こんにちは。中年になって蕎麦のおいしさがわかってきたココロ社です。
今回は別世界の蕎麦の話をさせていただきます。
写真は深大寺近くに植えてある蕎麦の花。
(このあとずっと茶色っぽい写真になるので……)
「蕎麦=日本」という固定観念から自由になる
蕎麦切り(注:蕎麦の実を麺にしたもの。蕎麦の実と区別するため以後は「蕎麦切り」と呼ぶ)といえば、お寿司や天ぷらにつぐ、日本を代表する料理である。そのことに疑問を持つ人はいないだろう。蕎麦切りをすすって甘い香りを感じ、日本に生まれてよかったと思っている人もいると思う。しかし、蕎麦の実を食べるという行為についてはどうだろう。蕎麦の実は日本ではなく、中国が原産で、アジア~ヨーロッパに伝播していて、粉にしたものを水に溶いて焼いたり、実をそのまま茹でてお粥にするなどして食べられてきた。現代においても、蕎麦粉の消費量のトップは日本ではなくロシアである。
わたしたちが口にする蕎麦切りは、意外に新しく、江戸時代から作られるようになった。それまでは蕎麦がきや、水で溶いたものを焼くなどの原始的な食べ方が主流で、米の収穫が少なかったときの補助的な作物という位置づけだった。粋な食べ物とされたのは、ずっとあとのことである。
「蕎麦=蕎麦切り=日本」と思いがちだが、蕎麦にはもっと多様な味があるに違いないのだ。蕎麦切り以外の蕎麦はどのように作られ、楽しまれていたのか……その謎を解くため、取材班(実際はわたしひとりだが班みたいに言いたい)は笹塚のガレット専門店「メゾン・ブルトンヌ・ガレット屋」へと急行した。
ガレットは、フランス料理。蕎麦粉以外の粉を用いることもあるが、ブルターニュ地方発祥で、蕎麦粉を使ったクレープのような焼きもの。むしろ、歴史的にはクレープのルーツにあたるのがガレットなのである。
江戸っ子流の、蕎麦切りにつゆを少しだけつけて食べる食べ方は、素材の味に重点を置いている。いっぽうで、フランス料理はというと、「素材の味」というよりも、「味付けに工夫を凝らす」というイメージが強い。同じ蕎麦粉を使っていても、正反対の魅力があるに違いない、と予想している。わたし自身、ガレットを食べたことはあるのだが、どこかでデザートとしていただいたという記憶があり、主食としていただいたことはなかったし、記憶自体も曖昧になっている。どんな味がするのだろうか……。
お店はカウンターが充実しており、孤独な味の探究者にも優しい
前置きが長くなってしまって申し訳ない。ここからはお店「メゾン・ブルトンヌ・ガレット屋」の話。こちらのお店のランチタイムは11時から。人気のあるお店なので、ランチタイムの開始とともに伺った。
※店舗は新型コロナウイルス感染症対策を実施しており、取材も対策を講じた上で実施しました。
カウンターに案内していただいた。ひとりでも訪問しやすい。
ドアの外は昭和っぽさが残る笹塚十号通り商店街で、不思議な気分である。
正面には丁寧に書かれた黒板があり、楽しすぎて目が泳いでしまう。
お好みでトッピングができるようなのだが、ガレット初心者ゆえ、何が「お好み」なのか自分で自分のことがわからないので次回以降にしよう。右側は魅惑のデザート。
アラカルトの他に、「ガレット屋のブランチ」「よくばりブランチ」がある。「ガレット屋のブランチ」(1,750円)でもガレットの王道は満喫できる……が、ガレットをたしかめたいと思って来たわたしにとっては「よくばりブランチ」&デザートの組み合わせ(2,500円)以外の選択肢はなかった。
「よくばりブランチ」の場合、ガレットはアラカルトで供しているものから好きなものを選べる。
こういうとき、値段が書いてあると、「高いもの=お得」と思って注文してしまいがちだが、今日はガレットをたしかめにきたのだから、お得かどうかは脇に置いて心の声に従うことにする。
―迷った結果、「ブロッセリアンド」をお願いした。半熟の目玉焼き・グリュイエールチーズ・きのこのソテー・グリルベーコンがのっている。ガレットは、パスタやご飯のような位置づけであると考えると、上にのってくる具は濃い味付けの、おかずらしいものである方がよいに違いないと思った。
