◆ 第四章 お飾り側妃は寵妃を演じる(4)
「あの、殿下……。これはいくらなんでもやり過ぎでは?」
(今この瞬間、世界で一番豪華な衣裳を纏っているのはわたくしなのでは!?)
自意識過剰でもなんでもなく、ベアトリスはそう思った。
「何を言う。愛する妃をお披露目だ。ベアティは愛らしいから、いくらでも着飾らせていたいんだ」
アルフレッドはベアトリスの着ているドレスと同じ薄紫色の瞳でこちらを見つめ、甘く蕩けるような笑みを浮かべる。そして、周囲の目も憚らずにベアトリスに顔を寄せた。
「とても綺麗だ」
耳元に吹き込むように囁かれ、ベアトリスの顔は耳まで紅潮する。
「……っ、ありがとうございます」
そんな風に甘い態度を取られると、どぎまぎしてしまう。ベアトリスは言葉に詰まりながらも、お礼を言う。
(悔しいけど、かっこいいわ。ドキドキしちゃったじゃない!)
アルフレッドはとても凜々しく整った容姿をしている。
今日着ているグレーのフロックコートは襟や袖の部分に銀色の装飾が入った豪奢な一着で、首元には青色のブローチが付いている。そのせいなのか、いつもにまして煌びやかで輝いて見えた。
「照れているのか? 俺のベアティは本当に可愛いな」
アルフレッドは赤く色づくベアトリスの頬に手を添えると、その肌を愛しげに親指でなぞる。唇のすぐ横の辺り、ぎりぎり頬といえる部分に柔らかいものが触れた。
「ちょっ!」
抗議しようとしたベアトリスの声は、周囲にいる侍女達の「まぁ」と色めき立つ声にかき消える。皆、こちらを見て一様に頬を赤らめていた。
「さあ、行こうか。ベアティ」
「はい、殿下」
優しく手を取られ、ベアトリスは立ち上がる。
「行ってらっしゃいませ」
侍女達が一斉に頭を下げ、ふたりを見送った。
背後の扉が静かに閉められると、ベアトリスは横をキッと睨む。
「殿下! やり過ぎです!」
「何が?」
ベアトリスの抗議に、アルフレッドは小首を傾げる。
「周囲に人がたくさんいる中、あんな……」
侍女達の衆人環視の中で唇ぎりぎりの場所にキスをされたことを思い出し、ベアトリスの頬がまた紅潮する。
「周囲には、〝仲睦まじい新婚夫婦〟と思わせておいたほうが何かと都合がいい。なにせ、夜だけでなく昼もずっと横に侍らせているのだからな」
「確かにそうですが──」
ベアトリスは口ごもる。
「安心しろ。お前が綺麗だというのは、本当だ」
「はあ、そうでございますか」
死んだような目をするベアトリスを見て、アルフレッドはくくっと肩を揺らした。
「さあ、行くぞ」
「はい」
アルフレッドにエスコートされ、ベアトリスはゆっくりと歩き始める。
会場に入ると、歓談していた貴族達が一斉にこちらに注目した。
「ごきげんよう、アルフレッド殿下」
「ごきげんよう、ベアトリス妃殿下」
一歩踏み出すたびに、次から次へと皆が頭を垂れて挨拶をする。
偽りの側妃だと見抜かれるのではないかとひやひやしながら愛想笑いを浮かべるベアトリスに対し、アルフレッドは慣れたもので、堂々とした態度だった。
「ベアティ」
「はい?」
名前を呼ばれ、ベアトリスは横に立つアルフレッドを見上げる。
「踊るぞ」