「スズメバチとの付き合いはまだまだ続きそうです」。タウニャ・キアナンが言った。わたしたちは、彼女の夫のマイク・キアナンが運転するクルマで、バーモント州の有名な国道100号線を北に向かって走り、スキーの町として知られるストウを過ぎたところだった。8月も終わりに近づき、木々も色づき始めていた。「スズメバチ科のハチは攻撃的で、恐ろしい存在だと思っていました」。タウニャが付け加えた。「花粉を運ぶ昆虫を代表する親善大使にふさわしいとは思えません。でも、それについて知れば知るほど、すごい存在だとわかってきました」
その後しばらく、重複寄生の話が続いた。スズメバチ科のなかには、ほかの昆虫に寄生している昆虫に卵を産み付ける種が存在するのだ。寄生と聞くと悪いイメージを思い浮かべるかもしれないが、スズメバチは、そしてハエも、ミツバチも、チョウも、花粉を運ぶという点を見落としてはならない。寄生を通じて、ほかの種と、それどころか、動物界と植物界の垣根を越えて、相互利益の関係が見事に成り立っているのだ。「花粉媒介生物は種子を運び、その見返りとして子孫の発育に必要なエネルギーを得るのです」とマイクが言った。ふたつのことを同時に行なっているのだ。
わたしたちはハイウェイを離れて短い農道に入り、金網フェンスのゲート前でクルマを降りた。フェンスの向こうには11エーカーのフィールドにソーラーパネルが並んでいる。3年前、バーリントンを本拠とするソーラーパネル開発会社のアンコール・リニューアブル・エナジー(Encore Renewable Energy)がそこにパネルを設置したのだが、その際同社はキアナン夫妻が立ち上げたビー・ザ・チェンジ(Bee the Change)という非営利団体と契約を結び、パネルの列の間に、同地に自生し、花粉媒介生物が好む植物を植えた。それを見るためにわたしたちは、その日そこを訪れたのだった。
ビー・ザ・チェンジのスタッフは、州内の20以上のソーラーフィールドで種を植え、少なくとも年に1回は草刈りなどの手入れをしている。植えた草花が高く育ちすぎてパネルに落ちる日光をさえぎっては困るからだ。ひとつの土地を農業と太陽光発電の両方に利用することは「アグリボルタイクス(営農型太陽光発電)」と呼ばれ、その際農業に関しては、ほとんどの場合で一般的な営農方法が採用される。例えば、パネルの間でヒツジを放し飼いにする、などだ。しかし、イリノイ州など少なくとも15の州が、太陽光発電開発コミュニティにおける説明責任の基準として「太陽光・花粉媒介生物スコアカード」を利用している。理屈としては、ひとつの土地を利用して、人類が直面しているふたつの危機──生物多様性の急激な損失と気候変動──に同時に対処するということだ。
このアプローチは効果がありそうだ。キアナン夫妻は太陽光発電業者と契約を結び、基本的にはそれまで農場だった場所に草花を植える。「十数エーカーの土地を太陽光発電用に転用すると決めた農家」は、その土地を太陽光発電業者に貸し出すことで「確実な収入が得られる」とマイクが説明した。かつて農地だった場所は、ほとんどの場合で単一栽培が長年にわたって行なわれ、農薬が使われてきたため、「花粉媒介生物の生息数は少ない」。マイクはフィールドの端を歩きながら花粉媒介生物カウント法を用いて、7分半の時間をかけて花粉媒介生物を数えた。続けて、乱数発生機を使ってソーラーパネルのどの列を歩くかを決める。そしてその列を再び7分半歩き、見つかった花粉媒介生物を数え、このふたつの数字を足した。
「放棄された農場では、15分で見つかる昆虫の数はだいたい40匹から50匹ぐらいでしょう」。マイクが説明した。「ですが今日のこの場所では、一目見るだけですぐに10匹ほど見つかります。15分で300匹は見つかります。夏が終わるいまごろをわたしたちは欠乏期と呼んでいるのですが、それでもたくさん見つかるのです。アスターが咲く来月が楽しみです!」
