娯楽作品には、その時代の価値観が色濃く反映される。たとえば19世紀末、世界は急速な工業化を果たし、自然科学的な思想が広まった。宗教は力を失っていき、1885年にニーチェは「神は死んだ」と宣言する。神の創造物たる人類は、自分たちの創造主を倒してしまった。1818年に小説『フランケンシュタイン』が発表されたのは示唆的だ。科学者が人造人間(Creature)に復讐される――つまり「創造主が自らの創造物に襲われる」というストーリーだった。※1
では、現在の娯楽作品はどうだろう。
現在、娯楽といえばビデオゲームだ。かつてファミコンは子供のおもちゃだったが、いまでは大人たちの余暇に豊かな経験を与えてくれる存在へと成長した。映画や小説、アメコミ、マンガ――様々な作品たちの影響を受けながら、ビデオゲームは娯楽の王者として君臨している。
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そして現在のゲーム――とくにシナリオを重視したアクションゲーム、RPG、FPS等では、「ダークナイト的な価値観」が共通している。たとえば『Assassin’s Creed』シリーズでは、以下の言葉がシナリオの屋台骨となって、繰り返し登場する。
We work in the dark to serve the light. We are Assassins. Nothing is true, everything is permitted.
(闇に生き、光に奉仕する。其は我らなり。真実はなく、許されざることはない)※2
映画『ダークナイト』で描かれた「闇の騎士」という発想にそっくりだ。
こうした「正義の汚さ」や「何が正義か分からなくなる」という価値観は、ゼロ年代後半のゲームでは非常にしばしば登場する。『Assassin’s Creed』の第一作が発売されたのは2007年11月であり、一方、映画『ダークナイト』の公開は2008年7月、後発だ。つまり『ダークナイト』は他の娯楽作品たちに影響を与えたのではなく、むしろ、この時代に流れていた価値観の“総まとめ”だったと言えるだろう。
1.ゲームのシナリオと世相
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時代をファミコンの頃まで戻すと、当時は「強大な悪を倒す」という物語が当たり前のものとして描かれていた。たとえば『ドラゴンクエスト』では、主人公たち“勇者”は何一つ陰りのない存在だった。しかし“魔王”の軍勢からすれば主人公たち“勇者”のほうが侵略者であり、“魔物”という国民を虐殺する存在だ。ところが、『ドラゴンクエスト』の発売された1980年代には、人々は「強大な悪を倒す」という物語に何の疑問も抱かなかった。
当時の世界情勢に目を向ければ、冷戦時代の末期だ。
ソビエトはグラスノスチに取り組み、中国は市場開放を進めていた。一方、西側諸国ではサッチャー、レーガン、中曽根が新保守主義的な政策を展開した。60年代、70年代には「巨悪」として描かれた東側勢力が、今まさに膝を折ろうとしていた時代だった。
80年代の娯楽作品を語るなら、『スターウォーズ』は避けて通れない。70年代末から80年代初頭にかけて公開された3部作は、アメリカの(ひいては西側諸国の)神話になった。悪の帝国を若きヒーローが打ち倒す物語だ。
また初期のアドベンチャー・ゲームには『指輪物語』や『クトゥルフ神話』をベースにしたものが多かった。これらのファンタジー小説では“絶対的な邪悪”が描かれる。サウロンやクトゥルフが「邪悪な存在」であることに理由は要らない。そういう「絶対悪」を倒すというゲームの影響を受けながら、『ドラゴンクエスト』は作られた。
勇者様、万歳!という時代だったのだ。
なお、80年代以降、日本は世界のゲーム業界を牽引していく。その遠因には1985年のプラザ合意があるのではないか……と、私は考えている。プラザ合意にともなう急激な円高により、日本人の購買力は急激に高まった。食品や日用品が安くなったことで、ゲームに“ムダ使い”するほどの余裕が生まれた。同年に発売された『スーパーマリオブラザーズ』は空前のヒットとなり、世界でいちばん売れたゲームとしてギネスブックに載っている。『ドラゴンクエスト』は第1作目が1986年3月、第2作目が1987年6月、傑作と名高い第3作目は1988年2月だ。もちろん作品自体がすばらしかったのは間違いない。が、それを楽しめるほどの経済的余裕が日本人に生まれていたのだ。バブル景気の後押しを受けて日本のゲーム業界は成熟していき、バブル崩壊後は自動車やゴルフに代わる格安の娯楽として定着していった。
また日本製のゲームで欠かすことができないのは「成長を重んじる」という価値観だ。『ドラゴンクエスト』シリーズをはじめ、日本のRPGでは「少年の成長譚」が描かれることが多い。
