕ができ、よりボコりやすくなったと、本作戦の最高責任者が大喜びしていたそうだ。
さてさて。そんな訳で、非常に都合の良い盗賊ホイホイの餌として選ばれたロイナードは、強欲な悪女の願い通り、裕福で結婚願望が強い侯爵令嬢と結婚し、見事に本人は知らぬまま大役を終えることとなった。
ちなみに今回の強欲な悪女担当であるメルマーは、平民生まれで子供の頃から素行が悪く、付き合う遊び仲間達とあちこちで悪事を働きながら放浪していて、いつの間にか大規模な強盗集団の仲間入りを果たしていたらしい。男を誑かすのが上手く、小物相手にお金を巻き上げの成功を重ね、今回の大役に抜擢されたとか。
これまで活躍していたベテランとも言える過去の悪女達は年若い独身嫡男を狙うには無理がある熟女になってしまい、仲間を束ねる方の人材として組織内で幅を利かせていた。捕縛後の取り調べでは、後継のメルマーとターゲットであるロイナードの馬鹿さ加減に嫌気がさし、そろそろ盗賊稼業からの引退を考えていたらしい。
盗みのノウハウを持って引退される前に捕まえることができたおかげで、大きな組織からの枝分かれした新たな組織が生まれることはなくなり、捜査機関としては残りの小さな盗賊集団の捕縛に集中することができている。本作戦は大成功だったと言える。