4月14日〜18日、車に寝泊まりしながら福島と宮城を巡ってきた。きっかけはTwitterで震災後の自粛ブームについて語らっていたとき、宮城県白石市在住のしっとマスクさんに「船岡城址公園の花見に来てください」と誘われたことだ。現地の人がそう言うのなら自粛することはないだろう。あわせて福島の放射能汚染を自分なりに調べることにしたのだった。
個人取材のつもりではあるが、ボランティアとして働くわけでもなく、他人から見れば野次馬にすぎない。気安く被災地に行くべきでないのは百も承知だ。
しかし表現者のはしくれとして、今回の被災地はぜひこの目で見ておきたかった。阪神淡路大震災のときは、日帰りできる距離なのに、現地に入ったのは三年後だった。それでよかったのかもしれないが、ずっと後悔している。被災地を早期に見ていれば、その後の復興にもっと積極的になれたかもしれない。
本震から一か月以上がすぎて、内陸部のインフラはおおむね復旧し、物資の不足も解消してきている。これからは現地で消費して金を落としたほうがいいかもしれない。役立たずな自分が行くのを許せるほどにはなった、と判断したわけだった。
持参したガイガーカウンターは、秋月電子のキットにArduinoとLCDをつけて表示・統計機能をつけた自作品(白いやつ)と、ebayでウクライナのセラーから買ったロシア軍用DP-5V(緑のやつ)である。
報告として、こんな動画を投稿した。
測定地点は茨城県守谷SA、北茨城市中郷SA、いわき市小名浜、福島高専、四倉PA、広野町、差塩PA、阿武隈高原SA、郡山市富久山町、福島市信夫山、宮城県白石市、東松島市矢本PA、飯舘村臼石、浪江町赤宇木、浪江町津島。
測定というのもおこがましい、不完全な測定ばかりである。ちゃんとやるならポイントごとに数多くの測定をすべきだろう。プローブはビニール袋で包み、使い捨てにすべきだった。そもそも、きちんと校正した測定器を使うべきだ。
だが、そんな用意も時間もなかった。旅でスナップ写真を撮るように、ここはという場所で測っただけだ。興味は土壌汚染にあったので地面密着で測定した。文科省の発表している空間線量率と直接較べてはいけない。
私は学術的な調査というより、「見えない放射線を計器で探りながら、実景と重ねる旅」をしたのだった。萩尾望都『スターレッド』に五感を超えた感覚を持つ少女が登場するが、世界の認識は感覚器が変わると一変する。犬の嗅覚、コウモリの超音波、蝶の紫外線。各種の器械を使って赤外線や磁場、気候や生態系の観測を加えても見え方は大きく変わる。
五感に放射線のレイヤーを重ねた旅をしたら何が得られるだろう、というのがこの旅の真の目的になる。そこで得たことは、いずれ本業の中で表現したいと思う。
私は20年来の放射線オタクだから、放射能を持つものに忌避感がない。むしろ好んで線源を収集したり、放射線の強い場所に出かけていく。「放射線が細胞に当たるとガン化する」「口に入って内部被曝したらおしまいだ」などと過剰に恐れる人がいるが、人類は胎児のうちからおよそ毎分1万回のペースで自然放射線に被曝し続けている。政府が立ち入りを許している地域の汚染は日常の延長レベルだ。最も線量の大きかった浪江町のスポットでも、私の部屋に転がっている閃ウラン鉱標本表面の半分くらいでしかない。
とはいえ、一個の標本は50cmも遠ざければ検出不可能になるが、地域全体が汚染されている場合はそうではない。線源を光源とみなして、カメラで近づいたり遠ざかったりするところを想像してみよう。視野全体が光っていると、カメラを遠ざけてもトータルの光量は変わらない。それだけ広い範囲が視野に入るからだ。地面のβ線は1mも離れれば届かなくなるが、γ線は100m離れても届く。
そこで長く暮らすかどうかは難しい判断になる。飯舘村南部や浪江町は避難したほうがよさそうだが、福島や郡山はよくわからない。結論から言うと、低線量被曝の影響については人知が及んでいない。LNTモデルなどの仮説・仮定はあるが、批判もあって揺れている。みんながやきもきするのは当然だが、政府に正しい基準を決めてくれと迫るのは無理な話だ。わかっている人間は現在の地球上にいないのだから。
低線量被曝より何十倍も大きなリスクがあるとわかっている喫煙を、成人は任意に行える。飲酒や車の運転、登山もまたしかり。ところが放射能汚染については政府に強制してもらいたい人が多数派だ。これは強制というより「導きがほしい」ということなのだろう。だが菅直人を誰かにすげ替えても、あるいは自民党に政権を担わせても、せいぜい印象が変わるだけで、結局誰かが「えいやっ」と決めることになるだろう。その任を負わされた専門家が、先日涙ながらに辞任していった。そのつらさはよくわかる。
自己責任で決めろ、ということになったら、自分はどうするだろう?