最初にポタージュが来る。2種類供され、何のポタージュかはそのときのお楽しみ。
この日はキャベツのポタージュとにんじんだった。キャベツのポタージュを飲んだことがなかったのだが、にんじんのポタージュと交互に味わうと、キャベツって根菜だったっけ……と思ってしまうような力強い味わいだった。この時点でかなり満足したのだが、このあとガレットが来る。
ポタージュを飲み干し、ほどなくして本体が登場。
写真で見るとおしゃれなブランチに見えるが、強烈に食欲をそそる香りがする。ピザを強烈に香ばしくした香り……とでも言おうか。
生地のアップの写真を掲載させていただく。
この写真から香ばしさを感じることができると思うけれども、まさに種実を食べていると実感する香ばしさだった。
小麦粉を焼いたものも香ばしいが、たとえばお好み焼きやたこ焼きはソースという、香ばしさのある調味料によって補強されている。しかし、ガレットはソースなしでもそれ自体が香ばしい。日本の蕎麦切りの食べ方に慣れていると、粋というイメージが強いが、その対極の、ワイルドな焼き物の味がする。
また、生地は畳んであるが、実はすばらしい面積なのである。「フランス料理=量が少ない」というイメージがあるが、炭水化物大好きマンも納得。
最後にデザートとしてガレットをつけることも可能。当然のことながら、甘いガレットも体験しておきたいという気持ちになり、もっともシンプルなバターと砂糖のガレットを選んだ。
ガレットと向き合っているビジュアルが締めくくりにふさわしい。
シンプルの極みで美しい……。
砂糖とバター……クレープでは成立しないシンプルなガレットだが、焼き菓子の「焼き」のおいしさがクローズアップされていて感動した。
ちなみに夜のフレンチおばんざいも最高だった
なお、このお店、2年前から、夜は同じお店で別のコンセプトの「ビストロ・デコ」になったとのこと。夜はガレットは提供しておらず、昼と夜とは別のシェフが手がけていて、「フレンチおばんざい」を供してくれる。
たしかにカウンターで気軽に食べられるこの店構えは「おばんざい」にフィットするに違いない……と気になり、改めて行ってきた。
お肉の冷菜の盛り合わせ。お酒は飲まないし、こういうときに炭水化物が脇にあったらモリモリ食べられていいと思ったのだが、栗のバター炒めを頼んでみて、つけあわせとしていただいた。
栗はさつまいもよりも糖質が多いのだが、季節を感じられる炭水化物って最高……。
フォークもナイフもあるが、おばんざい気分にしたくて、お箸でいただいた。
お店のメインはココットの料理。
「海のココット鍋 サフラン風味」をお願いしたのだが、下で銀色に輝いているのは太刀魚。フレンチでご対面するのは初めてだったのだけれど、ふわふわした身がソースでがしっかり味付けされていて、すてきだった。ソースを残すときのこリゾットにできたりもするのだが、おいしすぎてソースは全部いただいてしまった……。
最後にフォアグラと柿のローストをお願いしたのだが、数日はこれで頭がいっぱいになるくらいおいしかった。
柿と姫りんごを焼いたのとフォアグラを合わせて食べると最高。柿を焼いたのを食べたことがなかったが、とろとろになっていて驚いた。
季節が感じられるメニューが多く、冬のメニューがどうなるか楽しみ。
やはり昼に行ってよかったお店は夜に行ってもいい……と改めて実感したのだった。
ずいぶんと横道にそれてしまったが、シンプルなはずのガレットも、このお店のたしかなセンスと技術によってすばらしい味になっているのだとの確信に至った晩ごはんだった。
ガレットをいただくことで、蕎麦粉の今までにない魅力を感じることができて、貴重な体験だったし、個人的には蕎麦観を一新する事件だった。
これから立ち食い蕎麦屋などで蕎麦切りを食べたとき、「キミは焼いたら焼いたで全然違う魅力があるんだよね……」と思いながら啜ってしまうことだろう。
紹介したお店
著者プロフィール
著者 ココロ社
ライター。主著は『マイナス思考法講座』『忍耐力養成ドリル』『モテる小説』。ブログ「ココロ社」も運営中。
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