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たとえばシナリオの面から『ポケットモンスター(初代・1996年2月発売)』を考えると、既存のRPGから「成長譚」の部分だけをうまく抽出しているのが分かる。戦闘を「正義と悪の衝突」ではなく、ポケモンバトルという一種のスポーツにしたことで、それまでのRPGが避けられなかった「善/悪の戦い」というシナリオを回避した。ロケット団のリーダー“サカキ”は主人公の父親ではないか……という都市伝説がまことしやかに語られていたのは、初代ポケモンが「成長譚」だったからだ。少年にとって究極の成長とは、父親を超えることである。
「強大な悪との戦い」そして「成長譚」
これらが80年代〜90年代のゲームに共通する価値観だった。
2.現代の価値観とゲームシナリオ
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ゼロ年代のゲーム史を語るうえでプレイステーション2(PS2)の存在は外せない。2000年2月の発売以来、累計出荷台数は1億5000万台を超えている。史上もっとも成功したゲーム機と言っていいだろう。2001年にはゲームキューブやXBOXなどのライバル機が登場するが、結局はPS2の一人勝ちだった。この“次世代ハード戦争”の時代には、現在にも続く様々なアイディア、技術、作品が生み出されていった。
一方、世界情勢はまさに“戦争の時代”だった。
2001年9月11日、米国同時多発テロ。翌10月にアメリカを中心とした連合軍がアフガニスタンに侵攻する。日本では2002年9月に北朝鮮との首脳会談を行い、拉致問題を進展させた。反面、国内のナショナリズムがにわかに活気づいた。2003年3月イラク戦争勃発、世界中の軍事力が中東に集結した。また民間軍事企業(PMC)が注目を集めるようになったのもこの頃だ。※3
ゼロ年代の前半は、世界的に血の気の多い時代だった。
2004年9月、パウエル国務長官が「イラクで大量破壊兵器は見つからないだろう」と発言する。アメリカの「正義」が大義を失った瞬間だ。
このパウエル発言から現在に至るまで、世界は「何が正義か分からない」という価値観に塗りつぶされた。ゼロ年代の後半を特徴づける「ダークナイト的な価値観」は、ここから始まった。
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ゲーム業界ではゼロ年代の後半に何があったか:次世代ハード戦争が再燃していた。
ゼロ年代の前半では勝利を収めたPS2だが、2005年12月のXbox360発売により事態が変わる。2006年11月PS3発売、同12月Wii発売。次世代ハードは一概にどれが勝利したとはいえない状況になっていく。この時代のゲーム機はどれも“映画並み”と評される高い表現力を持っていた。ビデオゲームが大人向けの娯楽として耐えうるものになった反面、ソフトの開発費もハリウッドの大作映画並みに高騰してしまった。
ビデオゲームに映画的な演出を盛り込むのは、(ファイナルファンタジー・シリーズのように)かねてから行われてきた。ゼロ年代の半ば、PS2の末期には映像としても“映画的な演出”が充実してくる。2004年6月『サイレントヒル4 THE ROOM』、同12月『メタルギア・ソリッド3:スネークイーター』、2005年1月『バイオハザード4』等々……。ビデオゲームが映画を超えようとしている時代だった。
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ゼロ年代の末になると(先述の『Assassin’s Creed』のように)「ダークナイト的な価値観」が明白に描かれるようになる。その前段階として、オープンワールド系ゲームの台頭を指摘しておきたい。
2004年9月発売の『フェイブル』、2006年3月発売の『オブリビオン』など、「主人公が正義の味方にも極悪人にもなれる」タイプのRPGが人気を集めた。1997年の『グランド・セフト・オート』を源流とするゲームが、より広いプレイヤーたちからの支持を獲得した。
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また同時に、北米や日本以外のゲーム会社が力を伸ばしたことも「ダークナイト的な価値観」の広がりに関係しているかもしれない。ヨーロッパや旧東側諸国のクリエイターたちは、「超大国アメリカの正義」という価値観に必ずしも染まっていないからだ。
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たとえば2007年3月に発売された『S.T.A.L.K.E.R. SHADOW OF CHERNOBYL』はウクライナのGSC Game World社が開発し、世界に衝撃を与えた。チェルノブイリ発電所が2006年に謎の爆発を起こし、周辺で超常現象が起きるようになった……という設定のゲームで、記憶喪失の主人公が自分の過去とチェルノブイリの秘密を明らかにするために冒険するというストーリー。単純な勧善懲悪の物語にはなっていない。
また同11月には『Assassin’s Creed』の第1作目が発売される。開発元のユービーアイ・ソフトはフランスの企業だ。第1作目では12世紀の十字軍が「敵役」として登場し、第2作目・3作目では15世紀のローマ教皇が悪役に選ばれている。第4作目ではビザンツ帝国が悪役として登場した。いずれもアメリカ帝国に対する皮肉だと解釈できる。