実際、実にたくさんの昆虫が、キリンソウ、マウンテンミント、マツヨイグサ、マツカサギクなど、さまざまな花の間を飛び交っていた。「あそこのエキナセアはもう終わりでしょう」と言ってから、マイクはヒメジョオンの花にとまる小さな生き物を指さした。「あれはヒメバチです」と説明する。「ほかの虫の幼虫に卵を産みます。ヒメバチ科には40,000ほどの種が確認されています。ここにいるのはヒメヒラタアブ属の一種。花粉媒介生物として非常に重要な存在です。あれはイエバエの一種。今日のような肌寒い日は、アブやハエが多くなります」
花粉媒介生物として、ハチに次いで重要なのがアブとなる。わたしがマイクと話しているあいだも、タウニャはそこにあってはならない雑草を抜き続けた。例えば、成長力の強い外来種のキンエノコロは、草刈り機など、フィールドの整備のために持ち込まれる機械や道具にくっついてきて繁殖する。「このブタクサを見てください──この1本から30,000の子孫が生まれることもあります」とタウニャが言って、それを引っこ抜いた。「とにかく、抜き続けるしかありません」とマイクが付け足す。「問題となるのは30種ほどでしょう」。続けて、彼はクサヨシが生えている小さな一画を見つけ、うんざりした様子でこう言った。「こいつらを放っておけば、6年後にはここを覆い尽くすかもしれません」
彼らの場合、アスターやエキナセアのような植物をソーラーパネルの近くに植える。それらはパネルを覆うほど高く育つことがないからだ。ヒヨドリバナなど、背の高い植物はフィールドの中央に植える。パネルの真下は「乾燥した日陰」になるので、「庭師にとっては厄介な場所」だとマイクが指摘した。だが、それでもある程度は湿度があるので、アカボシツリフネが育つそうだ。「この植物はハチドリと特別な関係にあります。ハチドリは1秒に90回羽ばたくのですが、聞いた話によると、この花がそれに共鳴して震え、ハチドリの頭に花粉をまき散らすんです」
花粉媒介生物の数が激減している
キアナン夫妻はおよそ10年前、子どもたちが大学に進学したことをきっかけに、「ビー・ザ・チェンジ」を立ち上げた(ちなみに、マイクはミドルバリーで救急医として、タウニャは小児科医としても働いているが、子どもたちが巣立ったことで、「何をすればいいのかわからなくなった」そうだ)。ふたりが受粉に興味をもつようになったのは、マイクがハイチでボランティア医師として過ごしていたころだった。ハイチでは広範囲にわたる森林伐採(そして頻繁に訪れる強力なハリケーン)の影響で、花粉媒介生物の数が激減している。加えて、彼が診た患者のおよそ3人に1人が栄養不足だったそうだ。「果物や野菜に豊富なビタミンBが足りていませんでした。ハイチの状況を見れば、花粉媒介生物のいない世界の様子が想像できます」。立ち上げた団体の名前が示すように、彼らにとってはミツバチが最初の武器になる。そこで、ソーラーフィールド内に巣箱を設置してみた。しかし、生物多様性について学べば学ぶほど、そのやり方が環境にとってベストなのか、疑問に思うようになった。
ミツバチは家畜化されていて、耐性が強く、数も多い。ひとつの巣箱で30,000匹以上が暮らせる。マイクの言葉を借りれば、ミツバチは植物に対して「収穫圧力を高めすぎる恐れがある」。ミツバチが蜜をとりすぎるせいで、野生の花粉媒介生物に十分な量の花粉が残らない可能性がある、という意味だ。そうなれば、媒介生物だけでなく、それらに頼る植物にとっても危険な状態となる。「バーモント州には、在来種として350種のミツバチがいます」とタウニャは言う。結局、夫妻は巣箱を置くのをやめ、その代わりに野生のミツバチが好む在来植物を植えることにした。
以前紹介した、グリーン・マウンテン・パワー(Green Mountain Power)社元CEOのメアリ・パウエルは、夫妻の活動を初期のころから支援してきた。マイクによると「これまでの生涯で最も重要な出会い」は10年前、相手はアンコール・リニューアブル・エナジー社の創業者兼CEOであるチャド・ファレルだった。この会社は中規模のソーラー・アレイ、つまり屋上発電ほど小規模ではないが、西部の州にあるような広大なものでもないソーラー・アレイを展開している。ファレルは太陽光発電業界で15年ほどの経験があり、事業の重点をバーモント州とメイン州に置いている。
