「お醤油、貸して」が息づく街・谷中に教わりました。「頼り合える社会」が当たり前にあるカッコよさ【その街に住む理由になるお店】

インタビューと文章: くいしん 写真:藤原慶

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街には、そこに住む理由になる飲食店がある。そんな飲食店は、不思議なほど街がもつ特徴や色合いを具現化している。店を営む店主の目を通して、街の魅力に触れてみるのが本連載【その街に住む理由になるお店】です。


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東京、谷中。

多くの寺や谷中墓地など、歴史と伝統を感じさせる穏やかな空気を守りながら、一方で若者が何かを表現できる余白もしっかりと残す街です。

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そんな谷中で、大正時代に建てられた古民家を改装し、谷中で暮らす人々と訪れる人の関わりを大切にしようとするカフェがあります。

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「散ポタカフェ のんびりや」。黒電話や古時計など、レトロな骨董品が飾られた店内で、女将のmoshaさん自慢の日本酒を堪能することができます。

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moshaさんと夫のきんちゃんがつくり上げるのんびりやは、開けっ広げ。いつも、通りに向かって開いています。軒下にはいつも人が集まり、店前のベンチに腰掛けたりしながら、各々の時間を過ごしています。

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「日本文化つまみぐい」をテーマに、谷中の日常生活や伝統文化を紹介していくイベント「谷中初音まつり」を企画したり、店内でワークショップなども行ったりしているmoshaさんは、谷中に住む人たちの娘さん役になったり、お姉さん役になったりしているんだとか。

のんびりやを通して、若い家族、外国人、大学教授や医療従事者など、谷中に暮らす人たち同士をつなぐ役割を、意識しているのです。

moshaさんがお店の創業時から願うのは、文化を育む街「谷中」をこれからもつないでいくこと――。

「街で暮らす」を実現する、のんびりや

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――  のんびりやに来る人とは、どんなことを話すことが多いですか?

mosha:若い人は、「街に住む」ことに興味があるみたいで。よく質問されます。地域とも隣人ともつながりが必要ない賃貸住宅に住んできた方も多いようで、興味はあるけど、「そもそもどうやって、コミュニティに入っていけばいいのか……」なんて話はよく聞きますね。

――  一方で谷中の魅力は「街の中でみんなが関わりあって暮らしている感じ」という気もしています。

mosha:そうだと思います。回覧板がちゃんと回っているのは、町会がしっかりしている証拠。だからお互い顔なじみになって、「お神輿、担がない?」とか「節分の豆まきするから来ない?」とか声がかかる。私たちみたいに地元で商売をしている人は、そういう窓口なんです。なので興味を持ったら気軽に「私もやりたい」って声をかけてくれれば。

町会がちゃんと回っていると街でしっかり生活している人がいるので、わからないことも「おいで、おいで」と手招きして教えてもらえるんですよ。私たちのんびりやは、それを知らない若い人と街の人をつなぐ役割も担っていると思います。

――  谷中の暮らしやすさは、どういうところでしょうか?

mosha:なにか足りなかったり助けて欲しかったりするとき、気軽に頼めることかな。普段から、「醤油、貸して!」「荷物運びにひとり来て!」みたいな会話をしているし、人の交流が生まれやすい街。

――  精神的な距離が近いということですかね。

mosha:だから大変、ってこともありますけどね。駅に向かうだけで知り合いに会いすぎて、予定の電車に乗れないとか。良くも悪くも、立ち話が長い街なんです。でも谷中には、裏道があるんですよ。急いでいるときなんかは、そこを抜け道にすることもできます(笑)。

30歳、求めたのは「スパイス」と「社会との関わり」

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▲のんびりやの日本酒は、地域の“風土をかんじる”ような地酒ばかり。富士山のおちょこでいただきます

――  お店を始めるのに谷中を選んだ理由は何かありますか?

mosha:地元は谷中の徒歩圏内、日暮里なんです。なので谷中も地元のようなもので。小学校まではこの辺で過ごしていたけど、中学から千葉に通うことになって、そこから地元は帰って寝るだけの場所になりました。高校も千葉、大学は国分寺方面にある美大に通っていたので。

だけど20代後半で、母が病気になって。そこからは、家と病院の生活に一変。数年経って母を看取ったんですけど、そうしたら何もやることがなくなりました。社会と分断された気もしてしまって……そんなころ、ふと地元のカレー屋に入ったんです。

