長野県佐久市にある創業300余年の橘倉酒造。その一角に酒蔵を改装して作った世界初のホテルがある。1部屋2.5畳で、シャワーとトイレは共同。蔵人体験ができるプランは1泊2日で1人5万5000円~20万円と高額だが、打ち出すツアーに世界各地から申し込みが絶えない。この「酒蔵ホテル」の誕生には、一人の女性の奮闘があった。クラビトステイ代表の田澤麻里香さんに、フリーライター・ざこうじるいさんが取材した――。
1部屋2.5畳で1泊20万円が即完売の「酒蔵ホテル」
「どうして男性はいつでも父親になれるのに、女性は二者択一を迫られるんだろう」
そう語気を強めるのは、田澤麻里香さん(38)。ピンクに染められたポップな髪色と、黒い法被のコントラストが目を引く。
かつて蔵人たちが酒造りのために寝泊まりした築100年の建物をリノベーションし、本格的な酒造りを体験できる世界初の酒蔵ホテル「KURABITO STAY(クラビトステイ)」を創業した人物だ。
舞台となる酒蔵は、長野県佐久市で創業300余年の歴史を紡いできた橘倉酒造。周囲に田園風景が広がるのどかな商店街の一角に位置する。
蔵人体験は2泊3日で1人8万9800円。1部屋わずか2.5畳、シャワーもトイレも共同という決してゴージャスな設備ではない。オープンは週末のみ。それでも、ここでしかできない体験を求めて世界各地から訪れるゲストが後を絶たない。
直近で蔵人体験を予約できるのは3カ月先。年に1、2回開催するリピーター限定ツアーの中には1泊2日で1人およそ20万円と高額のものもあるが、毎回即完売である。予約はすべて自社サイトからの直販だ。
「先週末はグアテマラのお客様が来てくださって28カ国になりました。今週末は香港のお客様の貸し切りです。来週デンマークのお客様がいらっしゃれば、29カ国目です」
これまで訪れたゲストの出身国を楽しげに数える笑顔の裏で、女性としてやり場のない怒りを感じてきた。
就職活動では「どうせ結婚してやめちゃうんでしょ」と心無い言葉を浴びせられ、キャリアを積んでも妊娠を機に会社に居場所がなくなった。
田澤さんの思いは、冒頭の言葉に凝縮される。
一度はキャリアを閉ざされた田澤さんが、いかにして自分の道を切り開いたのか。その軌跡をたどる。