「ニューイングランド地方では5メガワットの発電施設が目につきますが、これはおよそ25エーカーに相当します」と9月初め、電話越しにファレルが説明した。「現在、この国では電力の4%から5%が太陽光発電によるものです。大統領が掲げた2050年までに45%という目標を達成するには、われわれはもっと成長しなければなりません。これは可能な限り見た目もよくて、環境にも優しいプロジェクトを提供しなければならないという意味です」。2020年時点で、彼の会社はすべてのプロジェクトにおいて何らかのかたちでアグリボルタイクスを応用すると宣言した。その多くはヒツジの放牧だ。「ヤギはだめです」とファレルは言う。「ヤギはパネル間のワイヤーを食べようとしますし、パネルに飛び乗ろうともします。どちらも、パネルとヤギの両方にとって有害です」。一方、ヒツジはパネル下の日陰を好み、「われわれのために草も食べてくれるので、最高の施設管理者だと言えます。仕事がとても丁寧なうえ、飼料と水以外には何も求めません」
しかし、そのヒツジよりも花粉媒介生物のほうが扱いやすい。植物が育ちさえすれば、ときどき草刈りなどの手入れをするだけでいい。「われわれは、太陽光発電をよき隣人だとみなしています」とファレルが言った。「清潔で、静かで、花粉媒介生物が増えれば、地域全体を豊かにしてくれます」。そのような隣人は、化石燃料を資金源にした陰謀論者が再生可能エネルギーに関する誤った悪評を広めていると噂される現在では特に、「摩擦をなくす役に立つはずです。飛び越えるべきハードルを下げ、結果的には、金銭的にも有利になるでしょう」
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ファレルによると、「優良な農業用地」は農業に使うべきで、再生可能エネルギーのために利用すべきではないと主張する人々とのあいだで、最も激しい論戦が繰り広げられるそうだ。しかし、ファレルの指摘によると、再生可能エネルギーのためにそれほど広い土地は必要ない。国内に存在する8億8,000万エーカーの畑と牧草地の、ほんの数百万エーカーを転用するだけで、45%という目標を達成できるそうだ。
加えて、土地はなくなるわけではない。ある日、例えば小型の核融合炉などといった安価な手段で同等の電力がつくれるようになる日まで、農地としては休んでいるだけだ。「建物を築いた場合と違って、簡単に元の状態に戻せます」とファレルは指摘する。実際、ほとんどの地域では、開発業者が土地リース期間の終了時のために、施設の撤去費用を前もって支払っている。しかし生態学的には、花粉媒介生物の有無が極めて大きな違いを生む。すでに指摘したように、放棄された農場では、15分で40匹から50匹程度の昆虫しか見つからないことが多い。わたしはマイクに、「害虫」駆除を理由に定期的に農薬が散布されている現役のトウモロコシ畑では、15分でどれぐらいの数が見つかると思うかと尋ねてみた。「ゼロに近い」が、彼の答えだった。「葉っぱにとまるハエぐらいなら見つかるかも」
トウモロコシの場合は、花粉が風で運ばれるので、昆虫がいなくても繁殖できる。しかし、ほかの植物の多くは昆虫がいなければ困る。つまり、花粉媒介生物を増やすことで、営利農業にとっても利益につながる可能性があるのだ。「わたしたちはハインズバーグにもフィールドを設置しました」とマイクが説明した。すると隣接する果樹園のオーナーから「こんなにたくさんの果実を見たのは子どものとき以来。成った果実の数は、どれだけ受粉が行なわれているかを示す確実な指標だ」と言われたそうだ。
ハチとソーラーパネルの相利共生
