世界の低中所得国130カ国以上で感染症対策、母子保健、人道支援などグローバルヘルスに取り組んでいる、医師で公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHITファンド)CEOの國井修さんが、「私の人生観や価値観を大きく変えた」というブラジルについて語る第2弾。前回の「ブラジルはどのように感染症と闘ってきたか? その『成功と失敗』」に続いて、地球環境の保全を含むグローバルヘルスにブラジルが果たす役割を、その豊かな自然と人々への思いを通して語ります。

再生可能エネルギーで世界をリード

地球温暖化は、感染症以外にもヒトの健康に多大な影響を与えているが、この対策においても重要な役割を持つのがブラジルである。「地球の肺」と呼ばれる世界最大の熱帯雨林アマゾンを有し、それが二酸化炭素の吸収源にもなっているからである。

空から見たアマゾン川=2001年、筆者撮影

アマゾンには私も何度か足を踏み入れ、先住民の健康や衛生状態を調べるために数日間にわたって船でアマゾン川を旅したこともある。アマゾンといえばうっそうとしたジャングルを想像していたのだが、人の手が入り、多くの木々が伐採され、プランテーションや牧草地に転用されている場所も多くて驚いた。高さが60メートルにも及ぶことがあるという原生林にはなかなかお目にかかることができなかった。

アマゾンの森林破壊の最大の原因となっているのが牛の放牧だという。世界では牛肉の需要が増加し、牛の頭数は年間5~8%増加しているという。アマゾンでは伐採された土地の約7割が牛の放牧地になったと推定され、この牛肉は中国や欧米など世界に輸出されている。ほかにも大豆、トウモロコシ、パーム油などのプランテーションのために多くの森林が切り開かれている。

黒いネグロ川とカフェ・オレ色のソリモインス川が合流して「アマゾン川」が始まる=1999年、ブラジル・アマゾナス州マナウス、筆者撮影

その一方で、ブラジルは再生可能エネルギー分野で世界をリードする国ともなっている。世界に先駆けて、1970年代からサトウキビを原料とするバイオエタノール燃料を生産し、近年ではトウモロコシを原料とするエタノール生産も加わり、自動車などの燃料として使用されている。これらのバイオ燃料は、植物の成長過程で二酸化炭素を吸収するため、燃焼時に排出される二酸化炭素と相殺され、大気中の二酸化炭素濃度を増加させないカーボンニュートラル効果があるとされる。ガソリンと比較して、ライフサイクル全体で二酸化炭素排出量を最大90%削減できるといわれ、気候変動対策としても注目されている。

2025年、ブラジルは国連の気候変動枠組み条約第30回締約国会議(COP30)の主催国として国際的な気候変動対策の議論をリードする立場になる。2023年にアラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催されたCOP28では閣僚級の「気候・保健閣僚会合」で「気候と保健に関するCOP28宣言」が採択されたが、この宣言の草案作成にブラジルも13カ国の「チャンピオン国(旗振り役)」として加わっている。

祭りを愛する熱い心

個人的な経験からのブラジルの魅力も伝えたい。

まずなんといってもラテンの熱いハート(コラソン)、恋人・夫婦・親子・友人など人間関係をつなぐ情愛の熱さと深さである。ブラジルで仕事をしていた時、朝オフィスに行くと、まずはブラジルの同僚たちと頰にキスをしてハグをして長話をする。これをしないと仕事は始められなかった。

土日、時には平日の夜でも自宅に招かれ、夜遅くまで飲んで食べて踊る。特別なパーティーとなると朝まで踊ることもあり、ビーチパーティーでは朝から晩まで家族や友人たちと濃厚な時間を過ごす。

ブラジルといえば「リオのカーニバル」が有名だが、ブラジル人にとってはそれほどの人気ではない。見るより自ら踊るほうが好きなのである。カーニバルの1カ月ほど前から、ブラジル各地では誰もが参加できる路上カーニバル(BLOCO)が開かれる。老若男女、金持ちも貧乏人もこぞって、派手な衣装やコスプレをして、改造したトラックの大音量スピーカーから爆音で流れる音楽に合わせて町中を踊りながら練り歩く。

その1カ月でももの足りず、ブラジル各地では様々な時期にイベントやお祭りが催される。様々なイベントがあったが、朝から電車に乗って6時間飲んで食べて歌って踊り、地方の町に到着してからもずっと、次の朝まで飲んで食べて歌って踊り続けるというフェスティバルにはさすがに驚いた。ブラジル人のパワーだけでなく、年齢も性別も人種も関係なく人生を謳歌(おうか)する姿には、その正反対にあるかもしれない日本人として深い衝撃を受け、それ以降の自分の人生に大きな影響を与えた。

壮大な自然の魅力

ブラジルの魅力はその大自然にもある。アマゾンはもとより、想像の域を超える壮大な自然の造形美、野生の王国が広がっている。世界最大級の大湿原でユネスコの世界自然遺産にも登録されているパンタナールには、ジャガー、カピバラ、オオアリクイなど多種多様な動物がおり、生命がみなぎっている。私も乾期に数日かけてこの地を訪れたが、あまりの動物の多さに、バスに乗っている自分たち人間が檻(おり)の中にいて動物たちに見られているような錯覚に陥った。

アマゾンの森を散策する筆者の長男(左)と次男=1999年、ブラジル・アマゾナス州マナウス、筆者撮影

「イグアスの滝」(先住民の言葉で「大いなる水」を意味する)は、北米の「ナイアガラの滝」、アフリカ南東部ジンバブエとザンビアの国境にある「ビクトリアの滝」と並び、世界3大瀑布(ばくふ)に数えられているが、そのスケールの大きさ、ダイナミックな滝の迫力は他の二つの滝とはケタ違い。イグアスの滝には大小275の滝があり、最大落差約80メートル、滝幅は約4キロ、その一帯の広さは東京都とほぼ同じくらいのである。

イグアスの滝=1999年、ブラジル・パラナ州、筆者撮影

ほかにも、石英100%で真っ白なシーツのように広がる大砂丘と、エメラルドグリーンの無数の湖が幻想的な光景を作り出す「レンソイス・マラニャンセス国立公園」、クジラやサメ、ウミドリたちの楽園で、海に潜るときらびやかなサンゴや熱帯魚の世界が広がり、イルカやウミガメと戯れることができる「フェルナンド・デ・ノローニャ島」など、まさに息をのむ光景の広がる数々の大自然が残っている。

地球環境の危機が叫ばれる中、人間と動物と環境を一体としてみる「ワン・ヘルス」、さらには地球の健康と人間の健康を総合的に捉えて解決策を考える「プラネタリーヘルス」の推進は重要だ。課題とともに、大いなる可能性を持つブラジルにはぜひ、その推進役になってほしい。