◆ 第四章 お飾り側妃は寵妃を演じる(3)
「こんなに大きなダイヤモンドが付いていて、周囲にもびっしりダイヤモンドが嵌まったネックレスを選んでいたわ」
ベアトリスは右手でわっかを作り、そのダイヤモンドの大きさを再現してみせる。本当に、あんなに大きなダイヤモンドは初めて見た。
「そんなに? ドレスは?」
ランスは驚いたように聞き返す。
「ラベンダーを思わせる薄紫色の、豪奢なドレスだったわ」
「ラベンダー? 薄紫色ってこと? ははっ、しっかり殿下の色だね」
サミュエルが笑う。
「あんな豪華なドレス、着こなせる自信がないわ」
ベアトリスはがっくりと肩を落としたのだった。
◇ ◇ ◇
王宮舞踏会の日、ベアトリスは朝からソフィアを始めとする侍女達に徹底的に磨き上げられた。
「始まる前なのに、もう疲れたわ」
「何を仰いますか。本番はこれからですわ」
ベアトリスがぽつりと弱音を漏らすと、ソフィアが叱咤する。
始まってもいないのに既に疲れてしまうほど準備に時間がかかるとは。恐るべし、王族の支度。
「妃殿下。目を閉じてください」
王宮お抱えの化粧師にそう言われ、ベアトリスは大人しく目を閉じる。まぶたの上に、やさしく筆が乗せられる感覚がした。続いて、頬や唇にも筆が乗せられてゆく。
「できましたよ。目を開けてください」
化粧師の声に合わせ、ベアトリスはゆっくりと目を開ける。ベアトリスの顔をじっと覗き込んでいた化粧師は、にっこりと微笑んだ。
「とてもお綺麗でございます。さすがはアルフレッド殿下の寵愛する美姫にございます」
寵愛する美姫ではなくてお飾り側妃です、とは言えず、ベアトリスは曖昧に微笑む。しかし、大きな鏡の中の自分を見て動きを止めた。
「……これ、誰?」
鏡の前には、目を見張るような美女がいた。
ぱっちりとした目元、ほんのりと色づいた頬、艶々とした口元。
頭に乗せられたのはダイヤのちりばめられた白金のティアラ、首元にはドロップ型にカットされた大粒のダイヤが飾られ、耳にも同じくドロップ型にカットされたダイヤが輝いている。
最上級のシルクを使った薄紫色のドレスは幾重にもドレープが重なる豪奢なもので、裾や袖には美しいレースがふんだんに使われていた。
トントントンと部屋をノックする音がした。
カチャリとドアが開き、顔を覗かせたのはアルフレッドだ。アルフレッドはベアトリスを見て驚いたように目を見開き、ふっと笑う。
(今、絶対にいつもと全然違うって思ったわよね?)
最初の驚いた顔に、そう書いてあった。間違いない。
アルフレッドはベアトリスのもとに歩み寄ると、ベアトリスの手を取った。
「ベアティ、よく似合っている。綺麗だ」