――  カレー屋?

mosha:本当にふと入ったんですけど、お腹にはスパイス、精神的にはコミュニケーションを取りに行かないといけないと思ったんじゃないかと。

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mosha:お店に入ったら、「なんだか懐かしいな」って感じて。通っているうちにそこの店員さんが、「谷中に、築100年の古民家を改装して、週一だけやっている面白いお店がある」と教えてくれ、行ってみて出会ったのが現在の夫です。

夫はそのバーに料理番として毎週入っていて、同じ物件のテナントが世代交代するタイミングで、私もその一部屋を借りてアロマセラピーの事務所を開業しようとしていたんです。それで自然と一緒にいる時間が増えて、ふたりでお店をやることになりました。今年で、創業してからもう5年目です。

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▲のんびりやの定番料理「オムライス【黒】」

知らなかった“大人”を教えてくれた、「谷中ボッサ」と「青空洋品店」

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――  谷中はどんな風に変化してきたんでしょうか。

mosha:私が大学生だったころはまだ、“谷根千”って言葉もポピュラーじゃなくて。そんな谷中で、行きつけのお店がふたつあったんです。「谷中ボッサ」と「青空洋品店」という、どちらも当時の自分より10歳くらい年上のお兄ちゃん、お姉さんがやっているお店。大都会にはない、特別な何かがある場所でした。

――  どんなお店だったんでしょう?

mosha:谷中ボッサは、カフェだったんですけど。そこのご夫婦はよく「ブラジルにコーヒー豆を買いに行きます」と急に休店にしちゃったりする。もともと音楽をやっていたのもあって、ブラジルの音楽や文化にも詳しくて。そこには、美味しいものを知っている人たちがたくさんいたんです。

青空洋品店は、店主のアズさんの気まぐれで雨の木曜日はお休みだったり。ふと足を運ぶとコトコトと足踏みミシンでお洋服をつくっていたりして。2つのお店からは“地域や家族と支え合いながらも自立して生きるカッコよさ”みたいなものを教えてもらいましたね。

――  今はそのお店は?

mosha:どちらも移転してしまいました。すごくカッコよかったな。大学のコミュニティでは知ることができないことが、そこにはあって。大人の情緒というか、面白みを教えてくれる場所でした。

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「ここは磁場が違う」懐の広い街、谷中

――  谷中に暮らす人は、どのように変わっていったのでしょう?

mosha:谷中はもともと、寺町であり職人の街なんです。隣の敷地にはお寺が隣接していてお線香の香りや木魚の音が流れてきたり、彫金師の職人さんがいて、トントンカンカンと金属を打つ音が聞こえてきたり、街全体の動きが生活の一部。

一方で、空港にアクセスの良い上野や日暮里も近いので、30年以上前から外国人の方も多く住んでいる。でも、谷中はどんな人でも受け入れる、昔から世話好きで懐が深い性質なんです。自分で勝手に何かを面白がって、行動していく。そういう人たちがたくさんいた時期もありました。

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――  谷根千という言葉が定着してから、観光地化していった印象です。

mosha:そうですね。ここらへんの建物は、もともと昭和の終わりまで普通に民家だったんですけど。15年くらい前から古い建物をリノベーションする流れが加速して、建築関係や芸大の先生が入ってくるようになって。

その後に、谷根千という言葉が世間に浸透して、メディアによく取り上げられるようになりました。なんて言えばいいんだろう、例えば、遊園地やお台場に遊びにいくような、一般的なレジャーを楽しむ人たちも、休日に谷中を散策するようになったり、住むようになった印象です。

古民家好きばかりではなく、個人事業主もたくさんいます。近くに医大や東大もあるから、意外と医療関係者も多く住んでいますよ。

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――  今の谷中はどんな印象ですか?

mosha:良く言うと、ここ10年くらいで街が拓けたんじゃないかな。地元の人もまだまだ住んでいます。よく地元の人が言うのが、「良くも悪くもここは磁場が違うね」ってこと。谷中ってちょっとした学校みたい。

入学したら卒業があるように、基本は3年くらいのサイクルで新しいことにチャレンジしに他へ行っちゃう人が結構います。でもそのまま居ついちゃう留年組がいたり、母校を懐かしんで戻ってきて、またちょっと入学し直す人もいたりする。

