「がんばって」とはいいたくない。
自分の意思表明としては最悪の選択
ちょっと話はそれるけど。「がんばります」という意思表明の言葉は、あまりにもあいまい。
信頼できない人ほど、がんばりますというあいまいな言葉で自分の意思だけを示して具体的な策については触れない。
がんばってに現状否定は含まれているのか?
「おい!。(がんばっているのか?)がんばれよぉ?」と、いわれたら…
相手の認識は、私はがんばっている状態ではなくがんばっている状態してほしいということだろう。
願望というか、がんばっている状態にしろよと批判の意図が明白です。
ありきたりな励ましの言葉と具体性がないことへの罪悪感
がんばってと言うことは、誰でもできる。
対象の潜在的可能性や、現状の動機付け、どのような効果をあげているかなどという部分を一切無視して、励ますことができると考えている。
なんて傲慢で、節操のない言葉だ。
こんな言葉を口にはしたくない。
と、思っていました。
他人が、誰かに「がんばって」と言っているときも違和感を感じていたのに。
取引先に、これから重要な案件をまとめにいく後輩へすれ違いざま、うっかり
「がんばってね」
なんて言ってしまった。口から出てしまって気づいた。
「ありがとうございます」
といってくれたものの。
恥ずかしい。自分の意識の低さにへこむ。
では、なんていえばいいのか。
いろいろ候補がないわけではない、
私自身、好きな人に「がんばって」といわれたら、きっとうれしいはず。応援してくれている、気にかけていくれていると思える。
しかし、何をいったかではなく誰にいわれたのかというレベルの話になってしまう。
「がんばって」について感じている違和感はそんなものではない。
軽い言葉なのだから、そんなこと気にしなくてもよいかもしれない。
そもそも励ましてあげられるなんて考えていること自体が思い違いなのかもしれない。
「いってらっしゃい」
とだけいえばよかったのか。妙に重い言葉で変にプレッシャーにかけたくもない。
今のところ答えは出ていない。