◆ 第五章 お飾り側妃、危機迫る(13)
「ランス様、今日はお心遣いありがとうございます」
「いえ、礼には及びません。最後ですし、好きなことを自由になさるのがよいかと」
(最後?)
その言い方に、引っかかりを覚えた。
「ランス様は錦鷹団を退団なさるのですか?」
「いいえ。今のところ、その予定はありませんが」
ランスは首を横に振る。
「そうですか」
最後というので、てっきり錦鷹団を去るのかと思ったけれど違ったらしい。
(じゃあ、最後ってどういう意味かしら?)
考えていると、ランスが口を開く。
「アルフレッド殿下に仕えるようになったのは、私がまだ十五歳の頃でした。あのときはまだ両親と妹も健在だった」
突然始まったランスの昔語りにやや唐突感を覚えながらも、ベアトリスは「へえ。長い付き合いなのですね」と相槌を打つ。
「ええ。アルフレッド殿下は私よりひとつ年下でしたが、年下とは思えないほど当時から聡明でした。周囲の状況に常に目を光らせ、判断も的確で早い。だから私は、妹が婚約者候補になったと聞いたとき本当に喜びました。幼いながらも妹はアルフレッド殿下を慕っていたし、アルフレッド殿下も妹を大切にしてくださっていました」
「え? 婚約者候補?」
今の話だと、ランスの亡くなった妹は元々アルフレッドの婚約者だったのだろうか?
たしか、アルフレッドには過去に三人の婚約者がいたはずだ。そして、その全員が不幸な事故で亡くなったと聞いたことがある。
(最初の婚約者候補は、ランス様の妹君だったのね)
ランスからも、彼にはベアトリスと歳頃が同じ妹がいたと聞いたことがあったと思い出す。
「……自慢の妹さんだったのですね」
ベアトリスはどう答えていいかわからず、無難な言葉を返す。
「ええ。本当に。美しくて、聡明で、優しくて自慢の妹だった。未来の王妃にふさわしいね」
「……ランス様?」
言い方に棘を感じ、ベアトリスは困惑する。
「殿下は妹が亡くなったとき、ひどくショックを受けた。そして、その後五年の間、婚約者を決めずにいた。なのに……二十歳になられたとき、そろそろ婚約者を決めたいなどと言い出した」
「それは仕方がないことではないでしょうか?」
アルフレッドは王太子だ。彼には、自分の次の王となる世継ぎを作る義務がある。それに、あまり妃を迎えるのが遅くなると政治的な紛争の種になりかねないのだ。
「仕方がない? とんでもない考えだ。殿下は独身を貫くべきです。なぜなら、殿下の隣に立つにふさわしい女性は私の妹しかいないのだから。彼女の亡き後、ほかの人間に代わりを務めることなどできません」
「それは──」
間違っているわ。
ベアトリスはそう思った。
ランスの妹は彼が言うとおり、きっととても素晴らしい女性だったのだろう。けれど、彼女が亡くなったからアルフレッドに独身を貫けというのは筋が違う。
「だから、ベアトリスさんもそろそろ殿下の前から消えてください。最近の殿下は、あなたのことを買い被っているきらいがある。このまま行くと、将来は正妃にするなどと言いかねない」
「え?」
「話は私がなんとか通しておきましょう。こんなのはどうですか? ある日突然殿下に見初められたベアトリスさんはなんとか側妃として頑張ってきたものの、段々と妃教育の重圧に耐えきれなくなった。ある日ぷっつりと緊張の糸が切れてしまい、身を引かせてほしいと行方をくらました──」
『消えてください』と言われ、頭が真っ白になった。そして、ずっと優しい青年だとしか思わなかった目の前の男性が急に恐ろしくなる。