◆ 第五章 お飾り側妃、危機迫る(14)
「……あなたがやったの?」
「何をですか?」
「二人の婚約者候補よ! 殿下にはこれまで三人の婚約者候補がいた。妹さん以外のふたりは、あなたが殺したのね?」
「ああ、あのふたり」
ランスは思い出したようにぽんと手を叩く。
「婚約者候補を辞退するようにとお勧めしたのですがご納得されなかったので、仕方がなかったのです」
「仕方がなかったって──」
自分の声が震えてくるのがわかった。
あまりに身勝手な言い分への怒りで、冷静でいるのが難しくなる。
「そんなこと、許されるわけがないでしょう!」
「許し? そんなものは必要ありませんよ。いずれ、時がくれば皆が私に感謝する。愚者が王妃に収まるのを未然に阻止したのですから称賛はされども批判される謂れはありません。それに、殿下は妹のものです。泥棒猫を野放しにするわけにはいきません」
ランスはにこりと微笑んだ。
(この人、狂っているわ)
恐怖で体が震えそうになるのを、ベアトリスは必死に叱咤する。
「アルフレッド殿下のもとを去るのは嫌だ、って言ったら?」
挑むようにランスを睨み付けると、ランスは肩を竦める。
「皆さんそう仰ります。仕方がありませんので、無理矢理にでもそうしていただくまでですね」
そこまで言うとランスは朗らかに笑う。
「安心してください。綺麗なままでご自宅にお戻ししますよ」
心底恐ろしさを感じた。こんなことを、笑いながら言うなんて。
(逃げなきゃ──)
ベアトリスは咄嗟に馬車のドアに手をかける。しかし、外を見て怖じ気づいた。道路はいつの間にか、崖沿いを走っていた。勢いよく走るこの馬車から飛び降りれば、ただでは済まないだろう。最悪この崖から転落して命を落とすだろう。
(指輪……)
ベアトリスは唇を噛む。
どうしてさっき、アルフレッドから贈られた指輪をランスに預けてしまったのだろう。防御術がかけられたあの指輪があれば、最悪の事態は避けられたかもしれないのに。
「馬車を止めて!」
「それはできません。ベアトリスさんには、できるだけ殿下から離れていただかなければなりませんから」
「……っ! 助けて!」
誰も助けに来てくれるわけはない。けれど、この声に御者が気付いて止めてくれれば。
そんな一縷の望みは、ランスにはお見通しだったようだ。
「無駄ですよ。この馬車は、我がブラットン侯爵家のものですから」
目の前が絶望に染まるのを感じた。
◇ ◇ ◇
ベアトリスの姿が見えないという知らせを受けたのは、セリーク公爵を含めたセリーク公爵令嬢とのお茶会の最中だった。
いわゆる〝深窓の令嬢〟であるセリーク公爵令嬢のレティシアは世間一般の評価通りの美人であり、所作も洗練されて美しい。
アルフレッドはつぶさにセリーク公爵と彼女を観察する。もしもセリーク公爵家がベアトリスへの不審な事件に関与しているのならば、なんらかのボロが出ないかと思ったのだ。