今回の旅で、私は福島がすっかり気に入ってしまった。阿武隈高原のあたりが特にいい。福島の山は全体に険しさが少なく、どこでも歩いて入っていけそうな感じがある。信夫山から眺めた福島盆地も暖かみがあって良かった。気仙沼港や久之浜の海岸も美しい。人柄も良く、東北訛りも魅力的だ。
現在の私の認識だと、いわき、田村、郡山、福島市あたりなら、機会があれば喜んで移住するだろう。だが家族に妊婦や乳幼児がいたら、少し慎重になるかもしれない。自分が住もうとする地域のホットスポットをきめ細かく調べて判断するだろう。
政府や自治体は空間線量だけでなく、「子供が土にまみれて遊んだら?」という前提で草の根的な線量調査を実施し、除染作業をしてほしいと思う。
自分で測った結果をみても、客土はいい対策になりそうだ。ただし、放射能汚染は細く長く続いており、トータルではこれまで以上に汚染されるという悲観的な予想もある。いつ客土を始めるべきかは簡単には言えない。郡山市で始まった客土に政府が待ったをかけたのは、それが理由かもしれない。
実害がないのに福島県民を差別する動きがあるようだが、まったくもって愚かしいことだ。差別とはおそらく、惨めな状態の人を遠ざけようとする人類共通の性質であり、日本人が格別陰湿だったり蒙昧なわけではない。
まず本人が自分を差別しないことだ。リスクが算定できないほどの汚染で「自分たちは穢れてしまった」「もう子供が産めない、結婚できない」などと考えるのはやめよう。無知な人が偏見を持つとしても、そうでない賢明な人は必ずいる。今回の原発事故がなくたって、伴侶には賢明な人を選ばなければならないのだから、格別苦労が増えるわけではない。結婚や出産はどのみち勇気の要ることだ。
さて、野次馬するだけでは気が咎めるので、出発当日に収穫した夏みかんを福島高専の避難所に差し入れた。Twitterで知り合ったいわき市在住の水月彰さんに同行してもらい、大いに助かった。水月さんは段ボール箱入りの苺を差し入れた。
避難所は図書館の閲覧室があてがわれており、玄関ロビーに机を並べてスタッフが事務をしていた。役場の職員とボランティアが数名ずつ働いている。食料ほか物資は特に不自由していないが、入浴は週1回程度だという。バスで近くの温泉などにつれてゆくそうだ。
差し入れのみかんは受け取ってもらえたが、これは失敗だった。あとで宮城県の福祉系職員の人に聞いたところでは「夏みかんが一番困る」のだそうだ。食べやすいように切って配るのが大変だそうで。どうもすみませんでした>福島高専の避難所スタッフの方。
水月さんに聞いたところ、いわき市では311の本震より411の余震?のほうがきついぐらいだったという。復旧しかけたガスや水道が止まったりしたそうだ。他の人から4月7日の地震も同様にきつかったと聞いた。いずれも津波がなかったのでこちらでは強い印象がなく、ちょっと意外だった。
ガイガーカウンターを携えた福島の旅は、浪江町から田村市まで来たところで終わった。滝根町の星の村天文台を見舞おうと思って大野台長宅に電話したのがきっかけだった。
星の村天文台には10年近く前、秋山豊寛さんに連れられてお邪魔したことがある。大野さんは65cm望遠鏡を、まず白鳥座のくちばしにあるアルビレオに向けてくれた。アルビレオは肉眼ではただの白い星だが、望遠鏡では赤と青の重星に分かれ、宝石のように美しい。天体望遠鏡を持ってよかったとしみじみ思える対象だ。「そうかアルビレオから始めますか、さすが大野さんだなあ」と思ったものだった。そのあと大野さんは赤道儀の日周運動を止めて静止衛星を見せてくれた。36000km以上離れた人工天体が眼視できるとは驚きだった。
ウェブサイトでわかるとおり、星の村天文台の主力、65cm望遠鏡は床にめり込んだままで、復旧の目処は立っていない。天文台に行く道路も崩れていて、地元民しか知らない裏道を通るしかないという。だが大野さんはこの連休から星の村天文台を再オープンすると言った。ありあわせの小型望遠鏡で観望会を開くという。そして、安全確認のためガイガーカウンターがほしいのだが入手できなくて困っていると言われた。
大野さんの熱意にあてられて、私はDP-5Vを寄付することにした。郡山インターの出口で待ち合わせたところ、大野さんは息子さんの運転する車で現れて、お礼にビクセンの双眼鏡をいただいた。そちらのほうが高価で、わらしべ長者になってしまった。
当初は「無期限でお貸しします」とケチくさいことを言ったのだが、DP-5Vは一台8000円程度、送料込みでも12000円弱と安く、ウクライナの業者からもう一台買えたので、後から「差し上げますので心ゆくまで使い倒してください」とお伝えした。
天文台周辺は放射能汚染もごく少なく、夜空は透き通るように美しい。星の村天文台の完全復旧を願ってやまない。
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