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2007年12月、歴史的な傑作『Call of Duty 4: Modern Warfare』が発売される。
戦争映画は、生々しい戦場を観客に見せることをウリにしていた。このゲームでは戦場を見せるだけでなく、生々しく体験できるように作られている。シナリオも演出も飛びぬけており、この作品でゲームはついに映画を超えた。
『Call of Duty 4: Modern Warfare』のシナリオは、パッと見ると「名もなき兵士が英雄になる」という従来のアメリカニズムを踏襲したものに思える。ゲームの序盤では「果物を殺すのが上手い」と揶揄された主人公が、やがて敵の親玉を討ち、戦争を終結させる人物へと成長していく。
ところが、主人公が「英雄」として称賛されるわけではない。彼の戦いは、あくまでも歴史の裏側の出来事なのだ。またプレイヤーは、ゲーム中に何度も「死」を体験する。大切な仲間も次々に死んでいく。これだけの犠牲を払う価値がこの戦いにあるのか?という疑問をプレイヤーに抱かせるシナリオなのだ。『Call of Duty 4: Modern Warfare』は戦争を娯楽化したゲームではない。むしろ強烈な反戦メッセージを放っている作品だ。
そしてゼロ年代後半に流れていた価値観の“総まとめ”として、映画『ダークナイト』が公開された。
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3.まとめ
ゲームのシナリオと時代の世相を比較する場合、70年代末の『スターウォーズ』まで遡る必要がある。当時は冷戦時代の末期であり、世界は「巨大な悪を倒す」という物語に心を奪われていた。またUltimaやWizardryは指輪物語やクトゥルフ神話を――絶対悪の登場する物語をベースにしており、それらを参考にして作られた『ドラゴンクエスト』が悪の討伐を主眼としたストーリーになるのは当然だった。
日本経済の絶頂期にあわせるように、日本は世界のゲーム業界を牽引する存在になった。また日本のゲームでは「成長」が重要な価値観になっていった。
現在の「ダークナイト的な価値観」は、2004年9月のパウエル発言をきっかけに広まっていった。アメリカは戦争の大義を失い、「絶対的な悪を倒す」という物語が力を持たなくなった。「正義」は狂気と紙一重であり、立場が違えば「悪」にもなりうる。そういう価値観を世界の人々は認識するようになった。
それを反映するかのように、ビデオゲームではまずオープンワールド系のRPGが市民権を獲得した。「正義にも悪にもなれる」というゲームが受け入れられた。そしてヨーロッパや旧東側のメーカーが優れた作品を送り出すようになり、ゲームのシナリオからアメリカニズムを追い払った。システム、演出、ストーリー……。あらゆる面でビデオゲームは進歩をとげ、ついに映画を超えた。大人がプレイするに足りる“深さ”を手に入れた。
とくに『Call of Duty 4: Modern Warfare』は、すべての現代人が経験するべきゲームだろう。
これからのビデオゲームでは、2012年10月30日発売予定の『Assassin’s Creed 3』が注目に値する。物語の舞台は18世紀後半、独立戦争時代のアメリカだ。主人公は先住民モホーク族の青年で、歴史の目撃者となる。ジョージ・ワシントン、ベンジャミン・フランクリン、チャールズ・リーなどの歴史上の重要人物も登場するらしい。このシリーズでは、旧来のアメリカを皮肉るようなストーリーが語られてきた。フランスの制作会社がどのように「アメリカの成立」を描くのか。現代の価値観の変遷という視点からも目が離せない。
長々と書いてきたが、要するに
私は『Assassin’s Creed』シリーズの大ファンなのだ。
※一行で説明終わった。5,000字も書く必要なかった……。
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(※1)この「自らの創造物に復讐される」という恐怖は「フランケンシュタイン・コンプレックス」と名付けられ、1968年の『2001年:宇宙の旅』など後世の作品に受け継がれていった。
(※2)印象的な「Nothing is true, everything is permitted」という文句は、1938年の小説『Alamut』のキャッチコピーだ。著者はスロベニア系イタリア人のVladimir Bartol。11世紀の中東を舞台とした暗殺教団の物語で、ゲーム『アサシン・クリード』はこの小説からたくさんの着想を得ている。
(※3)民間軍事企業そのものは以前から存在していた。冷戦終結後の世界的な軍縮によって大量の退役軍人が生み出され、第三世界などの紛争地帯で活躍するようになった。世界初のPMCは南アフリカで1989年に設立されたエグゼクティブ・アウトカムズ社だとされている。彼らはアンゴラやシエラレオネの内戦で実績を伸ばした。