わたしたちはソーラーフィールドを歩いた。そこは、以前は廃自動車置き場だった場所で、いまはヒヨドリバナやトウワタがたくさん育っていた。タウニャはトウワタの綿を集めた。羽毛の代わりとしてとても優れているそうで、すでにいくつかの製品をつくり、ビー・ザ・チェンジのウェブサイトで販売している。「これでネックウォーマーをつくりました。とても寒い日には最高ですが、それほど寒くない日では暖かすぎるぐらいです」。その後、わたしたちは国道100号線を南下し、ウォレンという美しい町にたどり着いた。そこでは、町の学校の運動場に隣接するかたちで、数列のソーラーパネルが並んでいる。
キアナン夫妻が数年前からこの施設を管理している。太陽が顔を出し、午後の気温は20℃を超えた。昆虫が活動的になる条件が揃っていた。「コハナバチ!」。パネルの間を歩いていたとき、マイクが興奮した様子で言い、コハナバチ自体は比較的数の多い野生のハチであるにもかかわらず、本当にうれしそうに説明した。「在来種なのですが、あれはトリエペオルス・ペクトラリスという学名のめったに見ることのできない種類です! ニューイングランド地方で発見されたのは、これが10回目です」
次に、彼はとても色鮮やかなアスクレピアス・インカルナータというトウワタの一種の横でひざまずいた。「あの青黒い色のハチはジガバチです」と説明する。「クモを捕まえ、泥を使って巣に固定して保存します」。自分のiPhoneを取り出して写真を撮りながら、こう付け加えた。「このお腹が赤いハチは、これまで見たことがありません。時には、種を特定するのに、雄の生殖器を顕微鏡で調べることもあります。意外でしょうが、生殖器は種によって違っていて、本当に特徴的なのです」
その後、オレンジ色の蛾も見つけた。飛んでいるマルハナバチに掴まり、その腹部に卵を植え付けるアブも観察した(卵を植えられたハチは土に穴を掘り、そこで卵を孵化させる)。「あそこにいるのはグレート・ゴールデン・ディガーというアナバチの一種」。マイクが言った。「見た目は特徴的ですが、実質的に無害です。あれはツリアブ。信じがたい生態で知られています。地中に巣をつくるハチの穴に、爆弾のように卵を空中から落とすのです。そのため、ボンビリウスという学名がついています」。そのあいだずっと、ソーラーパネルが音もなく午後の日光をクリーンなエネルギーに変えていた。この相利共生が、隣の学校のグラウンドでサッカーをしている子どもたちの未来を守るかもしれない。
ビル・マッキベン|BILL McKIBBEN
『The New Yorker』のコントリビューティング・ライター。発展的な変化をめざす60歳以上のための組織サード・アクト(Third Act)の創設者であり、ミドルベリー・カレッジで環境研究に携わるシューマン名誉研究員でもある。近著に『The Flag, the Cross, and the Station Wagon』(未邦訳)がある。
(Originally published on The New Yorker, translated by Kei Hasegawa/LIBER, edited by Michiaki Matsushima)
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雑誌『WIRED』日本版 VOL.54
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今後、都市への人口集中はますます進み、2050年には、世界人口の約70%が都市で暮らしていると予想されている。「都市の未来」を考えることは、つまり「わたしたちの暮らしの未来」を考えることと同義なのだ。だからこそ、都市が直面する課題──気候変動に伴う災害の激甚化や文化の喪失、貧困や格差──に「いまこそ」向き合う必要がある。そして、課題に立ち向かうために重要なのが、自然本来の生成力を生かして都市を再生する「リジェネラティブ」 の視点だと『WIRED』日本版は考える。「100年に一度」とも称される大規模再開発が進む東京で、次代の「リジェネラティブ・シティ」の姿を描き出す、総力特集! 詳細はこちら。