英陸上競技のスター選手、子ども時代に人身売買で渡英と告白 本名も別と

アシサ・ナゲシュ、コュニティー問題担当編集委員

Mo Farah
画像説明, ファラーさんはメディアに対して初めて、イギリスに来た本当の経緯を語った

イギリス陸上界のスター選手サー・モー・ファラーが、子どものころに不法にイギリスに連れてこられ、使用人として働かされていた過去を、BBCに明かした。

ロンドン五輪とリオ五輪で計4つの金メダルを獲得し、国民的英雄となったファラーさんによると、アフリカ東部ジブチから飛行機に乗せられた。本名はフセイン・アブディ・カヒンだが、彼を運んだ人たちに、モハメド・ファラーと名付けられた。

会ったこともない女性によって「空輸」されたのは9歳の時だった。到着後、別の家族の子どもたちの世話をさせられた。

「何年も、そのことを思い出さないようにしてきた」と、陸上・長距離のイギリス代表選手だったファラーさんは言う。

「でも、いつまでもそうするのは無理だ」

ファラーさんはこれまで、自分はソマリアから両親と一緒に難民としてイギリスに来たと話していた。

しかし、BBCとレッドブル・スタジオが製作し、13日に放送予定のドキュメンタリーで、ファラーさんは、両親がイギリスに来たことはないと述べている。彼の母親と2人の兄弟は、ソマリアから分離独立したソマリランドで、一族の農場で暮らしているという。

動画説明, 「自分はモー・ファラーとして知られているが……」 人身売買されていた英陸上スター
Presentational white space

父親のアブディさんは、ファラーさんが4歳の時、ソマリア内戦で流れ弾に当たって死亡したという。ソマリランドは1991年に独立を宣言したが、国際的には承認されていない。

ファラーさんによると、8歳か9歳の時に実家から連れ出され、ジブチの家族と暮らすようになった。その後、会ったことのない、親類でもない女性に、イギリス行きの飛行機に乗せられた。

その女性は、ヨーロッパに行って親戚と暮らすのだと、彼に話した。それを聞いて「わくわく」したと、ファラーさんは言う。「飛行機に乗るのは初めてだった」。

女性はファラーさんに、モハメドと名乗るよう言った。女性はまた、「モハメド・ファラー」という名前が書かれ、その隣に彼の写真が添えられた偽の旅行書類を持っていたという。

Mo Farah showing a scan of the travel document used to bring him to the UK
画像説明, ファラーさんに関する偽造書類のコピー。「モハメド・ファラー」という名の横に彼の写真が添えられている

イギリスに着くと、女性はファラーさんを、ロンドン西部ハウンズローにある自分のアパートへ連れて行った。そして、彼の親類の連絡先が書かれていた紙を取り上げたという。

「私の目の前で、彼女はそれを破り、ごみ箱に捨てた。その瞬間、これはまずいと分かった」

ファラーさんは、「食べ物を口にしたいなら」、家事と育児をしなければならなかったと話す。女性は彼に、「家族にもう一度会いたければ、何も言うな」と告げたという。

「よくトイレにかぎをかけて閉じこもり、泣いていた」

ファラーさんを使用人として使うようになった家族は、最初の数年間は彼が学校に行くことを許さなかった。だが12歳くらいの時、フェルサム・コミュニティー・カレッジに7年生として入学した。

教職員は、ファラーさんがソマリア難民だと説明を受けていた。

ファラーさんの担任だったサラ・レニーさんは、彼が「身だしなみが乱れ、世話をされていない状態で」学校に来たと、BBCに話した。英語はほとんど話せず、「感情的、文化的に疎外された」子どもだったという。

レニーさんはまた、彼の両親だと名乗っていた人たちは、保護者の会合に一度も出席しなかったと述べた。

ファラーさんの体育教師だったアラン・ワトキンソンさんは、少年が陸上トラックに足を踏み入れた時、がらりと変わるのに気づいた。

「体育とスポーツの言語だけは、理解しているようだった」と、ワトキンソンさんは言う。

ファラーさんは、スポーツは命綱だったと話す。「(この生活状況)から抜け出すために唯一できたのが、外に出て走ることだった」。

ファラーさんはのちに、自分の正体や生い立ち、強制労働をさせられている家族について、ワトキンソンさんに打ち明けた。

「本当のモー」

ワトキンソンさんは、社会福祉当局に連絡。ファラーさんが他のソマリア人家庭で養育されるよう支援した。

「本当の家族がまだ恋しかったが、その瞬間からすべてが改善した」 と、ファラーさんは話す。

「両肩から重荷が消えたみたいで、自分を感じた。その時モーが、本当のモーが現れた」

やがてファラーさんは、陸上選手として名が知られるようになり、14歳の時、ラトヴィアでの大会に、イギリスの学校代表として招待された。しかし、渡航に必要な書類を持っていなかった。

Mo Farah celebrating at the 2012 Olympics in London

画像提供, Getty Images

画像説明, 2012年ロンドン五輪に出場した時のファラーさん。陸上の5000メートルと1万メートルで金メダルを獲得した。2016年リオ五輪でも両種目で再び金メダリストとなった

ワトキンソンさんは、モハメド・ファラーという名前で英国籍を申請するのを手伝った。申請は2000年7月、認められた。

今回のドキュメンタリー番組で、弁護士のアラン・ブリドックさんはファラーさんに対し、彼の国籍は厳密には「詐欺または虚偽の申し出によって取得された」ものだと話した。

法的に言えば、国籍が詐欺によって取得された場合、政府は剥奪が可能だ。

しかし、ファラーさんの場合、そのリスクは低いと、ブリドックさんは説明する。

「基本的に人身売買は、搾取目的で人を運ぶことと定義される」と、ブリドックさんはファラーさんに言う。

「あなたの場合、幼いころ、小さな子どもの世話や家事使用人としての労働をさせられた。そして、関係当局に『それは私の名前ではない』と伝えた。これらすべてを勘案すれば、内務省があなたの国籍を取り上げるリスクは低くなる」

走ることで「救われた」

ファラーさんは、自分の経験を話すのは、人身売買や奴隷制度に対する世間の認識を変えたいからだと説明する。

「私とまったく同じ経験をした人がこれほど多いとは思わなかった。私がいかに幸運だったか分かる」と、ファラーさんは言う。

「自分が救われたのは、他の人と違ったのは、走る力があったからだ」

BBCはファラーさんをロンドンに連れてきた女性にコメントを求めたが、返事は得られていない。