「高校無償化」によって高校サッカー界にも格差社会が到来か

2025年3月8日(土)18時0分 FOOTBALL TRIBE

高校サッカー 写真:Getty Images

今国会(第217回常会2025年1月24日から6月22日まで)で、石破内閣の目玉政策の1つだった「高校無償化(高校の授業料無償化)」について、自民・公明の与党両党と日本維新の会が合意した。早ければ今年度から実施されるという。


高校の授業料無償化については、今年4月から公立・私立を問わず一律に実施し、公立高では年間11万8,800円の就学支援金についても所得制限を撤廃。また、2026年4月からは私立高を対象に加算されている就学支援金の所得制限も撤廃され、私立の全国平均の授業料である45万7,000円に引き上げる見通し。併せて、低中所得世帯を対象に教材の費用などを支援する「奨学給付金」も拡充するとしている。


全国に先駆け、東京都と大阪府の独自政策として所得制限のない私立・公立高授業料の無償化がなされていたが、隣接の県や府から通う、いわゆる“越境入学者”は対象から外れ不公平を生んでいた。しかしこの政策によって、この不公平も撤廃される。


世界的に見ても驚異的なスピードで進む少子高齢化に歯止めを掛けようとするこの政策。しかしながら、これによってさらなる教育格差を生むと主張する教育学者がいるのも確かだ。実際、東京都や大阪府では、公立高の志望者が減少し定員割れするケースが続出。どのみち「無償」であれば、受験生とその保護者が公立高より私立高を選ぶのも自然な流れといえよう。


この流れはサッカー界にとって無関係ではない。強豪私立高サッカー部に有望株が殺到し、公立高では太刀打ちできない事態になる将来が予想されるからだ。ここでは高校無償化による、高校サッカー界への影響を考察する。




長谷部誠氏 写真:Getty Images

公立高が私立高に選手獲得面で後れを取る?


基本的には公立高は、部活動の強化を目的とした越境入学を認めていない。2022年、全国高校サッカー選手権優勝4回、準優勝3回を誇る名門の静岡県立藤枝東高校で、約25年にわたって複数の生徒が県外の自宅から通学していたことやサッカー部OB会が用意したアパートで一人暮らししている実態が明るみとなり、静岡県教育委員会が謝罪する事態となった。


藤枝東高は、元日本代表FW中山雅史(現アスルクラロ沼津監督)を筆頭に、浦和レッズ一筋の現役生活を送ったMF山田暢久(現ガナドールFCコーチ)、元日本代表主将のMF長谷部誠(現フランクフルトU-21アシスタントコーチ兼日本代表コーチングスタッフ)、元日本代表MF山田大記(現ジュビロ磐田クラブリレーションズオフィサー)、元U-20日本代表MF河井陽介(現J2カターレ富山)らを輩出している。


一方、越境入学の縛りがない強豪私立高サッカー部は、全国から有望選手を集めることが可能だ。入学金や授業料を免除した上、寮も完備した「特待生制度」をフル活用し強化を進めている。その中にはサッカー部員が3桁にも上る高校も珍しくない。


高校無償化は公立高にも私立高にも適用されるため、この私立高の特待生制度を使った勧誘が難しくなる。一見、条件は同じようにも思えるが、サッカー選手として少しでも高いレベルで競争したいという意思を持つ中学生が進路を選ぶ際、親の金銭的負担が同じなのであれば、強豪私立高サッカー部を選ぶのが自然なことだろう。


一方、前述の藤枝東高や、同じ静岡県立の清水東高校、静岡市立清水桜が丘高校(かつての清水商業高校)、さいたま市立浦和南高校、習志野市立習志野高校、船橋市立船橋高校、滋賀県立野洲高校、広島県立広島皆実高校など、全国高校サッカーを制したこともある公立の名門高にとっては、選手獲得の面において強豪私立高に後れを取ることになることが予想される。


高校サッカー 写真:Getty Images

練習環境においても差は開く一方に


さらに授業料の無償化によって、これまでは保護者が教育費に充てていた金銭的負担が減り、その分をサッカー関連の費用(遠征費や用具代など)に回すことも考えられる。


これにより、私立高サッカー部員のレベルアップや競技環境の向上が期待でき、さらなる強化に繋がるだろう。この現象は経済的に余裕のある家庭に偏る可能性もあり、低所得家庭に育った選手との格差が広がるリスクもあるのだ。


強豪私立高サッカー部にとっても、授業料無償化のメリットは大きい。学校内予算から捻出されるサッカー部活動に伴う費用の拡充が期待でき、用具や遠征費用の負担も軽減される可能性がある。これによって、より多くの生徒が経済的な心配がなくサッカーに打ち込める環境が整備されることに繋がるだろう。


加えて、学校の予算に余裕ができれば、より多くの指導者の確保や育成にも力を入れやすくなる。この結果、より質の高い指導を受けられる環境が整備され、さらなる競技レベルの向上という好ましいサイクルが期待できる。選手獲得のみならず、練習環境においても、私立高と公立高の差は開く一方となるのではないだろうか。




伊東純也 写真:Getty Images

競技レベルが上がる一方、多様性が失われる懸念も


高校無償化が育成の場に与える影響は、長期的にはJリーグや日本代表レベルにも波及する可能性もあるだろう。強豪私立高サッカー部がさらに強化されれば、高校年代での競技レベルが上がり、プロ選手輩出数が増えるのではないか。


しかし一方では、公立高や地方高にいる“隠れた才能”の発掘が減少し、「自宅から近い」という理由のみでサッカー界では無名に近い学校(神奈川県立逗葉高等学校、神奈川大学)に進んだ日本代表MF伊東純也(スタッド・ランス)のシンデレラストーリーのようなケースは減り、多様性が失われる懸念もある。


結論として高校無償化は、高校サッカー界の競技環境に大きな変動をもたらす可能性がある。特に強豪私立高サッカー部ではさらなる強化が進み、公立校との格差拡大が生まれるだろう。


サッカー少年やその保護者の経済的負担が軽減され、サッカーに注ぎ込む投資の増加というポジティブな側面が期待できるものの、新約聖書の一節で“マタイの法則”とも呼ばれる「富める者はますます富み、貧しき者は持っている物でさえ取り去られる」といった現象が現実となる格差社会が生まれる未来を危惧しないではいられないのだ。

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