――  懐が広いというか。

mosha:そう思います。ただ、大学生のころに谷中ボッサや青空洋品店を通して感じていた、既にある独自の地域コミュニティをより成熟させてくれるような“スパイス”がここ数年は足りないなって感じることもありますけどね(笑)。

文化を育むために、芽を育てる日々

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――  谷中がこうなったらいいな、という理想みたいなものはありますか?

mosha:じつは、谷中の最寄り、日暮里駅にピアノを置きたいんです。海外のターミナル駅にあるような、自由に弾いて、連弾したかったらそれもオッケーっていうのが、すごく好きで。ああいう文化のある街にしたいんです。

――  谷中って、そういうことができそうな街ですね。

mosha:人の心も広いし、防災面もしっかりしていて安心安全。だけど、ちょっと怖がりな面もあると思っています。のんびりやは主役ではないし、そう思ったこともないんですよ。夫はものづくりが好きで、私はつなぐことが好き、それだけで。もっと自由に文化を育む人が来てほしい。

――  谷中ボッサや、青空洋品店のような。

mosha:そういう文化を面白がれる人たちが持っている成分をのんびりやに集めるのが、自分の役目だと思っています。谷中にはまだまだ文化を育む土壌が残っているので、そこでのんびりやなりの文化の芽を築くところから始めたい。と、創業時から思っています。

――  文化を築く。

mosha:この街にはのんびりや以外にも、また違った角度から文化を築いているお店はたくさんあります。例えば、谷中と千駄木の境・よみせ通りにある「ビアパブイシイ」さん。奥様もアート活動をなさっていたり、お客様もアートやデザインに造詣の深い方々が多く、海外の文化人もよく来店している印象です。文化へのアンテナが敏感な人がこれからもっと、増えていくといいなあと思っています。

谷中で文化を築いているお店

最後に、今まさに谷中で文化を築いているお店をいくつか、moshaさんに案内してもらいました。

はじめに訪れたのは、お香のお店「詩仙香房(しせんこうぼう)」。

お香とお線香、それにまつわる香り小物が取りそろえてあり、店内にはお香の良い香りが溢れています。一般の方だけでなく、お寺にも卸している気品と格式のあるお店です。

おすすめは、香りの品質が高い「沈香」。安らぎのあるお香のある暮らしを試してみたい人は、ぜひ行ってみてください。

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続いては、「器や 韋駄天(いだてん)」。

日本の作家ものの上質な器を扱ったお店で、飲食店からの信頼もあつく、店内では個展も行われています。

店名の由来は、店主の福田房江さんが大ファンである白洲正子さんのニックネーム、「韋駄天お正」から。

取材当日は天気がよく、さわやかな自然光に照らされた器たちが美しかったです。

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のんびりやからほど近くにあるのが、複合スペース「書と草花のアトリエ」。1階には花屋「pupuraMOSS(ププラモス)」と、2階には書道教室の「圓心書会」が入っています。

1階の花屋では洋風というより、お茶室や床の間に合うような、和の空間に寄り添う山野草やワイルドフラワーを購入できます。2階の書道教室からは墨の匂いがふんわりと香り、この空間にしかない貴重な雰囲気が味わえます。

「書と花のある暮らし」を楽しみたい方に、ぜひ訪れて欲しいお店です。

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さいごに

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のんびりやがやろうとしているのは、“文化の芽を築くこと”

「谷中ボッサ」と「青空洋品店」。ふたつのお店とその周辺でカッコよく生きる大人たちがいたからこそ、moshaさんは谷中に新たな文化の芽を築くべく、のんびりやを営んでいます。

古くから住む人もいれば、観光客も多い。歴史と伝統、街に根差した文化と誰かが持ち込んだ新しい文化、いろんなものやことで溢れている谷中……ゆえに、そこに混ざり合う文化の芽を育てていくのは大変でもあり、おもしろくもあるんだと想像します。

「人と人をつなげるのが好き、だからその役割を担いたい」と語るmoshaさんはきっと、のんびりやを通じて、新旧の文化もつないでいく存在なんだろうと思いました。

谷中に住んだら、新しい文化の芽を育てる一員になれるのかも。


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著者:くいしん

くいしん

フリーの編集・ライター・PR。灯台もと暮らし編集部。グビ会主宰。1985年、神奈川県小田原市生まれ。吉本興業の養成所・東京NSC、レコードショップ店員、音楽雑誌編集、webディレクターを経て、web編集者。

Twitter:@Quishin

ブログ:http://atticbooksellers.com/